特訓
レイルは魔力を引っ込める事が出来たので、次のステップに移行しようと思う。
「さて、今度は魔力を体の内で流動させる訓練に入る」
「はいっ」
「……この図で理解しろ」
我は紙に書いた図をレイルに渡す。簡易的な体の断面図で、矢印で血流の向きを表している。前後左右とそあらゆる角度から記したものを纏めたものだ。
「あの、師匠? これは何でしょうか?」
「血液の流れを図にしたものだ。魔力をこれの通り流れるようにイメージしろ。以上」
我は説明を放棄し、もう見て学ばせる事にした。
シェルミナの一言は予想以上に我の心に傷を負わせたのだ。
我の説明が下手? 下手で悪かったな。簡潔に言え? 簡潔に言っているだろう。詳しく話すならば我は更に長々と語り続けるぞ?
我の説明ではレイルは理解出来ない。ならば、もう説明はしない。本人の学ぶ姿勢と自主性に任せる事にした。
我はベッドにダイブし、枕に顔を埋める。
別に見ていなくても、我は魔力の流れを感じる事が出来る。なので、出来ているかそうでないかくらいの指摘はしようと思う。
「あの、師匠はどうしたのでしょうか?」
「どうやら、先程の私の指摘でやる気が削がれてしまったみたいだな」
シェルミナよ、別に我はやる気が削がれた訳ではないぞ。心の傷を癒す為に横になっているだけだ。
「……理解出来なかった私が悪いのでしょうか?」
「いやいや、レイルは悪くない。シオネの説明が要点を掻い摘んだものでない長々としたものだったのが悪いんだ」
更に心を抉ってくるシェルミナ。この小娘……遠慮と言う言葉を知らんのか?
「そう言えば、弟子を取っていなかったと言っていたな。もしかしたら説明下手だったからか?」
我はおもむろに起き上がってシェルミナにアイアンクローをかます。
「我が弟子を取っていなかった理由はそんなのではない。断じてない。近寄りがたい雰囲気を醸し出していたが故だ。変な勘違いをするな」
「悪かった。悪かったから手を退けてくれないか?」
我の腕を掴んで必死に手を剥そうとするが、我の力は小娘程度ではどうにも出来ず、無駄な足掻きとなるだけだ。我の気のすむまでアイアンクローをし続けてやろう。
「あの……コツとかはありますか? ここをこうした方がやりやすいとか、逆にこうしては駄目だとか」
シェルミナにアイアンクローを継続している我におずおずとレイルが質問をしてくる。
「それは我にか? それともこの小娘にか?」
「し、師匠にです……」
やや突っ撥ねるような物言いとなり、語気も少しばかり荒めになってしまった。故にレイルは少しばかり及び腰になってしまったな。
「あぁ、すまんな。コツは……特に無いな」
「そうですか……」
我の場合は血液をイメージして魔力を流動させるようにコントロールしていたからな。コツはない。強いて言えばイメージをしっかりと持てというくらいだろう。
……まぁ、それはあくまでも我だから出来た事で、他の者には難しいのかもしれないな。
となると……最初は分割していくしかないか。
「強いて言えば、全身へと一気に流動させるのではなく、まずは一ヶ所に限定して流動させる事を目標にやればいい。指とか、手とかの単位でな」
「はいっ、分かりましたっ」
と、レイルは魔力を流動させる箇所を限定して魔力操作を始める。まずは右手に決めたようで、魔力が巡っていく。ただし、単に巡っているだけで、まだまだだがな。レイルは我の渡した図を注視しながら魔力の流れる向きを調整していく。
それでも、レイルは理解出来れば呑み込みが早い、なので、図を参考にこの方法で続けていれば一週間以内には出来そうな気がする。
結局、この日は右手だけだが魔力を血流に見立てて流動させる事が出来ただけで終わった。今までやった事が無かったので、精神的にも疲労が溜まり、夕方にはもうかなりばてていたので我が本日は終了と宣言した。
疲れて汗だくのレイルと、指の痕が顔にくっきりと残っているシェルミナは温泉を浴びに行く。
「……さて」
我は温泉にはいかず、宿を出て町へと繰り出す。
行き先は冒険者ギルドだ。金を稼ぐ必要はないのだが、金はいくらあっても困るものではないので稼ぐ為に依頼を受けに行く。
まぁ、それは建前であり。本当の目的は憂さ晴らしの為なのだがな。
ギルドに到着し、掲示板に貼られた依頼を適当に何個か受けて、一人で町の外へと出る。
受けた依頼は全て魔物の討伐依頼。
ヒュドラモドキ一匹の討伐。
エンジェルベア三匹の討伐。
ゴブリン十匹の討伐。
オーク五匹の討伐。
スライム十匹の討伐。
ヒュドラモドキとエンジェルベアはここ最近出没するようになったそうだ。このスノウィン近郊でも今まで出現しなかった強力な魔物が出て来るようになり、やや厳戒態勢気味になっている。
特に、スノウィンは観光名所としても有名だ。故に乗り合いの馬車なども定期的に走っている。馬車に乗るのは何も冒険者のように戦闘に強い者だけではない。
無論、護衛として専属の者や冒険者を雇っていたりするだろうが、それでも力量に差があれば全員を守る事が出来ない可能性もある。
馬車が襲われる確率を減らす為に、ギルドでは常に舗装道付近の魔物討伐の依頼が出ている。
今日の我は舗装道付近に出現する上記の魔物を殲滅する依頼を請け負っている。
街を出て、舗装道から少し外れた所を駆け出していく。
スライムを発見。踏み潰して瞬殺し、討伐部位の核を拾い上げる。
オークを発見。どてっぱらに拳を一発お見舞いする。胴体が消し飛び、足と肩から上だけになったオークから討伐部位の右耳を切り取る。
ゴブリンの群れを発見。一匹ずつ倒すのは面倒出たので近くに生えていた木を抜いて横に薙ぐ。ゴブリンは一匹残らず気にぶち当たり絶命、討伐部位の右耳を切り取る。
エンジェルベアと遭遇。突っ込んできたので頭めがけて回し蹴りを放つ。頭部が汚い肉片となって飛び散り、討伐部位の羽を一対もぎ取る。
幼体のヒュドラモドキを発見。ヒュドラモドキはヒュドラと同様再生力があるが、首を全て失くした後に胴体に傷を負わせれば直ぐに絶命する。なので、我は首を全て引き抜いた後、胴体に蹴りをかまして穴を開けて命を刈り取り、証明部位の尻尾を引き千切る。
その後もスライムスライムゴブリンスライムオークスライムエンジェルベアエンジェルベアヒュドラモドキエンジェルベアスライムスライムスライムスライムゴブリンゴブリンオークエンジェルベアオーク……を討伐。
最低討伐数は優に超えており、暗くなってきたので我は街に戻る事にする。
が、その前に。
「……で、クオンよ。何時までつけている気だ?」
我は後ろを振り向きながらそう問いかける。
「あ、やっぱりばれてたか」
木陰からクオンが姿を現す。クオンは我が宿を出た後からずっと我の後をつけていたのだ。ただ、先日のレイルと同様に何を仕出かすでもなくただただ後をつけていただけだったので放っておいた。今後も我が外に出る度に後をつけられたのではたまったものではないので、面倒だが訳を訊く事にした次第だ。
「我をつけていた理由は何だ?」
「理由、ねぇ。これは物凄く申し訳ないんだけどさ」
と、クオンは心底済まなそうな表情を作ると、深く息を吐く。
「流石に魔物を放っておく訳にはいかないんだよね」
「……ほぅ」
我はクオンを見据える。
「何時、気付いたのだ?」
「昨日シオネを見て直ぐ、だよ。精霊が教えてくれたんだ。君がリッチーだって」
「そうか、精霊か」
迂闊だったな。精霊が我の正体を見破るとは思わなんだ。
「と言う訳でさ。本当に申し訳ないんだけど……」
クオンは目を伏せ、手を叩く。
すると、彼の頭上に燃ゆる魔方陣が出現する。そこから燃え盛る蜥蜴が落ちて来て、クオンの中へと入り込む。
クオンの身体が燃え上がり、髪が紅に、瞳が金色に変貌する。まるで獲物を見付けたかのような獰猛な表情を浮かべ、クオンは我を見据える。
「よぉ、リッチーさんよぉ。覚悟決めろやぁ!」
声が低くなり、かなり口調も変わったクオンが、我へと躍りかかってくる。
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