終結

「ふん」

 ベルフェゴンは指を鳴らして、レイル目掛けて光線を放つ。

 しかし、それは咄嗟にシェルミナが展開した闇の障壁によって防がれる。

 うむ? 先程よりも威力が弱くなっていないか?

 これは……いよいよ勝機が見えてきたのかもしれないな。

 何せ、ベルフェゴンは莫大な魔力を使う魔法を連発していた。いくら今の我以上の魔力を有していると言っても、無尽蔵ではない。有限だ。

 恐らく、魔法が弱体化する引き金を引いたのは【バニッシュ】だ。あれだけは指を鳴らさずにわざわざ魔法陣を描いたうえで発動したので、まだ扱いに慣れていないのだろう。

 故に、魔法に込める魔力もいささか必要量以上に消費してしまった可能性がある。

 このまま魔法を連発……特に、身体に触れれば致命傷間違いなしだが【バニッシュ】を連発させれば魔力が底を尽きるだろう。

 そして、奴の右手は爆砕、両足の骨も粉々に砕かれているので格闘をしても我が負ける要素は全く存在しない。翼でももげば、魔法陣を描けなくなるのと同時に機動力も奪えるだろう。そうなれば、まさに赤子の手を捻りように屠る事が出来るだろう。

 更に、現在【停止の魔眼】はレイルの【否定の魔眼】によって効力を打ち消されている。相手の行動の一切を止めて仕留めると言う、ある意味で反則的な方法も取る事が出来なくなっている。

 いやはや、舞台は段々と作られていくな。

 と、ベルフェゴンがまたもや翼で円を描き始めた。また【バニッシュ】を放つ気か。

 狙いは……恐らくレイルだろう。

「シェルミナ、我ら全員に【テレパス】を繋げ」

「了解した! 【テレパス】!」

 我はシェルミナに念話魔法【テレパス】を発動させ、声に出さずとも会話が出来る状態にする。

 念話のパスが繋がったのを確認すると、我は即座に三人に説明をする。

『先程、そして今、奴が放とうとしているのは【バニッシュ】と呼ばれる世に広まれば即禁術指定される魔法だ。喰らえば魂事消滅する』

『奴がそのような危険な魔法を生み出したと言うのか?』

『いや、【バニッシュ】自体は我が開発した魔法だ。どうやら奴は一度喰らった事で長い年月を掛けて構造を理解して再現しているみたいだ』

『成程、やっかいだな』

『まぁ、奴はまだ使いこなせていないからいちいち魔法陣を描かないといけない。予備動作が分かる分対処がしやすい』

『放たれた場合はどうすればいい?』

『【バニッシュ】は発動時、黒い球体が出現する空間が一瞬だけ収縮する。狙われた場合は空気の流れでそれとなく分かる筈だ。それを見極めて難とか躱せ』

 とシェルミナと問答を繰り広げていると、魔法陣に図柄が描かれ、それが発光する。

 我のいる場所に空間の収縮は見られない。やはり、我が狙いではなかったようだ。

 ふと、レイルが咄嗟にバックステップを取って距離を取る。

 すると、先程までいた所に黒い球体が出現して、一瞬で消え去った。

『成程、あの感覚が空間が収縮するというのですか』

 レイルはきちんと感じ取り、余裕を持って避ける事が出来たようだ。

『その感覚に気を配って置け。そして、奴は【バニッシュ】を使うと、魔力がごっそりと減るみたいだ。まだ扱いに慣れていないようでな。使えば使う程、奴は弱体化していく』

『つまり、ベルフェゴンに【バニッシュ】を使わせ続けようって事?』

『まぁ、可能ならその方がいいだろう。だが』

 我はクオンの確認に首を僅かに横に振る。

 その瞬間、ベルフェゴンが指を鳴らして氷柱を我らに向けて放ってくる。我らはそれを各々跳んで躱す。

『奴とてそれは分かっている筈だ。なので、ここぞと言うとき以外は使用しないだろう。基本は焔、氷、光、闇の魔法で攻めてくる筈だ。まぁ、今の奴の魔法はそこまで脅威ではない。リッチーになる前の我と同等程度と言うくらいか』

『それはまだ私とクオンにとっては脅威なのだが……』

『今のシェルミナとクオンは以前よりも格段に強くなっているので、どうという事はないと思うが。実際、先程シェルミナは光線を防ぎ切っただろうに』

『それは……そうだが』

『自信を持て。確かに我を追っていた頃のお前なら脅威だっただろうが、今のお前なら充分相対出来る』

『…………』

 まぁ、それでもシェルミナが難色を示す理由は分かる。

 あの大戦時、シェルミナはベルフェゴンと一度退治した事があり、命を落とし掛けた。あわや風前の灯火と言う所でギリギリ我が介入し、一対一の戦闘に持ち込んだが為にシェルミナは助かったのだ。

 別に、恐怖している訳ではないのだろう。

 自分との力量差を見せつけられ、無意識のうちにベルフェゴンには勝てない。そう思い込んでしまっているだけだ。

 恐怖に竦んでいたらベルフェゴンの攻撃を防いだりせずにがたがたと震えていただろう。しかし、彼女は必死で魔法を捌き、レイルやクオンを守るように闇の障壁を展開していた。

 自分では勝てないが、せめて皆は守ろうと言う意思は感じられた。

 その意思は尊重はするが、いやに消極的だ。端っから決めつけてしまい、自分に出来る事を自ら少なくしてしまっている。

 致し方ない。少しばかり発破をかけるか、

『何か? 元とは言え第二魔法騎士団の団長ともあろうお方は勝てない相手と相対したら尻尾を巻いて逃げるような臆病者なのか? 一度ぶちのめされた相手には勝てないと決めつけ、再戦を挑もうとも思わない程の軟弱者なのか? そのような輩が魔法騎士団の団長をやっていたとは、片腹痛いな』

『っ』

『まして、そんな輩に我は追われていたのか。つまり、我はお前よりも弱いと思われていたのか。心外だな。魔法騎士団団長に追われると言う事はある意味で名誉な事なのだが、このような弱者にしか牙を剥けられない卑怯者に追い掛けられていたなど……恥でしかない』

『……言ってくれるな、シオネ』

 シェルミナは、我の言葉に眉根を寄せ……そして、何かしら吹っ切れたかのように嘆息する。

『……そうだな。何時までも過去の結果ばかりで判断しては駄目だな。守るべき者、そして打ち倒すべき者がいる限り、例え勝ち目が薄くとも決して折れず挫ける事はない。それが魔法騎士団の信条だ。もっとも、私はもう魔法騎士団ではないがな』

 宙に浮いているベルフェゴンを見据えると、シェルミナは無詠唱で【セイントチェーン】を発動し、奴を拘束する。

「……ふん」

 しかし、ベルフェゴンは軽く力を入れただけで聖鎖を容易く引き千切る。

 それでも、シェルミナは【セイントチェーン】を連続で発動する。

 ベルフェゴンは意にも介さずに焔を放射し、光線を放つ。

 それをシェルミナが【セイントチェーン】を発動しながら同時に障壁魔法を展開して全てを防ぎ切る。

『私は私に出来る事をしよう。奴の動きを阻害し、攻撃を防ぐ事に集中する。……残念ながら、私の力では奴を屠る事が出来ないのでな。屠るのはシオネ、レイル、クオンの三人に譲るとするさ』

 そう言いながら駆け出すシェルミナの後を、クオンが追い掛ける。

『一人では荷が重いよね? 僕も加勢するよ。ウンディーネでもあれは倒せないし。シオネ君とレイルちゃんにトドメは任せるよ』

 クオンは水を高速で発射してベルフェゴンへと攻撃する。ベルフェゴンはそれを炎で蒸発させ、お返しとばかりに光線を放つ。

 光線はシェルミナの闇の障壁によって防がれ、その間にクオンが更にベルフェゴンへと攻撃をする。

 我はベルフェゴンと善戦する二人を傍目で捉えながら、レイルへと念話を飛ばす。

『レイル』

『……はい』

『奴の幕引きはお前がやれ。こればかりは我ではなく、お前が為すべき事だ。親しい者達の無念をその手で晴らせ』

『……分かりました』

『だが、ただ滅しただけでは魂は残ってしまう。そうなると、また復活の儀式とやらで復活してしまうだろう。なので、奴の魂ごと消滅させる術――【バニッシュ】を今から教える。お前なら、詠唱を省略しても発動出来るだろう。何せ、我の弟子なのだからな』

『はいっ』

 我とレイルはベルフェゴンを暫くの間シェルミナとクオンに任せ、【バニッシュ】を教える。

 その間に、ベルフェゴンは焔、氷、光、闇、更には空間を湾曲させて予測がつきにくいようにレイルを主に狙ってきたが、シェルミナとクオンがそれをことごとく防いでくれた。

 シェルミナとクオンが守ってくれている間に、我はレイルに【バニッシュ】を教え終えた。

『……以上だ。さぁ、宿敵をその手で消し去れ』

『はいっ』

 レイルは深く頷くと、直ぐ様詠唱を開始する。それと同時に、我はレイルの傍から離れてベルフェゴンの死角へと移動する。

「この世に生きとし生けるものたちよ。この世に未練を残すものたちよ。あまねく蒼天の下に存在するものたちよ」

 レイルはその場にとどまり、真っ直ぐとベルフェゴンを見据える。【バニッシュ】はきちんと対象を認識していないと誤爆してしまう可能性があるからな。ここからレイルは詠唱を終えて魔法を発動し終えるまでベルフェゴンを見据え続ける事になり、無防備となる。

「お前達のすべては世界に軌跡として残る。すべては残響として残る。すべては記憶として残る。そこにかつて生きていた事実を。そこにかつて栄えていた事実を。そこにかつて存在していた事実を」

 ベルフェゴンはレイルの妨害をする為に魔法を乱れ撃つ。しかし、そのどれもがシェルミナとクオンによって防がれ、レイルに届く事はない。

「我が言の葉により紡がれし魔法は世界に残ったその軌跡を削り取る。その残響を消し飛ばす。その記憶を抉り取る。生きていた事実を、栄えていた事実を、存在していた事実を消滅させる無情で無常で無常な魔法なり」

 ベルフェゴンはレイルが【バニッシュ】の詠唱を終える前に、速やかに排除しようと【バニッシュ】の魔法陣を描き始める。

 詠唱よりも、奴の魔法陣の方が完成は早いだろう。

 だが、そうはさせない。

 我はひとっ跳びで奴の背後に接近し、その背中の翼を適当に引き千切る。

 円を描いていた翼が欠け、円が不完全となった事で完成間近だった魔法陣は霧散して消え去る。

「悪いが、弟子の邪魔させないぞ」

「魔法使い……っ!」

 ベルフェゴンは血走った目で我を睨みつけると、指を鳴らして光の柱を出現させる。我はその直撃を受け、奴から離れてしまう。

 奴は残った翼で円を描こうとする。

「例え世界が忘れたとしても、私だけは覚えている。それが私に課せられる使命なのだから。あなたの軌跡を、残響を、記憶を、生きていた事実を、栄えていた事実を、存在していた事実を、私は決して忘れる事はない」

 しかし、詠唱は終わり、今から魔法陣を描いてからでは間違いなく間に合う事はない。

「この世から全てを消し去れ。【バニッシュ】」

 最悪の消滅魔法【バニッシュ】が発動する。

 ベルフェゴンのいる空間が僅かに収縮する。

「……ふっ」

 一度我の【バニッシュ】を受けたからだろう。予兆を感じとり、ベルフェゴンは全力でその場を飛び退く。

「逃がさない!」

「行かせるかっ!」

 しかし、ベルフェゴンの進行は即座にクオンの生み出した水の壁によって阻まれ、シェルミナの【セイントチェーン】によって身動きを封じられる。

 しかし、動きを封じた場所は【バニッシュ】の範囲外だ。このままでは【バニッシュ】は不発に終わる。

 ――なので。

「ふん」

「なっ」

 光の柱から脱出し、軽く炭化しかけてはいたが我が奴の頭蓋がきしむ程に強く掴み、空間が収縮している場所へと放り投げる。

「さらばだ、最上位の悪魔ベルフェゴン」

「き、貴様ぁぁああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアア」

 ベルフェゴンは突如出現した黒い球体に呑み込まれ、髪の一本も残さずにこの世から消え去った。

 辺りに静寂が訪れる。

 しかし、その静寂も直ぐに空間が崩れ去る音により鳴りを潜める。

 ベルフェゴンが消滅した事により、奴が生み出した空間も消え去り、廃墟のエントランスへと我らは戻ってきた。

 我、シェルミナ、レイル、クオンは目を交わすと、ほぼ同時に歩み出し、笑みを浮かべる。

「……終わったな」

「そのようだ」

「……はい」

「やったね」

 我らは互いに手を挙げ、ハイタッチを交わす。

 これで、悪魔との騒動は終わりを告げた。

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