悪魔

「では、小手調べに」

 ベルフェゴンは我を見据えたまま指を鳴らす。

 すると、奴の背後に何百と言う魔法弾が出現し、それが一斉に我へと襲い掛かってくる。

 それら一つ一つは威力も桁違いであり、床はごっそりと抉られ、壁は轟音を立てながら崩壊し、聖属性の結界は音を立てて破れる。

 我は魔法弾の間を縫うように移動し、ベルフェゴンへと拳を放つ。

 しかし、その拳は闇に絡め取られて奴に当たる事はなかった。

「ほぅ、あの時よりも動きが格段に良くなっているな」

 獰猛な笑みを浮かべたベルフェゴンは音も無く滑るように動き、我の頭上へと移動する。

 我は闇を力付くで振り払い、即座にその場から離脱する。

 離脱して直ぐ、我のいた場所に光の柱が降り注がれた。光の柱が消え去ると、そこに床は存在せず、深淵へと続く穴が穿たれていた。

「相も変わらず、規格外な奴だな」

 我は嘆息しながらも、ベルフェゴンを睨みつける。

 奴は魔法を無詠唱で、そして魔法名さえも言わず指を鳴らすだけで十全以上に効力を発揮する程の力量を備えている。

 その魔法の腕だけを見れば、我を優に超えている。

 最上位の悪魔は伊達ではないと言う事だ。

 せめてもの救いは奴が焔、氷、光、闇、空間魔法しか使えない事か。これ以上他の属性の魔法が扱えたら手に負えない。

 そのような相手に、我が勝てたのは奴が油断、慢心、そして視野が狭まっていたからだ。なので、悪魔を弱体化させる結界の中で勝負をする事が出来たし、幻影魔法と消音魔法を見破られる事も無く【バニッシュ】を使って消滅させる事が出来た。

 ただ、奴の使う【停止の魔眼】だけは防ぐ手立てがなかった。まぁ、弱体化故に一秒止めるくらいが限界だったので、気合で避けて事なきを得たがな。

 今回は以前と同じ戦術を使う事は出来ない。

 まず、魔封の呪いが効力を取り戻して再び魔法が使えなくなってしまった。故に、悪魔弱体化の結界も【バニッシュ】も使えない。

 仮に扱えたとしても、ベルフェゴンに空間魔法で無力化される未来しかない。

 そして、相対するベルフェゴンは全く慢心をしていない事だ。前回我に負けた事で反省したらしく、常に気を巡らせている。

 ん? そう言えば、一つに気になっていた事がある。

「そもそも、お前は我と戦った時の記憶があるのか? 別けられた魂だろうに」

「別けられた魂にも記憶が流れて来るのでな、鮮明に思い出せる」

「そうか」

 記憶がきちんと流れるのか。記憶が流れ込んでこなければ慢心して、少しばかり戦いやすくなっていただろうに。

 まぁ、こればかりは仕方がないか。

「では、続きと行こうか」

 ベルフェゴンは指を鳴らすだけで深淵から溶岩を噴出させ、それが部屋に降り注いでくる。

 流石のエルダーリッチーと言えども、溶岩の直撃を貰えばただでは済まないので全力で避ける。

 ベルフェゴンの魔力に委縮していたシェルミナ、レイル、クオンだったが、流石に魔法弾を放った辺りから身体に自由が戻って掠らないように逃げている。

 言っては何だが、シェルミナ達ではベルフェゴンの相手は出来ない。下手をすれば瞬殺される。なので、一刻も早くこの場から退散して貰いたいのだが、生憎とベルフェゴンが空間魔法を展開し、この場を異界に変えているので転移魔法でもここから出る事は出来ない。

 なので、シェルミナ達は奴の攻撃に当たらないように逃げるしかない。一応、クオンが自身と二人に水のヴェールを纏わせて熱にやられないようにはしている。

 そして、ベルフェゴンはクオンの物より強力な水のヴェールによって溶岩から己の身を護り、更なる攻撃を仕掛けてくる。

 溶岩を瞬時に凍らせ、このエントランスを永久凍土へと変化させる。吐く息は白く、口を開けば即座に口内が凍りつく。

 急な温度変化により三人が纏っていた水のヴェールが爆ぜて消えてしまう。今度はシェルミナが我、レイル、クオンに温熱魔法を施し、凍る事を防いでいくれる。

 永久凍土に降り立ったベルフェゴンは、指を鳴らすと何本もの氷柱を出現させ、一斉投擲をしてくる。

 我はそれを砕いて防ぎ、シェルミナが火焔魔法で溶かして二人を守る。

 氷柱を防いでいると、ベルフェゴンは口元を吊り上げ、更に指を鳴らす。

 すると、我は氷の中に閉じ込められた。砕けたり溶かされた氷柱が寄り集まってきたのだ。

 息も出来ず、このままでは凍死か窒息死するだろう。普通の者ならば。

「ふっ」

 我は氷の中で身体を無理矢理震わせて、内部からひびを作る。そして、何度も動かして氷をかち割る。

 幸いな事に、氷に閉じ込められたのは我だけだったようで、シェルミナ達は相も変わらず氷柱の相手をしている。

 我は滑る足場をものともせずに一気にベルフェゴンへと向かい、拳を振り抜く。

 ベルフェゴンはそれをさも当然のように闇魔法で受け止めてくる。

「ちっ」

「どうした? 得意の魔法は使わないのか?」

「使えない事を知っているくせに、何を言っている」

「ふっ、そうだったな」

 闇を振り払い、我は更に蹴りをお見舞いするも、それも闇で防がれてしまう。

 そして、その隙に奴は我に光線を放ってくる。我は身体を捻ってそれを寸でで回避する。

「さて、この場も飽きたので更に変えるとしようか」

 ベルフェゴンはそう呟くと、また指を鳴らす。

 すると、今度は夜空の中にでもいるかのような真っ暗闇に光の玉が浮いている場所へと変貌した。

 浮いている光の玉は、次々と我らに向かって突撃してくる。

 光相手では殴る事も出来ないので、我は紙一重で避け続ける。シェルミナ達は魔法で相殺を試みているが、闇魔法が使えるシェルミナでも完全な相殺が出来ず、小さくなって尚光は進み続けている。

 ベルフェゴンが再び指を鳴らす。すると、我らを取り囲むように上下前後左右――全方位に光の玉が数百も出現し、奴の号令の下、一斉に発射される。

 これは、流石に避けきれないか。

「ダークネスドーム!」

「ライトネスドーム!」

 シェルミナとレイルが全力で魔法を発動させ、光は我らに届かない。外側の闇の障壁に威力を減退させられ、内側の光の障壁に同化するように消えて行く。

 一見完璧に防いでいるように見えるが、実際は違う。

 闇の障壁は一撃貰う毎に薄くなっていき、光の障壁は軋んでひびが入っていく。

 障壁が破られるのも時間の問題か。

 なら、攻めに出るしかないな。

 光の玉が減った事で避ける事が出来るようになったので、我は障壁から自ら出てベルフェゴンへと駆け出す。

「ふっ」

 それを待っていたとばかりに、ベルフェゴンは指を鳴らす。

 我の視界は白一色に染まった。

 肌がちりちりと焼けるように熱いのは、恐らく光の柱の直撃を貰っているからだろう。

 段々と皮膚は黒く染まって行き、ぼろぼろと崩れ去っていく。

 このまま喰らい続ければ、間違いなく昇天してしまうだろう。

 我はまだ死ねないのだ。なので、無理矢理体を動かして光の柱の中を駆け抜ける。

 弾丸の如き速さで光の柱から出た我は、そのまま目の前にいたベルフェゴンに渾身の一撃をお見舞いする。

「むっ?」

 まさか光の柱から出て来るとは思っていなかったらしく、ベルフェゴンは闇での防御はせず、咄嗟に右手で我の拳を受ける。

 我の拳と奴の右手は接触した瞬間に爆ぜた。

 我の拳は炭化が進み、脆くなっていた為。奴の右手は単純に我の拳の威力に耐えられなかった為だ。

 もし、我の拳が万全の状態だったならば、右手を爆ぜ、その勢いのまま奴の顔面も爆砕していただろうに。

 内心で舌打ちをしつつも、我は残った拳で更に攻撃を加える。

 しかし、それは闇に囚われて防がれてしまう。我は即座に身体を引く。同時に音を立てて手首が砕けて残った手も失ってしまう。

 ただ、片腕の代償で地面から噴き上がった溶岩を避ける事が出来たのだ。命に比べれば安いものだ。

「む?」

 ふと、手首より先に違和感を感じてそちらを見ると肉が蠢き、手が元に戻ったではないか。更に、皮膚の色も元に戻っていた。

 流石はエルダーリッチー。再生能力も桁違いだな。

 そして、ベルフェゴンの右手は再生されない。いくら最上位の悪魔と言えども、再生能力は有していないようだ。

「……ふむ、成程」

 ベルフェゴンは爆ぜた右手を見ると、独りでに納得して我に向き直る。

「魔法使い。例え魔法が使えなくとも厄介な存在である事に変わりないか。……なら」

 と、ベルフェゴンが急にその場から消えた。

 奴は転移魔法が使えない。

 となると……。

 我は振り向き様に裏拳を放つ。しかし、背後には何もいない。

 我が裏拳を振り切ると、背中から腹に向けて衝撃が走った。見れば、ベルフェゴンの左腕が貫通していた。

「ここからは、【停止の魔眼】を使わせて貰おう」

 ベルフェゴンは、我の耳元でそう囁く。

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