儀式

 レイルが連れ去られ、我、シェルミナ、クオンは彼女を追い掛けた。

 場所は分かっている。何故なら、悪魔――アリステールからの書置きが残されていたからだ。


『明日の朝までに、地図に印された場所まで来なければエルフの命はないよ。

 助けたかったら来る事だね。

 大勢の人間を引き連れて来ても問題ないよ。

 どちらかと言えば、その方が好都合だけどね。

 まぁ、好きにしなよ。

 少なくとも、明日の朝まではエルフを殺すつもりはないから。

 じゃあ、待ってるからね。

 アリステール』


 御丁寧に地図まで添えられていた。

 最早、なりふり構っていられなくなっているのだろう。

 悪魔どもには我らの魔力が必要なほど切羽詰まっているようだ。

 もしかしたら、別けられた魂は一定期間魂のままだと消滅してしまうとか、そんな感じだろうか?

 なら、このまま放置しておけば問題ないだろう。

 しかし、そのような選択肢は最初から存在しない。

 我らは地図に印された場所へと一気に駆けて行く。

 増援は募っていない。我ら三人だけで、どうにかする手筈だ。

 地図に印された場所は、レイファルから少しばかり離れた廃墟だ。

 この廃墟は一応レイファルを収める領主の持ち物となっているが、町の外にあり、しかも近隣に魔物が出現すると言う事で基本的に放置されているとの事。元々は魔法実験の施設として建てられており、魔物避けの結界もあったが大戦時に壊れて以来、そのままだそうだ。

 走って行けば数時間で到着するが、少しでも早く辿り着く為にシェルミナとクオンを小脇に抱えて我は全力疾走。

「着いたな」

「あぁ」

「うっぷ……」

 一時間以内に到着。

 我とシェルミナは蔦が這い、所々崩落している廃墟を見上げ、クオンは顔を青くして口を押えている。どうやら、酔ったらしい。

 この廃墟の大きさは我が禁術の魔法陣を描いた廃墟よりも一回り大きいな。

 一応、領主には話を通してあるのでこのまま入っても咎められる事はない。こういう時にAランクという階級が役に立つものだ。もし、冒険者でも下級ランクであるならば門前払い、話は一蹴されていただろうな。

 さてさて、では悪魔の巣窟に乗り込むとするか。

「行くぞ」

「無論だ」

「……うん」

 我らは廃墟の扉を開け放ち、中へと入り込む。

 出た先はエントランスとなっており、そこで既にアリステールが待ち構えていた。

 アリステールの足元には、痛々しい姿のレイルが横たわっていた。

 顔面は少し腫れ、裂傷も垣間見える。

 殺しはしないと言ってはいたが、いたぶる事はしていたみたいだな。

「あら、意外に早かったね」

「弟子を救う為だ」

「弟子って……あぁ、このエルフの事ね」

 アリステールはレイルの背中を踏みつけ、何度もぐりぐりと踏みにじる。

「リッチーの弟子になるなんて、物好きなエルフもいたものだね。死霊魔法でも学びたいのかな?」

「違う。レイルは強くなる為に我に弟子入りした」

 嘲笑するアリステールに、我は

「お前等悪魔を倒す為にな」

「……へぇ」

 僅かにだが、アリステールの眉がぴくんと動く。

「けど、あなたの修行は実を結んでいないみたいだけどね。私に傷一つ負わせる事が出来ないなんて。弱過ぎ。まぁ、今もこうして私の【魔眼】を打ち消している点だけは評価してもいいけどねっ」

「うっ」

 一度足を離すと、そのまま勢いよくレイルの背中へと振り下ろす。レイルはあまりの衝撃に呻き声を上げて、その口から血を吐いてしまう。

「さて、あなた達をここに呼んだのは他でもない。そろそろ儀式を始めたいと思ってね。魔力を根こそぎ奪う為に呼んだんだ。因みに、今まで捕らえた人間もここにいてばっちり魔力は搾取してる最中だよ」

「出来ると思うか?」

 我と、怒りに顔を歪ませるシェルミナとクオンはアリステールを睨みつける。

「おぉ、怖い怖い。確かに、三人相手だと、いくら傷の癒えた私でもキツイね」

 傷、と言うのは我が吹っ飛ばした瓦礫による傷なのだろう。その時に出来た傷は思いの外重いものだったようだ。

 出来れば、その時にでも絶命してくれればと思うが、こればかりは致し方ないか。

「……けぇど」

 アリステールは醜悪に顔を歪め、指を鳴らす。

 すると、エントランスを囲むように半球状の結界が敷かれる。

 それと同時に、我の身体から根こそぎ力が抜け落ちて行った。

「ぐっ」

「シオネ⁉」

 自分の身体を支える事も出来ず、その場に倒れる我にシェルミナが駆け寄ってくる。

 その間に、クオンは風の精霊シルフを降霊し、アリステールへと特攻をかける。

「然りなく罠は設置済みなんだよね。まずは一番厄介なリッチーの行動を阻害する為に聖属性の結界を敷かせて貰ったよ」

 クオンより放たれた風の精霊術を片手で薙ぎ払いながら。アリステールはネタ晴らしを行う。

 聖属性の結界、か。まさか、そんなものまで使えるとは……。

「で、駄目押しに【セイントチェーン】」

 動けない我に追い打ちとばかりに【セイントチェーン】が絡みつき、身動きが完全にとれなくなってしまう。ぎりぎりで瞼を動かせるくらいで、力が全く入らない状態だ。

「これで君は魔力を搾取されるだけの燃料状態になったって訳だね」

「シオネ! 今直ぐ鎖と結界を」

「させると思う?」

 アリステールが再度指を鳴らすと、四対の翼を持つ悪魔が空間を歪めながら七体出現する。

 どうやら、直ぐ近くに潜んでいたようだ。それもそうか。流石に五対の翼を持つアリステールだけでは荷が重いからな。そして、四対の翼を持つ悪魔ではまるで歯が立たない程の身体強化を行う我が行動不能となったのだ。この機を逃す筈はない。元第二魔法騎士団団長のシェルミナと言えども、四対が一体二体ならどうにかなるが、流石に七体が相手では少々手厳しいか。

「さぁ、私達の猛攻を防ぎながら、リッチーの聖鎖とこの場に敷かれた結界を解く事が出来るかな?」

 七体の悪魔が現状動ける二人へと躍りかかる。シェルミナへ四体、シルフを降霊したクオンに三体だ。

 そして、悪魔達は聖属性の結界内だと言うのに弱体化した様子は見せず、機敏な動きで攻撃を仕掛けて行く。

「くっ、聖属性の結界内だと言うのに力が落ちていないだと?」

「それはそうだよ。私達は悪魔の中でも特異な存在なんだから。生まれ落ちた時から、聖属性に強い耐性を持ってるんだ。だから、このくらいの結界どうって事はないんだよ」

 同様の走るシェルミナに、アリステールは律儀に答える。

 元来、悪魔もアンデッドと同様に聖属性に弱い。なので、悪魔と相対する場合は弱体化させる為に聖属性の結界を敷くのが常套手段となっている。

 我があの大戦時にベルフェゴンと相対した際に使用した対悪魔用の結界魔法も、元をたどれば聖魔法の結界を改良したものだ。

 無論、聖属性の結界を使わなかったのは悪魔の中に耐性を持つ者がいると分かったからだ。

 アリステールを含め、ここにいる者は聖属性に耐性を持つ。悪魔の中でも精鋭を集めたと言う訳か。故に、アリステールは聖属性の魔法を扱える訳か。

「こんのぉ! あっち行けぇ!」

 シルフを降霊したクオンが風の精霊術で風の刃を生み出し、悪魔へと放っていくが、悪魔はそれを紙一重で避けながら攻撃をしてくる。

 クオンに接近してきたら彼を中心に風の渦を発生させ、風圧で強引に距離を開かせる。そのような攻防が繰り広げられている。

「次は、精霊使いを行動不能にしようか」

 アリステールはレイルから離れると、【テレポート】でクオンの背後に出現する。

 クオンが気付いた時には、アリステールは既に彼の背中に掌底を喰らわせていた。

「えぐっ⁉」

「ふふ、弱いね」

 前のめりになり、そのまま地面に倒れたクオンの背中に容赦なく踵をおろし、無力化をする。

 沈黙したクオンは降霊状態が解除され、髪の色が元に戻る。

 彼を襲っていた悪魔は、彼の四肢を縄で締め上げ、身動きを封じる。

「残ったのは、あなただけだね。女騎士さん?」

 アリステールの言葉と共に、三体の悪魔もシェルミナへと躍りかかる。

 七体の悪魔を相手にシェルミナは音を上げずに反撃をする。

 しかし、彼女の剣術をもってしても致命傷を与える事は出来ず、魔法は魔法によって相殺されてしまう。

「ぐっ」

「ほらほら、まだそんなもんじゃないでしょ?」

 アリステールはシェルミナに対して挑発とも取れる言葉を投げかけ、【テレポート】により彼女の眼前に出現する。

 そして、シェルミナの腹に重い拳の一撃を喰らわせる。

「がはっ……」

 シェルミナはくの字に折れ曲がり、そのまま後方へと吹っ飛ばされてしまう。

「何? もう終わり? つまらないなぁ」

 吹っ飛ばされた先で身動き一つしないシェルミナを見て、アリステールは心底期待外れだとばかりに肩を竦める。

「……まっ、いっか」

 アリステールは四対の翼を持つ悪魔にシェルミナを拘束するように指示を出し、適当に放置する。

「じゃあ、ちゃちゃっと復活の儀式を始めようか」

 七体の悪魔をエントランスの端まで行くように促すと、アリステールは両手を床に叩き付ける。

 レイルを中心に、エントランスの床を埋め尽くさんばかりに巨大な魔方陣が出現する。

 これが、復活の儀式に必要な魔方陣か。

 ……成程な。

「まずは、このエルフを殺して」

 アリステールがレイルの直ぐ傍まで行くと、軽く手を振るう。すると、レイルの頭が回転しながら飛んで行った。

「そして、リッチーから魔力を根こそぎ貰って、不足分は私の魔力で補うとしてっと」

 我の身体から大量の魔力が流出していく。我の体内にはもう殆ど魔力が残されていない。そして、同様にアリステールの身体からも半分くらい魔力が減った事を感じ取れた。

 すると、魔法陣にうっすらと光が灯る。どうやら、しっかりと起動したみたいだ。

「……くぅ、で、最後に……人間の大量の魔力を贄を賭して捧げればっ」

 シェルミナとクオン、そしてエントランスとは別の場所から魔力が魔法陣へと注がれていく。

 それに呼応するかのように、魔法陣が脈動するかのように明滅を始める。

 明滅の間隔は次第に早くなり、中心から外側へと向かって光が強くなっていく。

 魔法陣全体が強く輝き出すと、レイルの身体から、半透明な球体が出て来る。

 その球体は次第に形を人型へと変化させ、背中に六対の翼を持った壮年の男性へと移ろいで行く。

 彫りの深い顔、毒々しい色合いの髪の毛はオールバックにし、顎ひげを蓄えており、その瞳は茜色に輝いている。

 その姿は、まさに最上位の悪魔、ベルフェゴンの物だった。

「おぉ……我が主よ……」

 アリステールは恍惚の表情を浮かべ、主の復活に感涙する。

 しかし、その表情は直ぐに不可解な物を目にしたものへと変わる。

「え? 主? どうしました?」

 突如、ベルフェゴンが苦しみ出したのだ。

 喉や胸をかきむしり、激痛に苛まされるようにもがき続ける。

「主? 主っ⁉」

 アリステールは何が起こったのか分からずに、あたふたとするばかり。

 そうしている間にも、ベルフェゴンの魂はもがき苦しみ、そして人の姿を保つ事が出来ずに球体へと戻る。

 そうして、球体は空気に溶けるように霧散し、粒子は魔法陣へと溶け込んで行った。

 これにて、儀式は完成だな。

「あ……主……?」

 アリステールは呆け、消えてしまったベルフェゴンの姿を探す。

 探しても無意味だ。

 既にベルフェゴンの魂は消滅し、純粋なエネルギーへと変換されたのだからな。

 さて、儀式も大詰めだ。

 ベルフェゴンの魂という莫大なエネルギーも合わさり、この儀式で生み出された力は奔流となり、我へと注ぎ込まれていく。

 それと同時に、我の身体に力と魔力が戻る。

「どうやら」

 我は【セイントチェーン】を紙を破るかのように容易く引き千切り、首を鳴らしながら立ち上がる。

「我の策は成功したようだな」

 そして、驚愕に顔を歪めているアリステールと七体の四対の翼を持つ悪魔に対して、口角を僅かに釣り上げて言葉を発する。

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