疑問

「……と、言う訳だ」

 ギルドに報告後、待機していたレイルとクオンに悪魔の事を報告。更にはクオンを【魔眼】で魅了した女の悪魔にも遭遇した事を告げた。

 また、女の【魔眼】には認識を弄る効果がある事も説明した。認識を弄られた事により、クオンのスタンス――害がなければ魔物でもどうこうしないという姿勢を崩し、魔物なら滅すると言う風にされただろうという我の推測も話した。

 今の所例を見ない【魔眼】の為、正式な呼び名は存在しない。取り敢えず、便宜上は【改変の魔眼】とでも呼ぶ事にした。

 精神に作用する【魔眼】は防ぐ手立てが目を合わせない事以外に存在しないのが厄介だな。まぁ、目を閉じて魔力を感知しながら立ち回れば目を見る事はないから、【改変の魔眼】の影響を受ける事は無くなる。

 ただし、万人向けではない。

 我やシェルミナは魔力を感知出来る。これは生まれながらにそう言った体質だからだ。魔力を感知出来るので、己が身から溢れ出る魔力にも敏感になり、コントロールもしやすくなる。魔法使いにとっては有り難い体質だ。

 一応、我らのような体質でなくても魔力は感じられるが、それは触れるか触れないかの超至近距離に限られる。

 例外としては、威嚇用に敢えて魔力を体外に放出すれば常人でもそれを感じ取れる。この原理は今の所まだ解明はされていない。我も解明しようとはしているのだが、如何せん最初から魔力を感知出来るので成果は芳しくない。

 このような体質はおおよそ千人に一人の割合だ。これは先天的にしか発現しないので、後々修行で習得すると言う手段がととれない。なので、目を閉じながら魔力を持つ者と戦闘が出来るのは限られてしまう。

 まぁ、この魔眼で認識を弄られてしまっても、気を失わせれば元に戻る事がクオンで立証された。なので、魅入られてしまった味方や認識を弄られたと思しき人物と相対した場合は即座に腹か顎に拳を放って意識を刈り取る事にしよう。

「それと、シェルミナ。皆に【改変の魔眼】の女の姿を見せてやってくれ。あと、声もな」

「了解した。【ヴィジョン】」

 我はシェルミナに頼み、幻影魔法【ヴィジョン】で目の前に等身大の女を作り出して貰う。

「【リプレイサウンド】」

『おやおや、そんな事も分かっちゃったか。御名答、私の持ってるギフトの【魔眼】で精霊使いの認識を少し弄って君を襲わせたんだよ』

 そして、当事者が訊いた音を再生させる魔法【リプレイサウンド】によって、女の声が響く。【リプレイサウンド】での音の再生だが、シェルミナが幻影を操って口を開閉させているので、幻影そのものが喋っているように見える。

「……あぁ、うん。サラマンダーを除いた精霊達が僕とサラマンダーを可笑しくしたのはこの女で間違いないって」

 女の幻影を見たクオンははっきりとそう口にする。精霊三人はきっちりと声を覚えていたからな。あの女自身がクオンを【魔眼】で魅入ったと公言したが、虚偽の可能性もあった訳だが、これでその線は完全に無くなったな。

「まぁ、この状態では素顔が分からないが、こいつを見たら注意してくれ。そして、恐らくこれからも出遭う可能性がある」

「と言うと?」

 クオンが首を傾げるので、我は掻い摘んで説明する。

「我の本来の目的は優れた魔法使いまたは将来性のある者を探す事だ。そして、悪魔どもの目的はベルフェゴンの復活だ。その復活の為の儀式に魔力の多い者が狙われる。基本的に、優れた魔法使いは魔力が多いからな」

「成程」

「と言う訳で、クオンはどうする? 狙いは我だったと分かった今、一緒にいれば余計な事に巻き込みかねないのだが」

「その事なんだけど、まだ一緒にいていいかな? 精霊達が『クオンを可笑しくした女をぶちのめすまで気が済まないっ!』って言ってて、それに僕自身もちょっとムカついててさ」

 そう言うクオンは眉間にしわを寄せる。それもそうか。自分に何かをした相手を無視する訳にもいかないか。我も同じような事をされれば報復はするな。

「分かった。では、特許によって褒賞が得られ次第直ぐに他の町へと向かい、該当する人物を探していく。ついでにその女や他の悪魔がいれば滅するが、異論はないか?」

「ないな」

「ないよ」

 シェルミナとクオンは力強く頷く。

「…………」

 しかし、レイルは心ここに非ずと言った感じで、我の言葉を訊いていた感じがしない。その瞳はずっと【改変の魔眼】の女の幻影に注がれている。

「シェルミナ。もう幻影は消していい」

「ん? あぁ。分かった」

 我の言葉に従い、シェルミナは【ヴィジョン】で作り出した女の幻影を掻き消す。女の幻影が消えた事で、レイルの肩が僅か上下する。

「レイル」

「……あ、えっと。何でしょうか?」

「先程も言ったが、特許によって褒賞が得られ次第直ぐに他の町へと向かい、該当する人物を探していく。ついでにその女や他の悪魔がいれば滅するが、これに異論はないか?」

「え、あ、はい……」

 レイルも異論はないようだが、どうにも煮え切らないような返答だな。あの女がそんなに気になるのか?

 まぁ、レイルの事を考えれば当然か? レイルはエルフだ。悪魔に対して思う所があるのだろう。家族を殺したり、友達を亡き者にしたりした存在だ。憎まない筈はない。

 ないのだが……それならばこのような態度を取るだろうか? 憎いなら憎いと言う感情を表に出すかもしれないし、敢えて押し殺すかもしれない。だが、今のレイルからはそのような感じは全くせず、逆に何か迷いがあるように見える。

「何かあるなら内に抱え込まずに言え」

「いえ、大丈夫です」

 我の問いかけにレイルは首を振る。否定をしない……と言う事は我らに言えない何かがレイルにはあると言う事か。

 まぁ、無理に聞き出そうとも思わんがな。人は誰しも他人には言えない事がある。我の場合はリッチーで、魔封の呪いに侵されている事。シェルミナの場合は我がリッチーになる事を防げなかった事。クオンの場合は異世界人である事。

 ここにいる面子は全員他人には話せないものを抱え込んでいる。まぁ、我の場合はシェルミナとクオンにはばれてしまっているし、シェルミナも当事者である我がいて、クオンも我に異世界人だと看破されている。

 だから、レイルの口から何かしら秘密を訊かされても今更と言う感じはある。

 しかし、レイルが我らに話さない所を見るに、そこまでの信用は置けていないようだ。それも無理もない事だ。出会ってからまだ一週間くらいしか経っていないのだからな。

 まぁ、クオンともそれくらいしか経っていないが、彼の場合は我が【改変の魔眼】から解放したというのが大きいな。それによって我の頼みを聞いてくれている。

 シェルミナは我がリッチーだと公言してしまえば、自分の吐いた嘘をも公言する事になるので、口にする事はない。

 それに加えて、彼等の性分的にもシェルミナもクオンも他人に吐露する事はないが……まだ信頼出来ないと言うのなら仕方がない、か。

「では、本日はこれで解散だ。時間的にも夕飯時なのでな。本日は修行は各自でやってくれ」

 我は皆にそう告げる。それを合図に各々部屋から出て行く。シェルミナとレイルは温泉を浴びに、クオンは自分の部屋へと戻っていく。

 一人になった我はベッドに腰掛け、これからの事を色々と考えていく。

 魔封の呪いを解く事。その為に優れた魔法使いや将来性のある者を探す事。そして、再び世に出現した悪魔の事。

 つらつらと考えを重ねた結果、ある一つの可能性に行き着く。

 と、その可能性に行き着いた時、コンコンと扉が叩かれる。

 我は扉の向こうへと目を向け、魔力を感知する。悪魔ではない事を確かめて扉を開ける。

 扉の向こうにいたのはレイルだ。

「どうした?」

「あ、えっと……明日から、何ですけど。魔法の事も教えて下さい」

 と、レイルは頭を下げる。

「シェルミナさんから訊いたのですけど、師匠は魔法にも精通しているのですよね? どうか、私でも使える光と幻影の魔法の手解きをして下さい」

「それは別に構わん。レイルは我の弟子なのだからな」

「ありがとうございます」

 一度顔を上げると、レイルは喜色を浮かべて改めて頭を下げる。

「一応、理由を聞いてもいいか?」

「理由……ですか。私は強くなりたいんです」

「それは、我と初めて会った時に言っていたように魔物を一発で倒したいと言うのと同じか?」

「……はい」

 レイルはほんの僅かに逡巡する素振りを見せながらも、首肯する。

「そうか。で、用件はそれだけか?」

「はい。では、失礼します。明日からもよろしくお願いします」

 そう言って、レイルは我に背を向けて部屋の前から遠ざかっていく。

 強くなりたい、か。

 その強くなりたいと言う本当の理由は、我らに言えない理由と同じなのだろう。

 まぁ、本人が言わないのであれば、何かしらの訳があるのだろう。

 レイル自ら口を開くまで、我は待つとするさ。

 我は再びベッドに腰掛け、思考を巡らせていく。

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