勧誘

 我は迫り来る鉄鎖の間を掻い潜り、翼が三対の悪魔へと肉薄する。

「へ? うどぉ」

 一瞬呆けた顔をするも、我が顔面へと拳を放ったので直ぐ様表情が消え去った。頭ごと物理的に。

「ふん」

 我は手に付着した悪魔の血を頭部を失った悪魔の燕尾服で拭い、残った身体に回し蹴りを食らわして遠くへと吹っ飛ばす。

 悪魔の中には頭部を失っても再生する輩もいるからな。念には念を入れて、頭部を破壊した後身体も粉砕しようと思った訳だ。

 ほぼ亡骸と化した悪魔の身体は奥の壁にぶち当たり、血と肉と骨の汚い花を咲かせて跡形もなく木っ端微塵となる。

 悪魔が完全に死んだようで、作り出された空間【アウターゾーン】は崩壊し、我は元の場所に戻ってきた。

 周りを見渡すも、シェルミナ、レイル、クオンの姿は何処にもない。どうやらまだ他の悪魔の【アウターゾーン】内にいるようだ。

「さて、出て来るまで暫し待つか」

「当分戻って来れないと思うけどね」

 我のすぐ後ろから声が聞こえ、我は振り向かずに、即座に裏軒を放つ。

 しかし、何かに当たった感触はない。どうやら避けられてしまったようだ。

「おっとっと。いきなり物騒だね」

 振り返れば、フードを被って顔を隠した【改変の魔眼】の女が立っていた。

「やぁ、久しぶり。大体一ヶ月ぶりくらいかな?」

「そうだな」

「元気にしてたかい? まぁ、その様子だと元気みたいだね」

「そうだな」

 女はまるで久方振りに友に出逢ったかかのように手を広げて喜びを表現してくる。我は素っ気なく返し、決して女の目を見ないように注意する。

「さて、こうしてここに来たと言う事は、ここに優れた魔力を持つ人間を集めていると思ったからかな? だとしたら、まんまと罠に掛かってくれたと言う訳だね」

「何?」

 くつくつと笑う女は一度首を振り、肩を竦める。

「だってさ、【ポイントマーク】に気付かない程私は目が腐っていないよ? 普通なら追跡されないように魔法を打ち消してから連れて行くのが道理でしょ?」

 この悪魔……シェルミナの【ポイントマーク】に気が付いていたのか? しかし、あれは単にマークしただけではなく、気付かれないようにシェルミナとレイルで幻影魔法を二重に掛けていた筈だ。

 幻影魔法によって誤認せずに気付くとは……この悪魔は少しばかり……いや、少し以上に厄介な相手だな。

 そして、気付いていながら敢えて【ポイントマーク】を打ち消さなかったと言う事は……。

「うんうん、その顔。答えに辿り着いたみたいだね。その通り。君達をここに誘き寄せる為に【ポイントマーク】は外さなかったんだよ。君達の魔力はかなりの極上品だからね。復活の儀式に使わない手はないでしょ。因みに、連れ去った人間はもう【ポイントマーク】を解除して別の場所へと連れてったから。あの三下でもそれくらいの時間は稼げたからね」

 女は拍手を我に送りながら答えを告げてくる。やはり、か。復活の儀式には人間の魔力が必要という。なので、優れた魔力を持つ魔法使いが攫われて行った。

 その中でも、我らの魔力は群を抜いていると言えるだろう。クオンの魔力量も飛躍的に伸びており、シェルミナは常人を遥かに超える魔力量だ。

 悪魔としても、危険を冒しても彼等の魔力は手中に収めたかったのだろう。故に、こうして罠を張っていたと言う訳か。

 だが、レイルはエルフで我は元人間のリッチーだ。人間の魔力とは波長が違くなっているので、復活の儀式には使えないと思うのだが……。

「ん~、君の思っている事は尤もだね。エルフの魔力は復活の儀式には向かない波長だ。どちらかと言えば阻害しかねないし。けど、放っておくのもあれだからね。あのエルフに関しては駆除する為に一緒に来て貰った訳だよ」

 またもや我の思っている事を読み取った女が答えを口にする。駆除、か。こいつらにとってエルフは害獣に位置しているのか。

「そして、リッチーの君だけどね。私は君を勧誘する為にここに誘導したんだよ」

「何?」

 我を勧誘だと? 一体どう言う事だ?

 疑問符を浮かべていると、女はふぅっと息を吐く。

「いやぁ、気付くのに時間がかかったけど、君って主を倒したシオン=コールスタッドでしょ?」

「…………」

「沈黙は肯定って事だね? なぁんか、その魔力と態度に既視感を覚えてさ、色々と調べて漸く行きついたんだよ。魔力に関しては似てるってだけだったけど、それもそうだよね。禁術を使ってリッチーになったんだもん」

 我の正体がばれている。そして、この女の悪魔はあの大戦時、我と出遭ったか、我の事を見ていたらしい。

 あの大戦時、我は目につく悪魔は片っ端から屠っていた。その中で我に屠られなかった悪魔はほんの数体。そのどれもが、ベルフェゴンとの戦いの寸前まで相対していた者共だ。

「さて、勧誘するからには私の紹介をしますかね。私はアリステール。君が倒した主、ベルフェゴン様の第一の側近さ」

 女はフードを外し、その姿を顕わにする。

 まるで闇を表しているかのように汚れた黒い髪は蛇のようにうねり、三日月のような笑みを浮かべ、艶やかな唇の間から尖った牙が垣間見える。

 服装は先程の悪魔と同じように燕尾服だが、こちらは女性的なラインが顕わになっており、胸元が若干開けている。

 そして、女――アリステールの背中に生えている翼は合計で十。五対は悪魔の中でナンバー二の位だ。

 最上位の次に強大な存在の女から魔力を感じ取れないのは、敢えて身の内に隠しているからだろう。

 アリステールの姿は大戦時に見ていない。つまり、相手が一方的に我を知っているだけのようだ。

 そして、我はその五対の翼を目にした瞬間、自然と臨戦態勢を取った。

「あ~、だからね。私は君を勧誘する為にここにいるんだ。戦う為じゃない。そこは間違えないで欲しいね」

「知るか」

「酷いなぁ。僕なら君の身体を蝕んでいる魔封の呪いを解呪出来るのに」

 アリステールは、聞き捨てならない言葉を口にした。

「…………今、何て言った?」

「だから、君の魔封の呪いを解呪出来るって言ったのさ。その証拠に、ほら」

 そう言うと、アリステールは隠していた魔力を解放する。

 この魔力量は……僅かにだが、リッチーとなった我の魔力を上回っている。

「ね? 言ったとおりでしょ。私なら君の呪いを解く事が出来る。勧誘に応じるなら、直ぐにでも解呪してあげるよ?」

 魔封の呪いが解呪されると言う事は、我は魔法使いとして再起すると言う事だ。

 しかし、何故アリステールはそこまでして我を勧誘しようとするのか?

「……そうまでして、我を勧誘しようとする理由は何だ?」

「理由? そんなのは至極簡単なものだよ。私達の邪魔をされたくない。それだけさ」

 アリステールはさも当然のようにあっけらかんと答えた。

「あの大戦の時、正直言って君が一番厄介だった。エルフの精鋭よりも、ドラゴニュートよりも、そして異世界人よりも、ね。主が復活したとしても、下手をすればまた君にやられかねない。別に主を貶している訳じゃない。事実なんだ。例え魔法が使えなくても、今の君はあの大戦時と同じくらいに厄介なんだよ。その、ばかげた身体能力がね。身体能力の一点に限れば、既に主を越えているんだ」

 今の我の身体能力はベルフェゴンを越えているだと? 嘘も大概にしろと言いたいが、恐らくは魔力流動による身体強化をした状態の我を言っているのだろう。

 成程、身体強化をすればベルフェゴンの身体能力を凌駕するのか。これは朗報だな。

「主の厄介な敵になる輩は放っては置けない。かと言って、殺す事も出来ない。そうなると、封じるか勧誘するかのどちらかしかないと見て、勧誘を選んだ訳さ」

「何故封じようとは思わなかったんだ?」

「封じが解けた瞬間、怒りの矛先を向けられたくないからね」

 アリステールは肩を竦める。その判断は間違っていないな。もし我が封じられ、その封じが解けたのならば、真っ先に封じた輩へと復讐に行く。貴重な時間を浪費させられた怒りをぶつけにな。

「で、私の勧誘に乗って私達の邪魔をしないのなら魔封の呪いは解くよ。更にそれだけじゃなく、君専用の研究施設を与え、そして私達悪魔の扱う魔法も教えるよ。何でも、君ってかなりの魔法ジャンキーなんでしょ?」

 悪魔の癖に、こいつは我の事をかなり調べているみたいだな。いや、悪魔だからこそ、か? 悪魔は相手の心の隙を付いてくる。その為には相手の過去や癖を知っておくにこした事はないからな。

「研究に必要な物資も全て用意するし、研究費用も全額支払う。更に、実験体も当然仕入れて君に差し出す。あと、私達は君の研究に口出しはしないし、邪魔もしない。戦いに召集する事もしないから、君はずっとずっとず~~っと研究を続けられる。それに、私達はリッチーだからって化け物扱いしないよ? 人間達は君がリッチーだと知ったら、怯え、恐怖し、討伐をしようとするだろうね。何せ、君は人間じゃなく魔物なんだから」

 アリステールの口から紡がれる言葉は、甘美な響きとなって我の鼓膜を揺す振ってくる。

 誰にも邪魔される事無く、魔法の研究が出来る。しかも、研究費用や材料は全て悪魔持ちと来たものだ。これ程の好条件はそうそうないだろう。人間の頃は、研究費の節約をしながら研究をしていたのでな。それを気にしないだけでもかなり気が楽になる。

「どう? 素敵な提案でしょ? だからさ、こっち側に来ない?」

 そう言うと、アリステールは懐に手を忍ばせ、そこから紙とペンを取り出す。

「この契約書にサインしてくれれば、直ぐにでも魔封の呪いを解呪して、研究施設に連れて行くよ。その後はこちらから君に何かして欲しいなんて頼まないし、邪魔もしない。悪魔は契約は絶対に守るんだ。この契約書がある限り、双方共に破る事が出来ない。もし契約書自体や契約内容を破ろうとしたら、魂の破滅が待ってるからね。さぁ、どうする?」

 アリステールは紙――契約書とペンを我に手渡してくる。契約書をざっと見ると、確かにアリステールが言ったような内容が記載されており、見た限り裏をかくような微妙な記述は施されていない。

 かなり詳細に書かれており、悪魔側になって悪魔の邪魔をしない事以外、我に対してデメリットが存在しない。

 この契約書に我のサインをすれば、我は誰にも邪魔される事無く研究に没頭する事が出来る。

「さぁさぁ、契約しようよ」

 何時まで経っても契約書を受け取らない我に、アリステールは笑みを浮かべながら我の手を握り、我の手にペンと紙を握らせてくる。

「……そうだな」

 我は契約書を受け取り――それを真っ二つに引き裂き、ばきっとへし折ったペンと共に投げ捨てる。

「悪いが、我は悪魔の誘いに乗る程愚かじゃない」

「……へぇ、そう」

「で、勧誘を蹴った我をどうするんだ? 敵対関係と言う事でこの場でやりあうか?」

「いやいや、そんな事はしないよ」

 首を振り、背筋がぞっとするような笑みを浮かべるアリステール。我は反射的に殴りかかろうとするも、何時の間にか地面から鎖が出現し、我の手足を絡め取ってきたではないか。

 鎖程度どうと言う事はないと思ったのだが、何故か力が入らない。我は身体を支える事が出来ず、そのまま地面に膝と手を付いてしまう。

「なっ……力が……」

「【セイントチェーン】。リッチーになった君にはさぞかし効くだろうね」

 くっ、まさか悪魔が聖属性の魔法を使って来るとは。アンデッドにとって聖属性は弱点だ。それはリッチーにとっても変わりない。聖魔法によって生み出された【セイントチェーン】はアンデッドを拘束するのに持って来いの魔法だ。

「勧誘を蹴るなら、考えを改めて貰うだけだよ。私の【魔眼】を使ってね」

 アリステールはそう言うとしゃがんで我の顎に手をやり、無理矢理に我の顔を上げてくる。

「さぁ、私の眼を見て……」

 我は奴の目を見ないように固く目を瞑るも、アリステールは我の右瞼を強引に開いてくる。目を逸らしても、その先にアリステールの眼が――蒼月を思わせるような色合いの眼があり、遂に目と目が合わさってしまう。

 瞬間、我の頭に針が突き刺さったかのような鋭い痛みが走った。

「さぁ、契約しましょうか」

 アリステールはにぃっと笑うと、【セイントチェーン】を解除し、懐から新たに契約書とペンを取り出して我の手に握らせてくる。

 ……そうだな。先程は蹴ってしまったが、この契約は我にとってメリットしかない。

 もしリッチーとばれても悪魔は我を化け物扱いしないと言った。

 これが人間だったら、魔物だと討伐されるだろう。我が負ける事はほぼないが、聖魔法を駆使されればその限りではないし、何より魔封の呪いを受けている今ではアンチ魔法も展開出来ないので避けるしか手立てがない。

 それに、我が隠れていても探し出すだろう。ギルドから高額な懸賞金が出され、Aランク以上の冒険者で構成された討伐隊なんかも駆り出されるかもしれない。

 我がいくら害を為す事はないと口を酸っぱく言っても、奴等は聴く耳を持たないだろう。魔物の言葉は信用出来ない、禁術に魅入られた者の言葉は信用出来ない、とな。

 そう考えると、悪魔は差別なんてしないのだな。それが例え表面上だけだとしても、契約内容にそう書かれているので、我に害を為す事はない。

 誰にも邪魔されず、害されず、我の思うのまま、赴くまま、研究に没頭出来る。

 まさに、我が長年望んだ環境ではないか。

 この機会を逃したら、もう次はないのかもしれない。

 我は機を逃さない為に、悪魔と契約する為にペンを手に取りサインを――。





















「駄目です師匠っ!」

 後ろの方から、レイルの叫び声が聞こえる。

 それと同時に、頭の中で何かが割れる音が響く。

 頭の中が澄んで行くような感覚が広がる。はて、我は今何をしようとしていたのか?

 訳が分からず首を捻ると、手に契約書とペンが握られているのに気付いた。

 可笑しい。我は契約書は破り、ペンはへし折って捨てた筈なのだが。実際、近くにそれ等が打ち捨てられている。

 と言う事は、これは新たな契約書と言う事か。にしても何故?

 ……もしや、我は【改変の魔眼】に魅入られてしまったのか? 何たる失態だ。

 我は契約書を破り捨て、ペンをアリステールの目玉に向けて投げつける。

「……これは想定外。まさかエルフの駆除に失敗するなんてね。ここは一旦引かせて貰おうかな。【テレポート】」

 アリステールはペンを住んでの所でキャッチすると、【テレポート】を唱えて何処かへと消えて行った。

「師匠、大丈夫ですか?」

「あぁ」

 後ろにいるレイルの方へと我は顔を向け、大丈夫だと告げる。

「……レイルの御蔭でな。感謝する」

 我はレイルの目を見て、直ぐに礼を述べる。

 レイルの眼は黄金色ではなく、右が茜色に、左が藍色に輝いていたのだ。

 どうやら、レイルもまた【魔眼】のギフトを持っていたようだ。その御蔭で、我は【改変の魔眼】から逃れる事が出来たみたいだ。

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