昇華
視界がやけにいい。
聖属性の結界に囚われていても以前よりもすこぶる調子がいい。
身体がまるで羽で出来ているかのように軽い。
後遺症や不具合も見受けられない。
今回こそは、完全に成功したのだな。
実に、清々しい気分だ。自然と頬が揺んでしまう。
「ど、どう言う事?」
今し方目の前で起こった事を理解し切れていないアリステールが我に問うてくる。
「どういう事も何も、我の策が成功しただけだ。なぁ、我が弟子よ」
我は肩を竦め、地面に伏しているレイルに声を投げ掛ける。
すると、レイルは何事も無かったかのようにむくりと起き上がる。
その首には、先程アリステールに切り落とされた筈の頭もきちんと繋がっている。
「そうですね。流石は魔法狂いと呼ばれた稀代の大魔法使いである師匠です」
レイルは服についた埃を落とし、にっこりと笑いながら我の下へと歩いてくる。
その姿は健康そのものであり、首を落とされる前にアリステールにつけられていた傷は全く存在しない。
「なっ⁉」
アリステールは死んだはずのレイルが五体満足で歩いている姿を見て、更に驚愕を顕わにする。
「うぅ……魔力の吸われ過ぎで頭がふらつくな……」
「僕も……ちょっときついな……」
縄で縛られたシェルミナとクオンはのそりと顔を上げ、地面に伏しながらも転がったり芋虫のように体を動かしたりながら我とレイルの方へと移動する。
悪魔どもは、その様子をただ茫然と眺めているだけで、襲い掛かってくる様子はない。
「まぁ、待て。直ぐに魔力を譲渡するから。レイルも出来るな?」
「はい」
我とレイルはシェルミナとクオンを縛っている縄を力付くで引き千切り、彼等の波長と合わせた魔力を満タン近くまで流し込む。
「……うむ、何故だか知らないがシオネの魔力で身体が満されたら何時も以上に調子がいいな」
「僕も、レイルさんから魔力を供給して貰ったら異様に体が軽いよ」
魔力の回復したシェルミナとクオンは軽くジャンプしたり素振りをしたりして、身体が絶好調である事を何度も確かめる。
「これなら四対の悪魔どもが束になっても敵ではないな」
「いや、流石に僕はそんな感じではないけど……まぁ、降霊したら同じかな?」
そうかそうか。そこまで調子がいいのか。なら四対の翼を持つ悪魔どもは二人に任せてアリステールはレイルだけに相手をさせるとしよう。
「な、何が……一体何をしたんだ⁉ 答えろ! 答えろシオン=コールスタッド‼」
茫然としていたアリステールだが、はたと自分を取り戻してわなわなと肩を震わせ、顔を真っ赤にして大声を出し、我に問うてくる。
「先程も言ったであろう。我の策が成功したのだとな」
そう、ただそれだけなのだ。
数日で完成に至った我の策に、悪魔どもははまった。ただ、それだけだ。
「貴様らは、我の手の上で踊っていたに過ぎない」
「何っ⁉」
牙を剥いて食って掛かってきたので、仕方なく我は懇切丁寧に悪魔どもに我の策の説明をする。
事の始まりは一週間前。レイルの中にベルフェゴンの別けられた魂が入っているのを知った事からだ。
我はレイルに頼み、一度だけ【停止の魔眼】を使って貰い、少しばかりベルフェゴンの魂を刺激して貰った。
その際に、別けられたベルフェゴンの魂から魔力が僅かに漏れ出た。
以前ベルフェゴンと相対したので、奴の魔力の波長は知っていたが、別けられた魂では少しばかり差異が存在するかもしれないと思い、レイルに無理を言って【停止の魔眼】を使って貰った次第だ。
結果としては我が相対したベルフェゴンと寸分違わぬ魔力を保持していたので、確かめる必要はなかったのだが、少しでも違っていると後の作業に支障が出るので致し方なかった。
後の作業とは、復活の儀式に使われるであろう魔法陣の作成だ。
我はこれまでに試作品を含め、幾万もの魔法陣を描いて来ており、また魔法陣に描かれる文字や紋様、図形、それらの配置や大きさによる魔法的な効果を完全に頭に叩き込んでいる。
その知識の御蔭で、文献からは完全に無くなったリッチーとなる為の魔法陣を復元する事が出来たのだ。悪魔の復活の為の魔法陣なぞ、それに比べれば簡単に作成できると言う者だ。
ベルフェゴンの魔力波長を元に、肉体の再構築及び肉体に魂を定着させる為に必要な紋様や文字、図形の描かれた魔法陣を紙に書き起こした。
こうして、復活の儀式で使われる魔法陣の作成をものの数時間で成功した我は、それ元に別の魔法陣へと書き換える為に色々と試行錯誤を施した。
この書き換えには意外と時間がかかり、出来たのは三日後だった。
何もないまっさらな状態から書き起こすのなら、これほどまで時間は掛からなかっただろうが、元の魔法陣を書き換えるとなると、かなり骨の折れる作業であった。
しかし、それでも無事に終了したのだ。
書き換えた後の魔法陣は悪魔復活ではなく、存在昇華と完全なオリジナルのものとなっている。
存在昇華は文字通り、自らの存在を昇華させるものだ。
これはリッチーになる禁術とは違い、種族上は全く同じものとして扱われる。しかし、格は全く異なっており、もしこの術式が世に知れ渡れば真っ先に禁術指定されるだろう。
無論、争いの火種になりそうなこの術式を世に広める事はせず、悪魔どもを殲滅した後は即刻破壊する事にしている。
因みに、今回この存在昇華の魔法陣の対象となったのは我とレイルだ。
最上位の悪魔の魂と、そして大量の魔力を必要とする関係上、普通の人間では堪えられず、存在は昇華されずに消滅してしまう。そして、悪魔を対象にしてしまうと更なる最上位の悪魔を誕生させてしまう危険があったので、別に対象を用意する必要があった。
我は当初レイルのみを対象にする筈だったが、いくらエルフと言えども最上位悪魔の魂のエネルギーを用いた術式に耐えきれず消滅する危険性があった。
なので、人間ではなく、存在昇華にそれなりの力が必要なリッチーである我も対象にする事でレイルへとかかる負荷を少なくしたのだ。
それが成功したが故に、今の我とレイルがいる。
レイルはエルフからハイエルフへと存在が昇華した。これにより、魔力量がリッチーであった我を越える程になり、純度も練らずとも高い者へと変貌した。
そして、我も勿論リッチーではなくなった。
遥か昔、初めて自然発生したリッチーの祖とも言える存在へと。
不死者を束ねる、伝説の存在――エルダーリッチー。
魔力量は何倍にも増え、ベルフェゴンに並ぶ程になった。更に、リッチーの時には弱点となっていた聖属性に対して完璧な耐性を備えており、弱点の存在しない完全な不死者となった。
「と言う訳だ。分かったか?」
「だったら、何故そこのエルフは生き返った⁉ 君の話だと、あくまで存在を昇華する為の魔法陣だ! 蘇生術ではない! それに、何時魔法陣を書き換えたんだ⁉ 君は魔封の呪いに掛かって魔法が使えず、魔法が使える二人も魔法を発動する余裕なんてなかった!」
「あぁ、その事か」
憤慨しているアリステールに、我は更なる説明をする。
首を刎ねられたレイルだが、実際は刎ねられていない。
と言うよりも、レイルは重傷を負っていない。
そう見えるように、アリステールと他の悪魔どもに幻影魔法を使って幻を見せていたに過ぎない。
以前までのレイルなら、幻影魔法を使ってもアリステールに看破されていたかもしれない。
しかし、この一週間レイルは死にもの狂いで我に言われた通りに魔法の特訓をしていた。幻影魔法における効率のいい魔力消費、より気付かれにくくするための魔力配分、そしてより上位の幻影魔法の習得。それを五日で成し遂げ、残った二日は身体を休めたり復習をしたりしていた。
そして、それらを習得出来たが故に、レイルは敢えて悪魔に捕まるように囮となった。我の提案ではなく、彼女直々の提案だった。
その案にシェルミナは異を唱えたが、レイルはベルフェゴンの魂を秘めている自分が一番狙われやすいから、囮に向いていると頑なに意見を変えようとしなかった。
結果、シェルミナは渋々折れる形となり、レイルは一人で行動する事が多くなった。
それで今日、アリステールに連れ去られた次第だ。連れ去られても感知出来るように【ポイントマーク】を施し、強化されたレイルの幻影魔法で完全に隠していた。
まぁ、実際はアリステールから御丁寧に場所の記された地図がもたらされたので無駄骨となった。が、それでも【ポイントマーク】が解除されていなかったので、アリステールは幻影魔法によって気付いていなかった事が実証された。
もし、【ポイントマーク】に気付いているなら地図など用意せず、【ポイントマーク】で追わせるようにする筈だからな。
そうして、この廃墟へと向かい、実際は全く無傷のレイルと存分にいたぶったと思っているアリステールの下へと辿り着いた訳だ。
実際、アリステールはレイルに殴る蹴るはしたようだが、生憎とレイルは既に『魔力流動による身体強化』をこの一週間で完全にマスターしたので、全く怪我を負う事はなかったのだ。
ただ、それでもレイルが蹴られたりする様は我慢ならなかったようで、シェルミナとクオンは本気の怒りを感じていたが、これが逆に功を成したようだな。
本気で怒った御蔭で、まさかレイルが囮だと悪魔どもにばれずに済んだのだからな。
首を刎ねられた際は、首を引っ込めて手刀を回避し、懐に忍ばせていた石を適当に放り投げ、それをレイルの頭と誤認させていた次第だ。
そして、魔法陣の書き換えだが、これに関しては我が行った。
レイルやシェルミナもやれたのだが、少しでも紋様が違えば効果が変わってしまうので、我が行う事にした。
しかし、魔法陣を書き換える為には魔法陣が出現して直ぐに行動を起こさなければならない。また、我の行動は聖属性の魔法で真っ先に封じられる事は簡単に想像がついた。
なので、我はシェルミナにある事を頼んでおいた。
それは、解呪魔法を我に使う事。
本来なら、シェルミナの魔力は我の魔力を上回っておらず、解呪魔法は意味を成さない。
しかし、聖属性によって我が著しく弱体化しているならば、ほんの短時間だけなら魔封の呪いが打ち消されるのだ。
シェルミナがアリステールに沈黙させられた時、実は意識は失っておらず気絶している振りをしていただけだった。
そして、アリステールが魔法陣を出した瞬間に我に解呪魔法を施し、魔法が使える間に我は【リライティングマーク】と呼ばれる魔法で瞬時に魔方陣を書き換えたのだ。
また、書き換えた事を悟られない為にレイルの幻影魔法によって悪魔どもには元の魔法陣のままに見えるようにしていた。
こうして、アリステールは魔方陣を発動した。主であるベルフェゴンの魂を消滅させるとは知らずに。
「以上だ。これで満足したか?」
説明を終え、我はアリステールを一瞥する。
アリステールは怒りで肩を震わせ、歯が砕けんばかりに噛み締めている。目は当然血走っている。
「……殺す! 主の魂を消滅させた貴様らは骨の一片、髪の毛の一本たりとも残さず惨たらしく殺す‼」
魔力を半分消費していた筈のアリステールだが、怒りによって瞬時に全回復したようだ。
血走った眼で我ら四人を睨みつける。
「やれるものならやってみろ」
「死ぬ気で挑んで来い。まぁ、負ける気はしないがな」
「里の皆の無念を、今ここで晴らしてみせます!」
「実際に魂を消滅させたのって、知らなかったとはいえお前って分かってる?」
剣を構えたシェルミナ、藍色から蒼銀の瞳に変わったレイル、ウンディーネを降霊したクオンが我の一歩前に出る。
我らと悪魔との最終決戦の火蓋が、今、切って落とされる。
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