アポロ

 高校生活において僕たちの距離は純粋に拡大されていき、平穏を獲得できた。

 もちろん、恋心というものをできるだけ見ないように端に片づけてだ。


 結局、高校生活は僕の人生で最も逃げた時間になった。偽りの平穏は逃避によって得られた虚無だった。当時のことを思い出そうとしても思い出せないほどには何もなかった。彼女の顔も恋心も。

 そういう意味ではその平穏は真実味を持っていたかもしれない。


 彼女は明るかった。

 僕の視界だけではなく、誰の視界からも認められるくらいには。

 僕だけではなくて、みんなが彼女を知っている。


 でも、僕は彼女を少し深く知っている。

 僕はアポロになって彼女のもとへたどり着いたからだ。


 そんな余裕は徐々に消えていった。

 彼女からの距離は、ニール・アームストロングからコリンズへ。そこから大気圏、さらに地球の大地に立っている人間という距離にまで拡大していった。

 最初の二年間でそうなったのだ。

 そして、高校三年目には、その距離は太陽と月ほどに離れてしまった。

 

 彼女に近づこうとした。

 少なくとも、この縁だけは切りたくはなかったから。


 しかし、僕はチャレンジャー号のような、あるいはコロンビア号のような、恐怖に駆られたのだ。人類の特権たる前進をやめてしまったのだ。


 前進を再開することなく、別の方面における強制的な前進を理由にまた逃げた。

 高校卒業とともに僕たちは、認めざるを得ない疎遠になった。

 

 持ち帰った彼女の欠片も、ただのガラクタになった。


 それでも、僕は彼女のメールアドレスを消さなかったし、彼女もきっと消していないだろうと考えていた。

 それは宇宙へと打ち上げられたアポロを思い出して、その栄光に縋っているようだった。

 また、僕の一縷の希望は打ち上げられる準備をしていた。

 使われることなどないと分かっていながらも。

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