追跡者

 旅を初めておよそ十日。特に疲れも感じずに我らは道を行く。

 道中は特に問題も無く、魔物に襲われても拳一つで仕留めて危機的状況には陥らない。

 その傍らで、段々と魔物と相対している冒険者の姿も垣間見えるようになってきたのでもう少しでスノウィンに辿り着くだろう。

 と言うか、確実に今日中に着く。実際、街を囲む長大な塀が少し遠くに見えて来ているしな。

「うむ、もう少しでスノウィンに到着するな」

「そうだな」

 シェルミナが心を躍らせ、終始笑顔でやけにはしゃぎながら我の肩を何度も叩く。我は適当に相槌を打ちつつ、街を囲む塀を眺める。

 シェルミナが心を躍らせている理由は恐らくあれだろう。スノウィンのある場所には源泉が湧き出ている。そのままでは熱湯なのである程度冷やして温泉として生活の潤いに、そして観光事業として有効活用している。

 スノウィンの温泉は確か肩凝りや便秘解消、美肌効果があるとされる。この美肌効果が女性の心を掴み、年間訪れる観光客の内七割が女性客が占めているそうだ。更には温泉街独自の娯楽としてタッキュウなるものもあるという。温泉上がりにタッキュウをするのがまたたまらないとか何とか。

 シェルミナは温泉に入ってタッキュウをするのを楽しみにしているのだろう。こいつも女だしな。それも年頃の。確か歳はまだ二十に届いてはいなかったと記憶している。十で魔法騎士団に入団し、十代半ばで第二魔法騎士団の団長にまで上り詰めた天才。

 本来同年代の女子が過ごしていたであろう青春を謳歌せず、騎士団の訓練に明け暮れる日々を送り、ここ数年は我を追い掛けるばかりの生活を送ってきた。その間、息抜きはしていただろうが、それでも比重としては激動に重きが置かれていた筈だ。

 なので、こういった場所にはあまり訪れる事が出来ず、何時かは来たいという思いが積もりに積もっていたのではないだろうか? だからこうも心躍ってはしゃいでいる、と。

 今のシェルミナの頭の中には絶対に我の監視という単語は消え失せているだろう。それ程にこいつの眼にはたくさんの星が煌めいている。……まぁ、別に監視されていようがいまいが我としてはどうでもいいが。

 無論、我は温泉よりも名を上げて来ているという魔法使いに興味があるのだがな。何でもここ数ヶ月で頭角を現してきたようだ。所謂成長期と言う奴にでも入ったか、あるいは何かに刺激を受けて物の考え方が変わったか。

 我としてはどちらでもいい。今は我より劣っていても、将来的に我を越えるに足る逸材であるならばな。

 なので、我の心も踊っていると言えば踊っている状態なのだ。あぁ、まだスノウィンに着かないのか、と少しばかりやきもきしているのだ。

 ……ただ。

「シェルミナ」

「分かっている」

 我の掛け声でシェルミナから笑みが消え、真剣な眼差しへと変貌する。

「おい、かれこれ三時間以上も後をつけている奴、姿を現せ」

 後ろを振り返り、少しだけ声を張り上げる。背後には一見誰もいない。しかし、我とシェルミナには分かる。魔力を感知出来るのでな。光魔法によって己が身を透明にしているようだが、魔力をきちんと身の内に収められなければ、いくら透明になっていたとしても意味がない。

 しかし、我の言葉が聞こえている筈なのだが、一向に姿を現そうとしない。

「……まだ気付かれていないとでも思っているのか?」

 もし、そう思っているのならばとんだ楽観主義者だな。我とシェルミナは透明になっている輩の存在を感知している。それも、我らをつけ始めるよりも以前に、だ。正確には、魔法を使って透明になった段階で、だ。流石に透明になる瞬間は見ていない。なにせ、我らの視界に入らない場所で魔法を使ったのでな。魔力は感知出来ても姿までは見えなかった。

 そして、我とシェルミナの後をつけてきた輩をあぶり出そうと、敢えて人気のない場所に道を逸れたのだが、何故か何もしてこなかった。そこで暫し休憩してても、そいつはじっと止まって我らを見ているだけだった。

 我らが移動すれば共に動き、止まれば立ち止まり、そんな事を続けてかれこれ三時間以上。正直言って、もう痺れを切らした。何もされなくてもつけられているのはいい気分ではない。

「ここまで言ってもまだ姿を見せないか。……シェルミナ」

「了解した」

 我の合図にシェルミナが透明になっている輩目掛けてディスペル魔法を無詠唱で発動させる。

 透明にしていた魔法が解かれ、追跡者の姿が顕わになる。

「むっ?」

「なっ?」

 我とシェルミナは軽く息を飲んだ。

 年の瀬はシェルミナよりも少し若いと言ったくらいか。シェルミナよりも小娘と言う表現がしっくりとくるフード付のマントを羽織った小娘はそこにいた。

 しかし、今の我と同様に、この小娘の年齢は外見で判断は出来ない。

 その理由は、耳にある。少しだけ横に長く、尖っている。更に金髪に黄金色の双眸が煌めいている。

 小娘は人間ではない。エルフだ。

 エルフとは、人間よりも遥かに長命な種族で、幾千年もの時を生きると言われている。更に、一定の年齢に達するとそこから外見の変化があまり見られなくなり、老化はかなり緩やかに進行していく。

 外見の変化があまり見られなくなるのはここによって異なり、十にも満たないうちに成長が揺るらかになる者もいれば、かなりの老齢に見える段階で漸く変化が見られなくなる者もいる。

 そして、エルフに共通しているのは人間とは比較にならない魔力と優れた魔法技術を持っている事だ。人間が放つ魔法よりもより高威力の魔法を発動する事が出来、更に老化と共に魔力は衰える事はなく逆に質も量も増していくのだ。

 一時は、どうして我はエルフに生まれてこなかったのか? と死ぬほど悔やんだ時期があった。が、直ぐにこればかりは自分の意思とは関係ないので仕方がないとすんなり諦めたが。

 で、我とシェルミナが驚いた理由だが、エルフは現在ほぼ絶滅状態にあるからだ。

 今から数年前……我が大罪人として世を追われる少し前。世界は悪魔の侵攻を受けていた。誰かが悪魔召喚の儀式を行った訳ではなく、忽然と世界中に湧き出て来たのだ。

 悪魔どもの狙いは奴等が崇拝している邪神の復活。長い時を地下深くで力を蓄えて待ち続け、頃合と見て世に出現したのだ。

 悪魔との戦いは当時第二魔法騎士団団長になったばかりのシェルミナは勿論、我も参加し一年も掛からずに勝利で終える事が出来たが、代償があまりにも大きかった。

 その代償の一つに、エルフの大量死がある。エルフは悪魔相手に善戦していたのだが、数体いる最上位の悪魔にエルフの住まう里を攻められ、戦闘に向かないエルフ達が虐殺された。エルフ達は怒りに狂い、上位の悪魔へと躍りかかったが、返り討ちに遭ってしまった。

 特にこちら側の戦力となり、悪魔にとって脅威となっていたエルフは一気に数を減らしてしまった。それによって戦いも苦戦を強いられ、生き残った歴戦のエルフの戦士たちも一人、また一人と命を散らしていった。

 上位の悪魔も難とか退け、悪魔との戦いも終わった時にはエルフの姿は殆どなかった。生き残ったエルフはひっそりと聖なる森の奥底で静かに暮らす道を選んだ者が多い。

 一昔前は会おうと思えば和える存在だったのだが、今となっては会う事が困難な存在となってしまった。

 そんなエルフが、今目の前にいるのだ。驚かない方が可笑しいではないか。

「…………」

「…………」

 我とシェルミナは驚きのあまり暫し言葉を失っていたが、エルフの小娘がフードを被った事で現実に引き戻された。

 エルフの小娘は、一歩二歩と俺達に近付く。

「私を、弟子にして下さい」

 そして、唐突に頭を下げてそんな事をのたまった。

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