不穏
正直に言おう。
この悪魔は弱すぎだ。
感知されないようにと魔力を抑えていた我とシェルミナを格下と見てかなり余裕な態度を取っていたが、魔力を解放したとたんに腰が抜けて涙目になってしまった。
本能的に、我とシェルミナには勝てないと悟ったのだろう。
一対の翼を持つ悪魔は、確かにエンジェルベアよりも強い。ただし、それくらいでは魔法が使えなくても我の敵ではない。無論、シェルミナの敵でもない。
あの大戦の時、我は魔法で悪魔を屠りまくった。数としては最下級の翼の無い悪魔が多かったが、次いで多い一対の翼を持つ悪魔も我は怪我を一つも追う事無くあの世へと送ってやった。
シェルミナも自慢の剣捌きと魔法を駆使して息一つ見出さずに悪魔の首を刎ねていった。
一度に十や二十と相手していた我らにとって、たかが翼が一対生えているだけの悪魔が一匹に後れを取る訳もなく、一瞬でぶちのめした。
「さて、具体的に言え」
「は、はい。ですから、私は主であるベルフェゴン様を復活させる為に、莫大な量の魔力が必要なのです。なので、魔力の多い人間を襲い、魔力を抽出しようとしていたのです」
現在、我は顔面が腫れあがった悪魔を正座させ、行おうとしていた事について洗いざらい吐くように脅している最中だ。
「人間の魔力は悪魔の魔力と質や波長が似ているので、復活の儀式での贄としては最適なのです。なので、私はこの魔法使いを昏倒させ、殺しはせずに魔力を抽出していました。殺してしまっては魔力が生成されませんので。そこの二人はついでです。抽出しないよりはマシですので」
成程な。復活の儀式には相応の魔力が必要になる訳か。そして、人間の魔力は悪魔のそれと質や波長が似ている、と。
それは新事実だな。大戦時は殲滅にばかり意識を向けていたから悪魔の魔力に何て興味が湧かなかった。
おっと、今は探究心を抑え込まなければな。
「にしても、確かベルフェゴンはシオネが倒した筈だろう?」
「あぁ。封印はしていない。完膚なきまでに消し去ったが」
この下級悪魔の主であるベルフェゴンは邪神ではなく、悪魔だ。ただし、翼が六対もある最上位の悪魔だ。
ベルフェゴンは大戦時にエルフの里を強襲し、その数を激減させた張本人だ。無論、ベルフェゴン一匹だけではなく、翼が四対以上の悪魔で構成された精鋭部隊を持って里を蹂躙した。
里を蹂躙されて怒り狂ったエルフの戦士達をも返り討ちにし、エルフはあわや絶滅の危機に瀕した。それにより悪魔側が優勢となった。
戦況を一気に塗り替えた元凶であるベルフェゴンは、我が倒した。
奴とは一対一での対決をし、戦いは長時間にも及んだ。
ベルフェゴンは魔法による攻撃の他に呪術で我に呪いを放ったり、持ち前の身体能力で老体だった当時の我に接近戦を仕掛けてきたりした。
対する我は大戦中に生み出した対悪魔用の結界魔法を発動して奴の力を弱らせた上で、結界魔法で我の身体を魔法や呪いから完全に守り、肉弾戦に関しては最大出力の身体強化魔法を用いて応戦した。
奴が疲弊し、距離を取った瞬間に我が発明した最恐最悪の消滅魔法【バニッシュ】で細胞の一つも残さずにこの世から消し去った。戦闘中に地面を抉って意識をそちらに向ける為の偽りの魔法陣を描き、更には消音魔法と幻影魔法の三重の隠蔽で長い詠唱を悟られる事も無かったので発動が出来た。
もし、あの時奴が我の消音魔法か幻影魔法に気付いたのなら、【バニッシュ】は発動出来なかったかもしれない。そうなっていれば、我はあの場で死んでいた事だろう。
ちんけな種族に負ける筈がないと言う傲慢と、そんなちんけな奴にてこずっていると言う苛立ちによって判断が鈍っていたから気付かれなかったと思われる。
兎にも角にも、運は我に味方をして、戦況を塗り替えた元凶をこの世から消滅させる事が出来たのだ。
因みに、使用したのは発明して直ぐとベルフェゴンに対しての二回のみ。自主的に使わないようにしている。あまりにも危険なのでな。それに、少しでも集中を欠けば自身が消滅してしまう危険な魔法だ。
なので、我は【バニッシュ】については特許を申請しておらず、また誰にも伝えていない。
それにしても、ベルフェゴンは完全にこの世から消し去ったので復活はしない筈なのだがな。
復活する可能性は……一応はあるが、訊いてみるか。
「おい、悪魔は死者の蘇生が出来るのか?」
「い、いえ。悪魔と言えども、死者の復活は叶いません」
む、そうか。
悪魔なら死者の蘇生も出来るかもしれないと思ったのだが、流石に出来ないようだ。
「だとしたら、復活なぞ出来ないだろう。本当の目的を言え。言わなければ指の先から徐々に切り落としていくぞ」
シェルミナが片眉を上げて悪魔を睨みつける。ついでに鞘に収めていた剣も僅かに抜いて煌めかせる。
「ひっ! い、いえ。死者の復活は出来ませんが、別けられた魂を元に身体を再構成する事は出来るのです! 私の目的はそれです!」
脅されて、簡単に口を開く悪魔。そして、聞き捨てならない事を口にしたぞこの悪魔。
「おい、別けられた魂とはどういう意味だ?」
ドスの利いた声で我は悪魔に尋ねる。悪魔はビクッと震えて怯えると、おずおずと口を開く。
「そ、そのままの意味です。最上位の悪魔は、魂をいくつかに分ける事が出来るのです。そうする事によって、肉体を有する魂が消滅しても、復活の儀式をする事で別けられた魂から肉体を再生する事が出来ます。ただし、肉体の再生には魂がいくらか成熟しなければいけません。成熟し切っていない状態で復活の儀式を行うと不完全な復活となってしまいますので」
魂を別けて、死んでもまた復活出来るようにしているのか。
厄介だな。今ベルフェゴンが復活してしまったら魔封の呪いが解けていない我では負ける可能性がある。
リッチーとなっているので心臓を貫かれたり頭が爆ぜたりするくらいでは死なないと思うが、全身を一気に消滅させられればその限りではない。そして、ベルフェゴンはその術を持っている。
これは、知らなかったとはいえ復活の儀式を妨害して正解だったな。
ただし、楽観は出来ない。間近に危機は回避出来ただけで、まだまだ先には危険が潜んでいる。
ベルフェゴンを復活させようとしている悪魔は他にもいるかもしれない。それに、大戦で倒した他の最上位悪魔も復活する可能性がある。
大戦の傷跡が幾分か癒えたとは言え、あの時以上の戦力は集められない。
今襲われては堪ったものではない。なので、この事についてはきっちりとギルドに話しておいて、ある程度の対策を講じるようにしておかなければ。
「そうか。では次に、他に最上位の悪魔を復活させようとしている悪魔はいるのか? いるとしたらそいつは今何処にいる? 答えろ。答えなければ」
「これで指先から徐々にそぎ落としていくぞ」
「ひぃ⁉ ほ、他にばげぁ」
我とシェルミナで脅し、更なる情報を履かせようとした所で、悪魔の頭が急に爆ぜた。
一体何が起きたのか? もしかしたら捉えられていた魔法使いが目を覚まして攻撃をしたのかと思ってそちらを向くが、生憎とまだ目覚めていない。近くに横たわる剣士と拳士も目を閉じたまま。
無論、情報を得ようとしていた我やシェルミナがやった事でもない。
では、一体誰が?
「危ない危ない。これ以上情報が漏れる事は何とか阻止出来たよ」
背後から女性の声が聞こえ、我らは瞬時にそちらの方へと顔を向ける。
そこには頭からローブを羽織って顔を隠している輩が立っていた。
「お前も悪魔か?」
「ん? あぁ、そうだよ。ただし、そいつよりも位は上だけどね」
シェルミナに質問に、そいつはくつくつと笑いながら答える。
確かに、こいつの言っている事は間違っていないかもしれない。我とシェルミナは魔力を隠さずに体外に放出している。なのに、この女は臆する事も無く平然としている。翼が見えないのは、隠しているからだろう。悪魔は翼を隠して人間に化ける事もあるからな。
それにしても、あいつの恰好……もしかしなくても、だ。
「シェルミナ。決してあいつの眼は見るな。恐らくクオンを魅入った奴だ」
「おやおや、そんな事も分かっちゃったか。御名答、私の持ってるギフトの【魔眼】で精霊使いの認識を少し弄って君を襲わせたんだよ」
女は隠す気も無いようで、飄々と答える。
認識を弄る? そんな【魔眼】訊いた事はないが……。
それに、口振りからして女の狙いはクオンではなく我の方であったか。
「精霊使いを使って君の魔力を奪おうとしたんだけどねぇ。どうやら予想以上に力が強いみたいで目論見は叶わなかった訳だよ」
「魔力を用いて最上位悪魔の復活を目論んでいた訳か」
「御名答。まぁ、だからと言って今ここで君を襲わないよ。今の私じゃ荷が重いからね。ここは退散するよ。情報をべらべらと喋る馬鹿の口封じはもう済んだしね」
「逃がすかっ!」
叫ぶと同時にシェルミナが魔法弾を放ち、刀を抜いて切り掛かっていく。女は慌てる事も無くはっきりと言葉を発する。
「【テレポート】」
魔法弾が当たる瞬間、女の姿は忽然と姿が消えた。
転移魔法【テレポート】か。あれは魔力の消費が著しいので乱発は出来ないが、一階でも使えればこういう場面で簡単に逃げおおせる事は出来る。
「ちっ、逃がしたか……」
シェルミナは苦々しげに呟き、剣を鞘に納める。
「シェルミナ。まずはこいつらを担いで街に戻ってギルドに悪魔の事を報告だ」
「……あぁ」
我はシェルミナに魔法使いを担ぐように目で促し、我は剣士と拳士を肩に担いで洞穴を後にする。
さて、直ぐにではないだろうがあの女はまた我にちょっかいを掛けて来る事だろう。
煩わしいが、少なくともクオンが狙われている訳ではなく標的が我と明確に分かっただけでも儲けものだ。
今後どうするかは、ギルドに報告してから考えるとしよう。
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