復活

 三人はそれぞれ悪魔どもへと攻撃を仕掛けて行く。レイルがアリステールに、シェルミナとクオンが四対の翼を持つ悪魔七体へと。

「さて、と」

 我は腕を組んで事の成り行きを見守る。

 まぁ、我も戦いに参じてもいいのだが、そうすると文字通りに一瞬で終わってしまうので自重する事にする。

 もし、我が一瞬で終わらせてしまえば、三人の腹の虫は治まらないだろうからな。

 また、不測の事態と言うのも出て来るだろうし、その時の為に我が後方で視野を広げておくとしよう。

「ふっ」

「はっ」

 シェルミナとクオンの二人は、先程まで手こずっていた筈の四対の翼を持つ悪魔相手に余裕を持って攻めに出ている。

 儀式発動前と今回との違いは我やレイルの魔力によって微力ながら調子が良くなった事もあるが、儀式発動前はある程度手を抜いていたと言うのも大きい。

 あまり攻勢に出ていると人質となっているレイルを盾にされたり、更なる暴行を加えられたりする可能性もあったからな。それに、下手をすれば儀式自体が中断されて逃げられる可能性もあった。

 なので、二人は手を抜いて戦っていた。手を抜いていてもそうとは感じさせないように苦しい表情を浮かべていたが、あれは演技ではなく本心から来るものだったな。

 いくら効かないと分かっていても、暴行を加えられているレイルの姿を見て、いい気分には到底なれなかったのだ。

 その鬱憤と、以前悪魔どもに舐めさせられた辛酸を払拭する為にシェルミナとクオンは全力全開で挑んでいる。

 シェルミナの剣捌きはより洗礼されたものへと変わり、魔法との連携も隙の少ないものへと変貌している。

 それはさながら演舞を行っているかのように目を引くものだ。魔麗剣姫とはよく言った者だな。

 悪魔の攻撃は剣で受け流し、その勢いのままに悪魔を切り付ける。悪魔はそれを腕で直接ガードするも、シェルミナは隙だらけの身体に魔法を放ち、距離が開いた瞬間に即行で距離を詰めて袈裟懸けをお見舞いする。

 悪魔は袈裟懸けを防ぐ事が出来ずに切り裂かれるが、絶命までには至らず、黒い血を流しながらも僅かに後退し、魔法による攻撃を仕掛けて行く。

 傷を負った仲間を庇うように、他の悪魔がそいつの前に立ちはだかり、同様に魔法を放って攻撃を仕掛ける。

 しかし、魔法の攻撃はクオンが生み出した水の壁に全て阻まれ、シェルミナに届く事はなかった。

 現在クオンが降霊している水の精霊ウンディーネは、彼と共にいる四人の精霊の中でも一番の強者だ。

 単純な火力ならサラマンダー、速さならシルフ、強固さならノームに軍配が上がるが、総合力に置いてはウンディーネが勝っているそうだ。

 実際、ウンディーネの操る水は攻防ともに利用可能で、更には遠距離も攻撃可能であり、ある程度の治癒能力も秘めている。

 器用貧乏などではなく、万能の立ち回りが出来、尚且つそこらの魔法よりも強力な精霊術を扱うが故に並みの相手ではウンディーネに勝つ事は出来ない。

 クオンが水の壁を動かし、軽く波を起こして悪魔どもを呑み込む為に襲う。悪魔は相殺する事は最初から諦め、翼をはばたかせて上へと逃げる。

 しかし、それは想定済みの事であり、既に上には水が待機しており、槍のように鋭く尖って悪魔どもへと降り注いでいく。

 悪魔どもは何とか回避したり魔法で防御したりするも、その数や幾千にもおよび、回避し切れずに翼がずたずたに裂け、魔法による障壁も打ち抜かれてしまっている。

 これは、悪魔どもに勝ち目はないな。

 さて、あちらはどうなっているか。我はシェルミナ達からレイルとアリステールの方へと目を向ける。

「はぁ!」

「くっ! このエルフがぁ!」

 向こうは熾烈な魔法弾の応酬を繰り広げている。

 レイルは光弾を、アリステールは闇弾を放ちつつ、互いに距離を止めたり開けたりとせわしなく動き続けている。

 今のレイルはベルフェゴンの魂が無くなったので魔法は全属性扱う事が出来る。

 それなのに光魔法だけを使っているのは、単純に熟練度が一番高いからだ。

 いくら全属性扱えたとしても、満足に扱えなければ逆に隙を生みかねない。レイルはそれを分かっているからこそ、ベルフェゴンの魂が秘められた状態から扱えた光魔法だけを使用している。

 光魔法に関して言えば、そろそろ我と肩を並べる程に扱いが上手くなってきている。実際、いくつもの光弾を放っているが、それら全ては同じ軌道、同じ速度ではなく全てバラバラだ。

 速度は一定のものから急加速するもの、緩急がつけられたもの。軌道は真っ直ぐに放物線、弧を描くようなカーブに下から浮かび上がるようなものと様々だ。

 それらを間髪入れずに連続で放つのには並大抵の魔法コントロールでは為し得ない。こうして出来ているのは、我の教えの下、レイルが必死に喰らいついた成果だ。

 対するアリステールも、軌道の読めない光弾を闇弾で確実に相殺している。光と闇は相反する属性なので、相殺させるには持って来いの関係だ。

 無論、相反属性だけでなく、籠められた魔力量もレイルの放つ光弾と同僚にしているからこそ出来ている訳だ。

 流石は五対の翼を持つ悪魔、と言った所か。魔法のコントロールは波の魔法使いを凌ぐ程だ。

 このまま魔法弾を放ち続けても、決着はつかないだろう。魔力切れを狙おうにも、ハイエルフとなったレイルの魔力量はアリステールと同等。魔力が切れるとしたらほぼ同時になる。

 その事は当人達が一番分かっているだろう。

 現状を変え、先に相手を攻撃して流れを持って行けた方に勝利は得られるな。

「何ぃ⁉」

 レイルの光弾をアリステールは闇弾で相殺していたが、いくつかの光弾はそのまま闇弾をすり抜けて行った。あれは、幻影魔法で生み出した偽りの光弾か。途中から織り交ぜる事で、相手に混乱を招くと同時に有効打を当てる為の布石にする訳か。

 そして、その有効打は幻影魔法で隠された光弾だ。

 目に見えず感知もしづらいそれはアリステールの胸部に直撃する。

「ぐぶっ! ちょこざいな!」

 軽口を吐いたアリステールは血走った眼でレイルを見据えると、その姿が一気に消える。そして、レイルの背後に現れてその背中を闇の刃で切り付ける。

「っと!」

 レイルは間一髪で避けるが、薄く背中の皮を切られてしまう。身体強化をしているとは言え、無傷では済まない程の切れ味を持つ闇の刃を両手に持って、アリステールは接近戦へと持ち込んだ。

 レイルも両手に光の剣を生み出し、アリステールの闇の刃を受ける。

 光の剣と闇の刃が衝突する毎に双方とも崩壊し、すぐさま新たな得物が生み出される。

 アリステールは単に剣を振るうだけではなく、【テレポート】を交えて縦横無尽にレイルに襲い掛かる。

 レイルは身体強化を頼りに、アリステールの攻撃を捌いて行く。シェルミナから剣術の指南を少しばかり受けていたので、どうにか形にはなっているが、少しばかり拙い動きだ。

 逆にアリステールは型に則った動きをしており、まるでお手本でも見ているようだ。

 剣術に置いてはアリステールに軍配が上がるが、身体能力ではレイルが勝っており、今の所が五分の戦いを繰り広げている。

 しかし、そろそろ戦況は傾くな。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 アリステールは息を荒げ始める。

「はっ!」

 対して、レイルは全く息を乱していない。

 アリステールは剣戟に加えて、【テレポート】も併用している。しかも、かなりの頻度での使用だ。それによって魔力は急激に消費され、それが疲労となって表れているのだ。

 レイルはシェルミナ指導の下基礎体力作りを欠かさず行っており、更に魔力流動による身体強化によって心肺機能も強化されているので未だに疲労せずにいる次第だ。

「てぃや!」

「あぐっ!」

 疲労により、出来た隙を見逃さず、レイルはアリステールの右手首を切り落とす。

 これで、勝負は決したか。このまま戦ってもアリステールに勝ち目はないだろう。【改変の魔眼】が効力を発揮していたら変わっていただろうが、レイルは【否定の魔眼】を持っているので効果がない。

 手数が減った事により、アリステールはレイルの猛攻に防戦一方となる。

 そして、何度かの打ち合いの末に左腕も肘から切り離されてしまう。

「これで、終わりですっ!」

「まだ……まだぁ!」

 闇の刃を持つ事が出来なくなったアリステールに、レイルは光の剣を振り下ろすが、アリステールは闇の波動を放って防ぎ、レイルを後方へと吹っ飛ばす。

「終われない……終われない……私達の、たった一人と認めた、主を、この世から消した貴様らを嬲り殺すまでは……終われないぃぃいいいいいいいいああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」

 咆哮と共に、アリステールの身体をどす黒い魔力が包み込む。

 いや、アリステールだけではない。

 シェルミナとクオンと相対し、あわや屠られる寸前であった翼を四対持つ悪魔七体の身体にもどす黒い魔力が纏わり付いている。

 このどす黒い魔力の波長……まさか。

「……あぁ、そうだったのですか。主はまだ完全に消滅していなかったのですね。ですが、それも時間の問題。このままでは無に帰してしまう。なら、我らの身と魔力を捧げましょう!」

 アリステールがそう言うのと同時に、悪魔ども全員がどす黒い魔力に溶け、それが一つに寄り集まる。

 寄り集まったどす黒い魔力は空中で蠢き、一つの魔法陣へと変貌する。

 その魔法陣の柄は、復活の儀式の物だ。

「主の復活の為なら、我らは喜んで贄となりましょう。心残りがあるとすれば、再び主と共に歩む事が出来ない事です。さぁ、我らが主、ベルフェゴン様! 今こそ復活の時です!」

 魔法陣は一瞬で全体に光が灯る。そして、魔法陣の中央で人の形が構成されていく。

 六対の翼を持つ、最上位の悪魔――ベルフェゴン。その姿へと。

「……ふむ」

 ベルフェゴンは己の調子を確かめるように魔力を解放する。

 その魔力は我との戦い時と同等であり、その禍々しい魔力にあてられたレイル、シェルミナ、クオンは萎縮してしまった。

「お前達の覚悟、そして忠義。しかと見届けた」

 ベルフェゴンは己が身を犠牲にしてまで己を復活させた悪魔達へと言葉を投げ掛ける。

 そして、ベルフェゴンは視線を我に向けてくる。

「久しいな、魔法使い」

「そうだな」

 正直、復活は阻止したと思ったのだがな。まだ残留思念が残っていたとは。その所為で悪魔どもの捨て身の儀式によって復活を果たしてしまうとは。計算外だった。

 しかし、復活してしまったものは仕方がない。

 世に放たれれば、再び世に混乱が招かれるだろう。

 そうならないように、この場で屠る必要がある。

 ではでは……。

「またお前を消滅させるぞ」

「やれるものなら、やってみるがいい」

 我は軽く首を鳴らすと、ベルフェゴンへと一直線に駆け出す。

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