9-7 王者への挑戦
「それで俺がその役目を果たしたって事?」
ユウキは呆れるように呟いた。
「結果的にね・・ユウキのお陰で私は憑き物が落ちたようにスッキリしてるよ」
レイナードは屈託の無い笑顔を浮かべる。こんな貌をされては、咽喉まで出掛かっている文句も嚥下するしかない。まして、痛々しい怪我をしてベッドの上で寝ている彼女を責めるほど、悪者にもなれない。
「まあ、いいか。―――それで、レイナードはこれからどうするんだ?」
「そうだなぁ。とりあえず、贋物は贋物らしく、大人しく半年間の出場停止を受けるよ」
レイナードの正体が世界に晒された事により、NMAに対して方々から雪崩のように抗議や文句が殺到した。アシュレイとして振る舞っていた事による歪みは社会的に大きな損失を生むと判断されるのは当然で、アイドルのスキャンダルではすまされないのだ。畢竟、レイナードのマジックファイト無期限出場停止と選手登録剥奪は確定、の筈だった。
しかし、それを水際で食い止めたのは、ギルバートインダストリー取締役であり、レイナードの父であるギルバートだった。彼は今まで心の中だけに秘めてきた事実を公にしたのだ。
レイナードが何故アシュレイとして振る舞わなければならかったか。ギルバートは会場のカメラを通して一時間に渡り必死に訴えた。声が枯れるまで、何度も何度も、レイナードは悪くないと訴え続けた。
ユウキの目には、その姿はとても尊いものに見えた。そう見えたのは、ユウキだけでは無かったらしい。真に迫る言葉は人の心を動かした。
結果、レイナードは半年間の試合出場停止と階級の剥奪という処分にまずは纏まった。だが、世間の目が全て好意的というわけではない。レイナードはこれから厳しい目に晒される事になるのは間違い無いだろう。
「私は別にそれくらい平気。何の為に悪者っぽく振る舞って戦ってたと思ってるのよ?」
「悪者っぽく?」
ユウキはレイナードの発言に首を傾げる。
「えぇ分からないの?ほら、乱暴な言葉使ったり、執拗に追い回したり、舌で貌を舐めたり・・」
ユウキの怪訝な貌に、段々とレイナードの声がか細くなっていく。
「あれって《素》なんじゃないの?」
「そんなわけないでしょ!!」
レイナードは絶対に違うと云わんばかりに前のめりに貌を近付ける。その勢いにユウキは思わず仰け反る。
「・・悪かったよ。でも、レイナードの悪者のイメージって変だな」
「そうかな?子供の頃呼んだアメリカンコミックとかだと、あんな感じたった気がするんだけどな」
不満そうに口を尖らせているのを見ると、改めて試合の時とのギャップに吃驚させられる。普通に話せば、年相応の普通の元気な女の子なのだ。レイナード・ディーリングという人物は。
「そうまでして兄貴の為に頑張れるのは凄いと思うよ」
心から思った素直な感想だった。
「ありがとう。お兄ちゃんは私にとって誰よりも大好きな人だから、これくらいは頑張れるよ。でも、最後の方は大分私の独りよがりで色んな人に迷惑掛けちゃったけどね」
「そうかもしれないな」
「こういう時は、「そんな事ないよ」っていう場面だと思うけど?」
「次からは気をつけるよ」
ユウキはそう云って椅子から立ち上がった。レイナードは「本当に次は大丈夫なの?」と何やら疑わしい目をユウキに向けている。
「もう行っちゃうの?」
「これから行くところあるから。また後で会いに来るよ」
「ふーん、そっか」
レイナードが寝ているベッドから離れ、ユウキは医務室から出ようと扉に手を掛けた。
「最後に一つ云わせて、ユウキ」
ユウキはレイナードの声に振り返る。レイナードは満面の笑みを浮かべて云った。
「優勝おめでとう!」
ユウキは照れ臭そうに微笑み返した。自分でも未だ優勝したという実感は湧いていなかった。何故なら、一つだけやり残した事があるからだ。
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