旅立ち

 フィアスコールに来てからおよそ一ヶ月と半。

 シェルミナは着々とクエストをこなし、元魔法騎士団の団長と言う肩書きの御蔭か、我よりも少しばかり早くランクを上げていって、昇格試験も突破して既にAランクにまで到達している。

 一ヶ月に満たない短期間でAランクとなった我とシェルミナにはギルド長から二つ名を与えられた。

 この二つ名は、所謂ギルドの中でも突出した力量を持つ者だけが得られる、ランクとは別の意味での称号だ。同じランクでも二つ名があるのとないのとでは大きな差があると言われている。二つ名の命名権はギルド長にあり、二つ名命名後は冒険者カードに記載され、各ギルド間に通達される事になる。

 シェルミナの二つ名は『魔麗剣姫』。華麗に魔法を使いこなし、優れたる剣技も用いて魔物を屠っていく姿から名付たそうだ。

 本人曰く「私は姫ではなく元騎士なのだが……」と零していたがまんざらでもない様子だった。まぁ、シェルミナは傍から見ても顔立ちが整っていて麗人なので、姫と称されても違和感はない。ただ、姫と呼ぶにはアグレッシブな気がするがな。

 そして、我の二つ名だが。最初『怪力小僧』と宣言された。

 ちょいと待て、と我はギルド長の首を締め上げながら問い詰めた。何故我はこんな恰好よくもない二つ名を得られなければならないのだ? 大罪人になる前は稀代の大魔法使いと呼ばれ、殲滅の魔術師、絶対不滅の大賢者、研究馬鹿とも呼ばれていた我が怪力小僧? ふざけるな。

 ……まぁ、研究馬鹿も怪力小僧と同程度の言われようだが、あれは研究仲間の内でだけ言われていたし、我もバツ二野郎、魔法オタク、ミスター変態等と名付けていたので実質おあいこだ。

 ギルド長曰く、それ以外にどんな二つ名があるってんだ? との事。魔物を倒すのは基本的に拳一発で終わり、時折町中の依頼をこなす際は身の丈の倍以上の荷物を片手で軽々と持って運び、馬で引いて漸く動く荷車を苦も無くすいすいと引き……。それで怪力小僧以外になんて呼び方があるんだ⁉ と逆切れされた。

 二つ名はギルド長が勝手につけたもの。本人が納得出来ないものを無理強いするな、と我はギルド長の顔面へとアイアンクローを放ちながら告げた。

 ついでに、「まさにシオネを体現した二つ名だ」と爆笑ながら同意したシェルミナにもアイアンクローを喰らわせた。

 無論、二人共死なぬ程度に手心を加えたがな。ギルド長は少し青褪めながら、小娘は少し赤らめながらギブギブ、すまなかった。とタップしながら謝ったので十秒くらいで解放してやった。

 で、その後付けられた二つ名は『剛力魔人』。魔人と名がついたのは我の異常な魔力とそれを自在に操るその姿から連想して、だそうだ。

 怪力小僧よりも数段よかったので、我は了承し、晴れて新たな二つ名が授けられた。

 我とシェルミナの冒険者カードにそれぞれの二つ名が記載され、その日から全ギルドに通達がなされて、更に有名となった。

 よしよし、これで実力のある者との接触がしやすくなった。もはやリッチーとばれる心配もないので名は上げられるだけ上げておこう。で、魔封の呪いから解放されたら完全隠居生活へと突入し、魔法の研究を心置きなくする。

 さて、この街で色々とやったが、ここには我の求める人物はいなかった。魔法学校へ赴いたが、そこでは確かに将来ある若者が何人かいた。が、我を越えるとは到底思えない子供ばかりだったし、この街で一番の魔法使いも伸び代はそれ以上なく、魔法を使い始めて間もない頃の我と同程度だった。

 やるべき事もやり終え、探し人もいない。なので、この街にこれ以上いる理由はない。

「そろそろ別の街に向かおうと思う」

「うむ、そうか」

 その事をシェルミナに告げると、すんなりと頷いて旅支度を始めた。シェルミナは空間魔法を使えるので実質荷物制限がない。なので、傍から見れば旅をしているとは思えない程に軽装だ。

 我は現在空間魔法が使えないので、大き目の鞄に色々と詰め込む。食料なども入れるが、大半はシェルミナの空間魔法に任せて荷物を出来る限り軽くする。

 ギルドの受付嬢とギルド長にも旅立つ旨を伝え、直ぐに旅に出る。二人は少し残念そうな、それでいてほっとしたような微妙な表情をしていたな。

 で、アール達にも旅立つ事を話したら門のところまで見送りに来た。

 因みに、アール達とシェルミナも面識はある。まぁ、俺と一緒に入れば嫌でも目立つし、アール達は俺に物怖じせずに普通に話し掛けて来るから自然と機会があった。

 アール達とシェルミナはさほど時間も掛からずに会話をする仲に。特に、アサンとセイヨとの女性陣同士で話が盛り上がっていたな。

「じゃあな」

「また会おう」

「次会う時は成果見せるから」

「じゃあね」

 俺とシェルミナはアール達に見送られ、フィアスコールの街を出る。

「で、シオネよ。何処に向かうんだ?」

 フィアスコールを出て直ぐ、シェルミナがそんな事を訊いてくる。そう言えば、言ってなかったな。訊かれても無かったから言うの忘れていた。

「スノウィンだ。あそこに近頃名を上げて来ている魔法使いがいるらしい」

 我はコンパスと地図を片手に、スノウィンのある方角を指差す。

 フィアスコールを出て、何も無計画に放浪しようとは思っていない。我はギルド長に優れた魔法使いか名を上げて来ている魔法使い、稀代の大魔法使いに近しい実力を持つ者がいるか尋ね、色々と情報は仕入れた。

 その中でも、スノウィンはフィアスコールから一番近い街だ。なので、まずはそこを目指す事にしたのだ。

「成程、スノウィンか。なら、私の転移魔法で一気に行くか?」

「いや、このまま徒歩で向かう」

 シェルミナの提案に我を首を横に振る。

 普通の旅ならば、転移魔法を使った方が時間も労力もあまりかからずに済む。しかし、我は普通の旅をしている訳ではない。我の呪いを解ける者を探す旅をしているのだ。

 そう言った者に道中出逢う可能性もあるので、我は転移魔法に頼らずに旅をするつもりだ。

「そうか。では、気ままに旅を続けるとしようか」

「気まま……ではないのだがな。それより、お前はいいのか? 我を止めなくて」

「何故だ?」

 気になったので率直にシェルミナに訊いたのだが、何故かきょとんとしながら聞き返された。

「いや、我は己の侵している魔封の呪いを解く為に旅をしているのだ。お前としては、止めた方がいいのではないか?」

「別に止める必要はないな」

 と、シェルミナは首を横に振る。

「私はシオネが変な事をしないように傍で監視しているに過ぎない。特にお前が変な事をしなければ止める事はないさ」

「魔封の呪いを解こうとしているのは変な事ではない、と?」

「あぁ。シオネに掛かっている呪いはかなりの実力者でない限り解呪出来ないしな。それに、シオネがそうやって魔封の呪いを解こうとしている間は変な事はしないだろう」

「……我が外道な方法を用いて呪いを解こうとするとは思わないのか?」

「ははは。そうは思わない。シオネは……シオン=コールスタッドはそんな男ではない事を知っているからな」

 我の言葉にシェルミナは笑い出す。

「それに、仮にそう言う男だとしたらあの時我ら第二魔法騎士団は生きてすらいなかっただろう? いや、我らが追っている時に最大火力の魔法を放って全滅させたり、禁術を望む国家と秘密裏に手を組んで行方を晦ませたり、悪魔と契約して時間を稼いだり、そう言った手段を用いた筈だ。しかし、幾ら邪魔者だと認識してもその相手に外傷一つも負わせずに逃げおおせ、更には我らが禁術の失敗を招いたとしても殺す事無く気絶させるだけに済ませた。それは外道な輩のする所業では決してない」

 淀みなく応え、シェルミナは真っ直ぐと我の目を見る。

「シオン=コールスタッドは人の道から外れたとしても外道ではない。それはこの私、元第二魔法騎士団団長シェルミナ=フォークソンが保障しよう」

「そうか」

 禁術を用いてリッチーとなった我は外道ではない、か。世間一般からすれば、我は立派な外道なのだがな。

 ……まぁ、シェルミナに外道でないと言われて、悪い気はしないな。

「まぁ、魔法の研究や行使に関しては度が過ぎる事があるので、そう思った時には遠慮なく止めに入るがな」

「……そうか」

 そんなシェルミナの一言に我は渋面を作る。我は思うがままに魔法の研究をして行使をしたいのだが、それを邪魔すると公言したぞこの小娘は。

 魔封の呪いから解放された暁には、この小娘に見付からない場所で魔法の研究をするとしよう。そう固く誓う。

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