魔眼

「まさか、【魔眼】のギフトを持っていたとはな」

「すみません、今まで黙っていて」

「気にするな。言えない、または言いたくない訳でもあったんだろう?」

「……はい」

 我は俯くレイルの肩をぽんと叩き、先程まで翼が五対の悪魔がいた場所に視線を向ける。

「それにしても、あの【改変の魔眼】は厄介だな」

 契約書を破ってから後の記憶が全く思い出せない。あの時のクオンとサラマンダーと同じ症状だ。

 我はあの目に魅入られて、危うく契約をしかける所であった。

 確かに、あの契約内容は我にとって一見メリットが光る物だったが、悪魔の契約には必ず裏が存在すると言っても過言ではない。それは契約を交わした者を破滅へと追い込むようなものなので、我は悪魔と契約する気はさらさらなかった。

 それに、あの女――アリステールの勧誘を蹴ったの単に相手が悪魔だからと言う訳ではなく、初めて出会った時とは異なる事を口にしていたからだ。

 初めて会った時は、クオンを使って我の魔力を奪おうとしたと言ったのだ。

 しかし、今回は勧誘をしに来たと言った。

 単に我に敵わないから悪魔側に引き込もうという方針に変えたとは思えない。

 悪魔と言うのは人を騙し、糧とする種族でもある。契約を破れば魂の破滅が待っていると言うが、要は破らなければどうと言う事はない。契約に抵触しない範囲や、契約の隙間を縫って契約者を陥れようとする。

 しかも、それは契約相手に悟られないように巧妙に隠されており、気付いた時には既に遅いのだ。

 そうして、陥れられた契約者は悪魔に対しての契約を破るように仕向けられ、魂が崩壊して奴等の傀儡と化してしまう。

 先程我に渡された契約書の内容も我が見た限りでは我のメリットが強過ぎる物であったが、何処か抜け穴が存在し、悪魔にとって有利に働く内容だったかもしれない。

 そう思うと、危うく契約しかけた自分にぞっとする。

 もしかしたら、契約をした後に我の魔力を根こそぎとるような行動を取っていたかもしれないな。あの契約内容は我の邪魔をしないとは書かれていても、邪魔以外の事は全くしないとは書かれていなかったからな。

 しかし……そうなると悪魔側に対して我の魔力を手に入れるメリットとは何だ?

 復活の儀式には使えないだろう。人間からリッチーになった時に魔力の波長と質が変化したのでな。

 考えられるとしたら……復活の儀式の発動に必要な魔力を我で補う為、か?

 人間の魔力はあくまでベルフェゴンの肉体を再構成する為に必要な物で、儀式の発動自体には関与しない筈だ。

 そうなると、儀式を発動する為には別途魔力が必要になってくる。

 しかし、最上位悪魔のベルフェゴンの復活を目的とする儀式だ。儀式発動に消費する魔力量は尋常ではないだろう。

 我以上の魔力を有するアリステールだけでは、足りないのかもしれない。その不足分を補う為に、我の魔力を欲したとしたら……説明はつく、か。

 しかし、そうなると今度はレイルを殺そうとした事に対して疑問が浮かんでくる。魔力の相性が悪くとも、単に術式を発動する為だけに魔力を消費するなら相性は関係ない。

 少しでも負担を減らそうとするならば、レイルにも契約を迫った方が都合がいい。

 だが、現実は別の悪魔を消し掛けてレイルを消そうとした。

 その意味とは……?

「ふぅ、少々手間取ったな」

 思考を巡らせていると、突如空間の一部が歪み、そこからシェルミナが現れた。目立った外傷もなく、無事に悪魔を打ち倒せたようだ。

「ふむ、悪魔を倒すとこうして戻って来れるのじゃな」

 更に続けてクオンも【アウターゾーン】から帰還してきた。髪の色が黄土色に変わり、瞳も灰色へと変化し、更には老人のような口調となっているのは現在クオンの肉体にノームが降霊しているからだ。

 こうして、無事四人揃う事が出来た。

 全員が揃ったので、我はアリステールから得られた情報を三人に話す。

「成程……もうここにはいないか」

「無駄足……だったのかな?」

 シェルミナは軽く息を吐き、降霊を解いたクオンは肩を落とす。

「いや、無駄足ではなかったさ。こうして情報も得られ、悪魔を四体も屠る事が出来たのだからな。これで少しばかり魔力の優れた者を集める作業に支障をきたしただろう」

 我は肩を落とすクオンの肩に労いの意味を込めて手を優しく置く。

「して、レイルはどのような【魔眼】を持っているのだ?」

 シェルミナは顔をレイルに向け、【魔眼】についての質問をする。

「……私の【魔眼】は二つあります」

 レイルは右手の指を二本立て、直ぐに中指を折って人差し指だけ伸ばす。

「一つは、相手の【魔眼】の効力だけを打ち消す【否定の魔眼】です。これは私本来の魔眼です」

「本来の?」

「はい。もう一つの魔眼は【停止の魔眼】です」

 そのギフト名を訊いた瞬間、我とシェルミナは同時に目を見開いた。

 ある意味で最悪の【魔眼】である【停止の魔眼】。効果は魅入った対称の動きを数秒止める。ただそれだけなのだが、戦闘中に使われれば相手は致命的な隙をさらけ出す事になる。

 しかも、魅入られた者は身体の動きはおろか、魅入られた者が発動し終えた魔法さえも、そして意識さえも問答無用で停止されてしまう。

 流石に連発は出来ないが、ただ魅入るだけで簡単に発動されてしまうので、相手にとっては警戒の使用も無く、防ぐ手立ては【魔眼】のギフトの中でも反射や打ち消すものだけに限られる。

 もし、【停止の魔眼】を使われなければ、我はもう少しスムーズに倒せていた事だろう。

 そう、あのベルフェゴンをな。

 ベルフェゴンの持っていたものと全く同じ【魔眼】を持っているのは、決して偶然ではないだろう。

「……この【停止の魔眼】は、私には使えません。いえ、使える事は使えますが、使ってしまうと、私の中に潜むベルフェゴンが身の内で猛り狂うんです。猛り狂うと、身の内側を灼熱の劫火で燃やされるかの如く痛みが走るんです」

 やはり、か。

 レイルの中には、ベルフェゴンの別けられた魂が宿っている。

 ベルフェゴンは大戦時にエルフの里に強襲を仕掛けた。その際に、気紛れか、はたまた先を見越して保険を掛けたのか、レイルに自身の魂の一部を宿したのだろう。

 まさに、意表を突く隠し場所だ。悪魔の魂がエルフに宿っているとは、誰も思いもしない。

 これで、悪魔がレイルを殺す理由が分かった。

 レイルと言う器を壊して、内に閉じ込められた主の魂を取り出す為だ。無論、普通に殺したのならば例え最上位の悪魔の魂とは言え肉体から解放された瞬間に昇天するだろう。

 しかし、恐らくは何らかの魔法によってベルフェゴンの魂を捉える事が出来るのだろうな。そうして、儀式まで現世に留めておく、と。

 また、レイルの身体の中に秘められたままでは、復活の儀式は成功しないのだろう。恐らくは、エルフの魔力が儀式によって贄とされた人間の魔力を阻害する働きがあるのかもしれない。

 そうなると、どうしてエルフの肉体に魂を別けて宿したのか疑問が生じるが、やはり人やエルフにばれない為という理由が大きいのだろうな。

 そして、レイルが【停止の魔眼】を使う毎にベルフェゴンは肉体にちょっかいを掛け、レイルの精神を焼き払い、廃人へと変えようとしたのかもしれない。

 そうする事によって、肉体の主導権を勝ち取る事が出来るかもしれないしな。可能性としては、なくはないな。

「三年前に現れたこの【停止の魔眼】は使わなければ大丈夫なんです。けど、ここ最近私の意思を無視して【停止の魔眼】を使おうとして来るのです。その都度、私は【否定の魔眼】で事前に打ち消し、ベルフェゴンの魂が猛り狂うのを防いでいました」

 レイルは己の袖をぎゅっと掴みながら、目を伏せる。

 もし、レイル自身に【否定の魔眼】が与えられなければ、今頃ベルフェゴンに身体を乗っ取られていたかもしれない。

 天の意思か悪戯かは分からないが、【否定の魔眼】があった御蔭で、こうしてレイルが精神を燃やし尽くされずにこうして五体満足でいられる訳、か。

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