回顧

 事の始まりは、大戦のさなかの時だったそうだ。

 レイルはエルフの里で弟の世話をしていた。弟はまだ生まれたばかりで、母親がどうしても世話が出来ない時は率先してレイルが弟の世話をしていたそうだ。

 母親は風邪をこじらせてしまい、弟の世話が出来なかったのでレイルが代わりに背をしていた。弟を寝かしつける為に抱えて、リズムよく優しく背中を叩いていた。

 うとうとと夢の世界へと旅立とうとする弟を見て、レイルは微笑んでいた。

 しかし、弟が寝入ろうとする瞬間、轟音が里に響いた。

 悪魔が強襲してきたのだ。

 翼が四対、五対の悪魔達の襲撃、里には戦闘が苦手なものが殆どであったが、それでも人間以上の魔法の使い手だ。

 それに、里の警護で残っていた手練れのエルフも幾人かいたので、女子供を逃がす為に率先して悪魔達を迎え撃ったそうだ。

 最初は善戦していたが、ある悪魔の登場により戦況は一辺。一方的な虐殺へと変貌してしまった。

 ベルフェゴン。六対の翼を持つ最上位の悪魔。そいつは【停止の魔眼】で襲い掛かって来る者、背を向けて逃げる者の動きを無慈悲に止め、命を刈り取って行った。

 四対、五対の悪魔達も、ベルフェゴンが動きを止めた者達を襲っていき、エルフは抵抗する事も出来ずに殺されて行った。

 悪魔の魔の手は、短時間でレイル達にも及んだ。

 悪魔に先回りされ、一人ずつ確実に殺されていった。

 子供を守る為に母親が身を挺して庇うも、悪魔の強靭は子ごと親を貫き、体の不自由な者に対しても無慈悲に手を下した。

 レイルは、風邪をこじらせてしまった母親とまだ生まれて間もない弟を守る為に悪魔にの前に立ちはだかり、魔法を放って応戦した。

 しかし、魔法は軽く悪魔に弾かれてしまい、逆に悪魔の魔法がレイルへと放たれた。

 その魔法はレイルに当たる事はなく、我が子を守る為に魔法とレイルの間へと飛び出した彼女の母親に直撃してしまった。

 母親はレイルを守る事が出来てほっとしたのか、微笑を浮かべながら亡くなったそうだ。

 レイルは母親の死を目前に泣きじゃくりながらも、直ぐ様弟を抱えて悪魔の魔の手から守るようにぎゅっと体で覆い隠した。

 その抵抗もむなしく、ある悪魔に頭を掴まれ、そのまま強く握られあわや命の灯火が消えると言う所で、どう言う訳かその悪魔はレイルを離した。

「成程……効かぬ訳だ」

 悪魔はそう呟くと、レイルの額に人差し指を軽く突き刺したそうだ。

「保険を掛けておくとしよう。保険が発動すれば、その【魔眼】の力は私の物となるだろう」

 その言葉を最後に、レイルの意識は暗転した。

 目を覚ますと、ベッドに横になっていたそうだ。

 里に戻ってきたエルフに保護され、人間の町にある病院へと運ばれたそうだ。

 運がいい事に、弟も生きていた。

 レイルと弟は、強襲された里で唯一の生き残りとなった。

 そして、父親の死も告げられた。

 レイルは一週間ほど寝ていたそうで、その間に父親は復讐心に駆られて悪魔の住処へと突撃し、帰らぬ人となってしまった。

 それからレイルは自分の無力さを悔やんで、恨んだ。

 もっと強かったら、里の皆を――母親を守る事が出来たかもしれないのに、と。

 守れたら、父親も死ぬ事はなかったのに、と。

 悔やんで、恨みはしても、絶望はしなかった。

 レイルには守るべき存在がいた。弟だ。

 弟を守る為に、強くなる。そう固く誓った。

 それから、大きな爪痕を残しながらも大戦に勝利し、レイルは他のエルフ達と共に新たに里を興してそこに移り住んだ。

 弟の世話をしつつ、日々鍛錬に明け暮れていた。

 そして月日は流れて今から三年前。突如、レイルの頭に声が響いた。

『ふむ、まさか保険が発動する事態になるとはな。迂闊であった』

 その声は忘れもしない、里を襲った悪魔の声だった。

『しかし、その御蔭でお前の【魔眼】の力を手に入れられると言うものだ』

 その時、レイルは初めて己に【魔眼】のギフトが宿っていた事を知った。

 そして、悪魔の口振りから【魔眼】の力を打ち消す効力がある事も知った。

『しかし、まだ復活の時ではないようだ。その時が来るまで、私は暫し眠りに着くとしよう』

 悪魔はそれを最後に沈黙した。

 しかし、悪魔の圧力は身体の内から感じ、奴が体から出て言った訳でも消滅した訳でもないのは明白だった。

 文字通り、単に眠りについただけだった。

 その日から、レイルの身体に変化が起きた。

 まず、右の瞳の色が茜色に変わった事。レイルは生まれた時から藍色の瞳をしていたそうだ。つまり、生まれた時から【魔眼】を宿していた事になる。

 しかし、気付かなかったのは効力を発揮するのが【魔眼】に対してだけなので、事象として認識出来なかったからだろう。

 右の瞳が茜色に変化した事により、別の【魔眼】の力が現れるようになった。

 そう、【停止の魔眼】だ。これにより、自分の身の内に潜む悪魔があの最悪の六対の翼を持つベルフェゴンだと知った。

 そんな奴の【魔眼】なぞ使う気はなかったが、ここ最近復活の兆しを感じ取ったらしく、ベルフェゴンは寝ながらも無理矢理【停止の魔眼】を使わせようとしているそうだ。

 己の力を遣わせる事により、配下の悪魔に自分の魂はここだと告げているそうだ。

 レイルには【停止の魔眼】が発動するたびに【否定の魔眼】を用いて効力を打ち消していたそうなので、悪魔と言えども直ぐには見付ける事が出来なかったそうだ。

 そして、他に身体の変化があったとすれば、使える魔法に制限が出来てしまった事だ。

 元来、レイルは魔法障害を患っておらず、全属性の魔法を扱えたそうだ。

 しかし、ベルフェゴンの魂を自覚したその日から光と幻影以外の魔法を使うと見の内から焼けるような痛みが走るようになってしまったそうだ。

 それは魔法障害ではなく、ベルフェゴンがその魔法を妨害し、己の糧とする際に生じる痛みだそうだ。

 光と幻影だけが大丈夫な理由は、恐らくはベルフェゴンにとってその属性の魔法は糧にはならないからだろう、とレイルは予想した。

 故に、レイルは必然的に光と幻影の魔法しか使えなくなった。ベルフェゴンに糧を与えない為に。

 ベルフェゴンの魂が己が内に潜んでいると知ってから数日後、レイルはエルフの里を後にして旅に出た。

 悪魔の魂が己の中にいる以上、下手をすれば里の皆を――たった一人の弟を危険に巻き込みかねない。

 それを危惧し、レイルは敢えてその事を包み隠さずに告げ、弟の事を頼んで里を出たそうだ。

 里のエルフ達はレイルの事を怖がったりもせず、悪魔の魂をどうにかしたら戻ってまた一緒に暮らそうと言ってくれたそうだ。

 中には一緒に旅について行くと申し出た者もいたそうだが、レイルは首を横に振った。

 危険に晒したくない。自分といると何時か必ず悪魔と相対する事になる。これ以上、里の皆を――家族を危険に晒したくない。

 レイルの決心は固く、里の皆は彼女の意思を尊重し、彼女を見送ったそうだ。

 里を出てからのレイルは、悪魔をどうにかする為に色々と考えた結果、ある人物の下へと行こうと決めた。

 その人物こそが我――稀代の大魔法使いシオン=コールスタッドだ。

 エルフ達にも魔法馬鹿と認識されていたらしく、悪魔の魂だけを消滅させるような魔法を生み出していても可笑しくはない、そう考えたそうだ。

 その時には既に我は大罪人としてシェルミナ率いる第二魔法騎士団に追われる身になっていたのだが、例え大罪人の実験体にされたとしても悪魔の魂を滅せられるのならば構わないと言う固い決意の下、旅をしていたらしい。

 で、我の痕跡を辿りつつ、旅も三年が経とうとした時に、ある悪魔が目の前に現れたそうだ。

 その悪魔こそが、アリステール。ベルフェゴンの側近にして五対の翼を持つ上位の悪魔だ。

「お迎えに上がりましたよ、我が主」

 そう言ってアリステールはレイルへと攻撃して来たそうだ。

 その時のレイルは今のように身体強化が出来ず、光や幻影の魔法を駆使しつつ逃げようとしたらしいが、あえなく捕まったらしい。

 しかし、現在こうして我に出逢えている以上、あの場から逃げおおせる事が出来たと言う事だ。

 逃げる事が出来たのは、アリステールの顔面に大きな石……もとい瓦礫が飛んで来てクリーンヒットしたからだそうだ。

 アリステールが目を回して気絶している隙を付いて、レイルは全力で逃げたそうだ。

 因みに、その瓦礫は十中八九我の仕業である。

 レイル曰く、アリステールと遭遇した場所はとある廃墟が聳える丘の下にある森の中で、その廃墟がガラガラと崩れていったそうだ。

 その廃墟こそが我がリッチーとなる為の魔法陣を描いた場所であり、その飛んできた瓦礫は禁術の失敗に腹を立てた我が魔法騎士団を蹂躙していた際に壊した廃墟の一部が飛んで行ったものだろう。

 何はともあれ、悪魔から逃げおおせる事が出来たレイルはそのまま隠れながらも旅を続け、フィアスコールに辿り着いた時に大罪人シオン=コールスタッドが死んだ事を知ってしまい、望みが絶たれてしまった。

 一番可能性のあった人物が死亡したが、それでもレイルは諦めずに悪魔の魂をどうにかする為に旅を続けた。

 そして、我とシェルミナを発見したのだ。

 アリステールと出遭って、更に己の無力さを痛感したレイルは、エンジェルベアをパンチ一つで屠った我を見て、弟子入りする事を決めて今に至ると言う訳だ。

 レイルが強くなりたいと言う理由は、里に残っている家族を守る為であり、悪魔に負けないようにする為。

 それはアリステールに対してでもあり、身の内に潜むベルフェゴンの魂に対してもだそうだ。

 心身ともに強くなれば、少しでもベルフェゴンの事を抑える事が出来るのではないか?

 そう考え、我に弟子入りをして、魔力流動による身体強化や光、幻影魔法に対して効率の良い方法などを学んだ。

 レイルが強くなりたいと願う理由と己の秘密を我らに話したので、我らももう包み隠さずに暴露する事にした。

 まず、我は禁術に手を出してリッチーとなったが、同時に魔封の呪いに侵されて魔法が一切使えなくなってしまっている事。

 シェルミナは、リッチーとなった我の事を誰にも告げず、死亡したと嘘を吐いて魔法騎士団を退団した事。

 クオンは異世界人である事。

 それを知ったレイルは、目が点になって、直ぐ様驚きの声を上げた。

 シェルミナも、クオンが異世界人だと知ると目を丸くした。

 クオンは、特に驚きもしなかったな。

 そんな事があった日から――互いの秘密を暴露してから一週間経った今日。

 レイルは、悪魔に連れ去られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る