弟子
「弟子」
「弟子か」
我とシェルミナはぽつりと呟き、互いに顔を見合わせる。
「因みに、どちらの弟子になりたいのだ?」
シェルミナはエルフの小娘にそう尋ねる。すると、エルフの小娘は我の方を向いた。
「我か?」
「はい」
自分を指差し、我が声を上げるとエルフの小娘は首肯してきた。まさか、弟子志願が現れるとは思わなんだ。
大罪人となる前では我の弟子になりたいと言う輩はいなかったな。研究仲間には数人弟子がいたが、こぞって我だけは避けられていた。
それとなく研究仲間に何故我は避けられているのだ? と尋ねたら「んなの鬼気迫ってたり怪しい笑み浮かべたりしながら研究してっからだろ」と軽く一蹴された。
つまり、研究中の我の姿を見て、あ、こいつはヤバいと感じたらしく自然と避けていたらしい。
我としても弟子を取って育成する暇があるならその分研究に時間を費やしたいと思っていたので、僥倖ではあったがな。故に、交友関係は結構狭かったが。研究仲間を除けばドワーフのあいつに他数人。ぎりぎり両手の指では収まらない程か。
まぁ、今は我の交友関係の事はどうでもいい。
それにしても、弟子か。しかも人間なんぞよりも魔法に優れているエルフが弟子に志願してきた、と。これは我の魔法の腕はエルフにも認められたという事か。以前は我の研究を見たエルフは頬を引きつらせながら後退りして難色を示していたと言うのに。漸く時代が我に追いつい――。
「して、どうして彼の弟子になりたいのだ?」
「私もこの人のように魔物をパンチ一つで倒したいからです」
――魔法は関係なかったようだ。いや、そもそも今の我は魔法が使えない状態になった。何を有頂天になっていたのやら。恥ずかしい。穴があったら入りたいものだ。いや、我が自分で掘れば直ぐに穴は掘れるな。うん。掘るとしよう。
「偶然なんですが、この人が魔物を一撃で倒したのを見まして、この人のようになりたいと言う衝動に駆られまして」
「成程。確かに、彼の一撃は相当に重い……おい、どうして穴を掘って中で蹲っているんだ?」
「……訊かないでくれ」
ほんの数秒で一メートル程穴を掘り、我はそこで膝を抱えて数分。漸く心が落ち着いたので穴から出て直ぐに埋め戻す作業に取り掛かる。道のど真ん中に穴があっては迷惑極まりないからな。きちんと踏み固めて崩れないようにする。
「凄いですね。ほんの数秒で掘って、ほんの数秒でも元に戻しましたよ。しかも、元々の地面より硬いです」
「うむ。流石は怪力小ぞ……もとい剛力魔人だな」
おい、小娘? お前今怪力小僧って言ったよな? 我は無言でシェルミナの顔面にアイアンクローをかます。骨はきしむが決して砕けない絶妙な力加減でな。
「はっはっはっ、すまんすまん。だからやめて貰えないだろうか?」
笑ってはいるが、きちんと激痛が走っているようで声が上ずっている。それでも痛みは表情に出していないが、顔に血液が巡り赤く染まっていくので痛みにも耐えているのだろう。
数分アイアンクローを続け、解放する。少し痕が残ってしまったが、暫くすればなくなるだろう。はっはっは、とシェルミナは笑いながら痕を擦って消そうとしているが、そんな事じゃ消えないだろうに。
「あの、剛力魔人って何ですか?」
と、エルフの小娘が小首を傾げながら問い掛けてくる。
「我の二つ名だ。冒険者ギルドから賜ったものだ」
と、我は冒険者カードを取り出して二つ名が記されている部分を見せる。
「はぁ、二つ名……ですか。これは凄い事なんですよね?」
「ん? あぁ。他の輩よりも凄いと言う証明でもあるな」
どうやらこのエルフは冒険者ギルドや二つ名の事を知らないみたいだ。つまり、生まれてからあまり人間と接した事はないと言う事か。悪魔との大戦以前から生まれ育ったエルフの里から出なかった箱入り娘と言った所か。里が強襲されたとは言っても、全員が虐殺された訳ではないから、非戦闘員の生き残りだろう。
だが、そんなエルフが里から離れてこんな所にまで来た理由は? 外の世界に興味を持ったか、はたまた出なければいけない理由が出来てしまったか。それとも単純に武者修行の旅に出たのか。憶測だけでは見当もつかないな。まぁ、本人が目の前にいるのだから、当人に訊けば済むだけの話なのだが。
「因みに、私は魔麗剣姫という二つ名を持っているぞ」
「へぇ、あなたも持ってるんですか。凄いですね」
「はっはっはっ、そうだろうそうだろう」
そんなエルフの小娘は自慢げに冒険者カードを見せているシェルミナを純粋に称賛している。シェルミナもいい気分になっているのか、指の痕が残っている顔で笑っている。
「おっと、そう言えば自己紹介がまだだったな。私の名はシェルミナ=フォークソンと言う。で、彼がシオネ=セイダウンだ」
「……シオネだ」
シェルミナが自己紹介を始めたので、我も名乗っておく。
「あ、すみません名乗りもせずに。私はレイルと言います」
と、エルフの小娘……レイルが頭を下げる。
「……で、私を弟子にして下さいますか?」
レイルは頭を上げ、不安げに改めて訪ねてくる。
弟子か……。弟子志願の目的は我のようになりたいと言う事で、魔力流動による身体強化が出来れば問題はない。ただし、あまりにも高難度な為に、今の所成功者がいない。いい線を言っているのは横にいるシェルミナとフィアスコールにいたアサンだな。アサンは最終的に10%の向上に成功し、シェルミナも15%くらいの身体強化が出来るようになっている。
まぁ、それでも強化魔法を使った方が強化率は上であるし、心を落ち着けて意識的にやらないと成功しない。なので、とてもじゃないが実戦向きな技術にまで昇華出来ていない。
それ程難しい技術であるが、恐らくある程度はレイナは出来るだろう。何せ、魔法の扱いに長けているエルフなのだ。当然、魔力のコントロールも出来る……筈。いや、ちょっと待て。コントロール出来るなら、透明になってる時体外に漏れ出ないようにするよな?
……不安になってきたが、まぁ、大丈夫だろう。多分。
「あぁ、いいぞ」
兎にも角にも、魔力流動による身体強化が出来そうなのと、他にも理由はあるが、このエルフの小娘レイナを我の初弟子として志願を認める事にした。
「ありがとうございます」
レイナは深く頭を下げる。
「よし、ではレイナよ。鍛錬としてまずは足腰を鍛えるぞ! 私について来い!」
と、何故かシェルミナに弟子入りした訳ではないのに小娘はレイナに発破を掛けてスノウィンへと駆け出していく。
「は、はいっ」
と、何故かレイナは律儀にシェルミナの言葉に従い彼女の後を追い掛けて駆けて行く。
「ただ我武者羅に走るだけでは駄目だ! フォームにも気を遣え! より走りやすく、より疲れにくいフォームと言うのは存在する! ただし、人によってそれは異なるから何とか自分で見付け出せ!」
「分かりましたっ」
何か、結構いい加減な助言をしているぞあいつ。そして、それをきちんと聞き入れてレイナは自身の走る姿勢を逐一気にしながら掛けている。
後には我だけが取り残され、段々と遠ざかっていく二人を眺める。
我は別に走らんでもいいな。下手に疲れたくはない。それに、素の状態の我は体力はそこらの子供に負ける程低い。魔力流動による身体強化でついでに心肺機能も上げているから強化中は疲れる事はないが、十数メートル走っただけで息切れを起こすぞ?
なので、我は一人でゆっくりと二人の後を追い、スノウィンへと向かう事にした。
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