不可解

 躍りかかるクオンから拳に炎を集約し始める。

「ふんっ」

「ぐおぁ⁉」

 我は炎の薄まった顎を拳で打ち上げ、我から見てやや斜め上前方に吹っ飛ばす。

 無論、力加減はした。

 骨が砕けないギリギリであり、尚且つ脳内の血管が破裂しない程度に脳が揺れて意識を失わせる様な絶妙な力加減だ。

 少しでも弱ければ意識は失われず朦朧としながらも立ち上がり、少しでも強ければ骨が砕けたり脳内血管が破けて後遺症が残ってしまうだろう。

 我は少しばかり拳に燃え移った炎を軽く振るって消火し、吹っ飛んだクオンの下へと向かう。

 顎に拳が直撃した際、呻き声の後すぐに髪の色が戻った。つまり、無事に気絶して降霊状態が解除された事は分かっている。

 なので、近付いても不意を突かれる攻撃はされないので、ずんずんと向かって行く。

 いやはや、事前に【スピリットサモン】について聞いておいてよかった。それの御蔭で極々簡単な対処手段を取る事が出来たのだから。

 しかし……腑に落ちない点がある。

 どうして昨日の時点で我を攻撃してこなかったのか?

 正直に言えば、クオンと出逢った際我はのぼせて気を失っていたのだ。

 クオン曰く、見て直ぐに我がリッチーだと気付いた――精霊に教えられたそうだ。あの時、何の労力も要さないまま我に気付かれずに我を殺す事が出来た筈だ。

 だが、クオンは我を殺す事はせず、あまつさえ介抱し、飲料を恵んだのだ。

 更には、自身のギフトの特性や弱点に繋がる発言さえもしたのだ。これは、敵に塩を送るようなもの。

 嘘の情報を与えて混乱を招こうとした訳でもあるまい。あの時のクオンは嘘を吐いている様子はまるでなかった。あまりにも自然体としていたのだ。

 あまりにも不可解だ。昨日と今日とでちぐはぐな印象を受ける。

「全く、どうなっているのやら」

 我は溜息を吐くと、クオンを担いで適当に木の幹に寄り掛からせる。

 このまま放ったまま街に戻る事はしない。そんな事をすればクオンは魔物にとって恰好の獲物となり、腹の中に納まってしまう。

 それに、不可解さを少しでも解消する為にいくらか尋ねたいしな。

 と言う訳で、我はクオンが起きるのを待つ。

「ん……んぅ……」

 かれこれ十分くらい経ったか、クオンが目を覚ます。思いの外早い覚醒だったな。

「目が覚めたか」

「あ、あれ……? シオネくん?」

 目をパチクリと瞬かせ、クオンは首を傾げる。

 ……そう言えば、我の呼び方も元に戻っているな。

 襲い掛かって来る直前は呼び捨てだったが、今はくん付けか。

 クオンは辺りをきょろきょろと見渡し、街の外だと理解すると、我に改めて顔を向けて訪ねてくる。

「……ねぇ。なんで僕がここにいるか分かる?」

「何?」

 想定外の質問だ。しらばっくれている……訳でもなさそうだな。

「一人になった我を追い掛けてきただろ」

「シオネくんを?」

「覚えていないのか?」

「う、うん……」

 困り顔をして、クオンは額に手を当てる。

「どの辺りから覚えていないのだ?」

「えっと、昨日シオネくんと別れてから……それから……それから?」

 これは、結構な重症だな。

 まさか、結構前からの記憶が欠落しているとは。

「因みに、先程クオンは精霊を降霊させて我に襲い掛かってきたぞ」

「えっ⁉」

 我の一言にクオンは目を見開き、信じられないとばかりに驚愕を顕わにする。

「……本当に?」

「嘘を言ってどうする? 実際、そこ微妙に焼け焦げているだろう」

 と、我はある一角を指差す。そこは丁度クオンが【スピリットサモン】で精霊を降霊させた場所であり、その時に発生した炎で地面と草が焼け焦げたのだ。周りに広がらなかったのは、一瞬で燃やし尽くしたからか、はたまた炎自身に意思があったかのどちらかだろう。

「……ごめん」

 焼け跡を見たクオンは自分がやった事だと理解したらしく、我に頭を下げてくる。

「別に謝りはしなくていい。ただ、我は訳が知りたいだけだ。……ただ、肝心のクオンは覚えていないのだろう?」

「うん。本当に何も覚えていないんだ」

「なら、精霊に訊くしかないのか」

「精霊……そうだね。ちょっと聞いてみるよ」

 と、クオンは右手で自身の片耳を、左手で我の片耳を塞ぐ。

「サラマンダー」

『ん……おぉ、クオンか。どした?』

 クオンの呼び掛けに、誰かが答える。恐らく、この声の主が精霊――炎の精霊サラマンダーなのだろう。サラマンダーは確か蜥蜴のような姿をしていると聞く。すると、丁度先程クオンに降霊していたのがサラマンダーか。

 と言うか、どうして我に精霊の声が聞こえるのだ? 我は生まれてこの方精霊の声を訊いた事はないのだが。別にリッチーとなって聴覚が強化された訳でもあるまいに……。

「あ、精霊の声が聞こえるのは僕が手でシオンくんの耳を覆っているからだよ。こうすると、他人でも訊く事だけは出来るんだ」

 と、我の表情から疑問を読み取り、クオンが答えをもたらしてくれた。なるほど、そういうカラクリがあったのか。

「で、サラマンダー。ちょっと聞きたい事があるんだけどいいかな?」

『おぅ、何じゃい?』

「昨日シオネくんと別れた後の事覚えてる」

『そこのリッチーと別れた後……ん? んん?』

「サラマンダー?」

『悪ぃ、思い出せん。辺に靄がかかってやがって思い出そうとしても無理だ』

「そう……」

 おいおい、精霊も覚えていないとはどういう事だ?

「そしたら、他の子にも」

『『やっと繋がったぁぁああああああああ‼』』

 と、いきなりの大音声二人分が耳に響く。一体何なのだ?

 クオンも突然の大声で耳を押さえている。鼓膜がやられたらしい。

『これこれ、あまり騒ぐとクオンと不死者に迷惑が掛かるじゃろ』

 と、今度は落ち着いた渋めの声が聞こえてくる。

『あ、そうだね。ごめんクオン。それとリッチーも』

『ごめんなさいクオン。それに禁術に身を委ねた人』

 と、先程大音声を上げていた声の主二人がクオンに謝罪する。声からするに、二人共女性か。ただ、片方はまだ幼さが残る感じがするな。

 あと、こちらの三人……サラマンダーも入れれば四人か。我がリッチーだと分かっているようだ。なので、襲い掛かってくる前に言っていた精霊に我の正体を教えられたというのは本当の事なのだろう。

「あ、あぁ、うん。僕は平気だから」

 やや涙目になりながらもクオンは首を横に振る。

「で、やっと繋がったとはどういう事だ?」

「あ、そうだね。繋がったってどういう事?」

『それがね。昨日あの女に会ってから私とウンディーネ、ノームはクオンと会話出来なくなったの』

『それに、私達からあなたへの干渉も出来なくなり、視覚も聴覚も共有出来なくなりました』

『それと同時に、蜥蜴の坊主の様子も可笑しくなってのぅ。先程も可笑しいまま降霊に応じての。心配ではあったのじゃが、儂らに止めるすべはなかったんじゃ』

 どうやら、三人の精霊の言葉から、常に視界や聴覚は繋がっているらしい。なので、クオンが見ている現状は精霊たちも把握している、と。だから我がリッチーだとクオンが見た瞬間に教える事が出来たのか。

 そして、それらが昨日突如途切れてしまった、と。あの女とやらに出逢ってから。

 あの女とは誰だ? まぁ、十中八九その女がクオンと、ついでにサラマンダーに何かをしたのだろう。

「で、その女ってどういう人なの?」

『ごめん。ローブ羽織って体と顔の大部分隠してたから分からない』

『声で女性と判断したのです』

 姿は見ていない、か。では見付け出すのは骨が折れるな。唯一の手がかりは声だけで、俺はそれを訊いていないから判断つかない。探すとなれば、昨日の記憶を持っている三人の精霊だけだ。

『そしてな。クオンと蜥蜴の坊主の様子が可笑しくなったのは、そのおなごの瞳を見てからなのじゃよ』

 と、渋い声の精霊――恐らくノームが新たな情報を告げる。

 瞳を見てから、可笑しくなった。

 それはつまり――。

「魔眼に魅入られた、か」

 複数種類存在するギフト【魔眼】。その女は【魔眼】のギフト持ちだったのだろう。具体的な効力がどういうのかは断定出来ないが、少なくとも精神に干渉してくるタイプの魔眼のようだ。

 それも、結構な応用が利くみたいだな。

 全く、面倒な者に目をつけられた物だ。

 クオンがではなく、我が。恐らく、クオンは単に利用されただけだろう。

 しかし、クオンを利用して我を攻撃してきた理由が分からない。

 邪魔だから? リッチーだから? 金をたんまりと持っていたから?

 色々と憶測が飛び交うが、解は見出せない。

「どうするべきか……」

 答えが出ぬまま、我は空を仰ぐ。

 空は既に日が暮れて、星と月が輝き始めていた。

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