8-10 好敵手達
全身のフレームに罅が入ったように、身体が酷く不安定に思えた。
アイリーンの全力の一撃を軽減するのに、魔力をほぼ使い切ってしまった。魔力は既に底を尽きかけている。
だが、未だ辛うじて身体が動くのは唯一の救いだ。
ユウキは朦朧とする頭を振り払う。
右腕、右脚、左脚、そして、魔核の波動。左腕以外は思うように動かす事が出来る。
―――俺はまだ・・戦える・・・!!
ユウキは壁に埋もれた身体を突き動かす。
―――俺はまだ・・負けていないっ・・・!!
己を鼓舞するように、そして大切なパートナーに伝えるように、ユウキは咆哮する。
「俺はお前に勝ってみせるぞ、アイリーン・キャメロットっ!!」
ユウキは霞む瞳でアイリーンを睨み付け、彼女の苛立ちを鼻で笑うようにほくそ笑んでみせた。
アイリーンはその言葉に、唇を強く噛み締めた。唇の端から体内に流れる怒りの暴動が滲む。
「あの男・・未だあのような減らず口をっ・・・!!」
怒りは頂点に達していた。
満身創痍のユウキ・シングウジに慈悲など与えない。あれ以上の痛みを以て、この闘いに幕を下ろす。アイリーンはロンゴミニアドを逆手に持ち替える。
「開眼する真の名に於いて」
ロンゴミニアドを握った右腕を力の限り引き、左腕をユウキに向かい突き出す。
「万物を貫く魔槍と成し」
両脚を左右にスライドさせるように開いていく。
「眼下の蕃族に裁きの鉄槌を・・・」
アイリーンの背後に光輪のように魔法陣が展開する。魔力が収束するようにロンゴミニアドに集中していきその姿を変貌させていく。本来の槍という形を残しながらも、先端から伸びる刃は螺旋を描き、何者も穿つ至高の槍と化す。
「ロンゴミニアド、モード『モードレッド』!!」
今にも神の裁きが下されるかのような光景だった。
静寂に包まれた会場は、世紀末を知らせる鐘の音さえも遠ざける。
「我が国に伝わる伝説の彼の王は、最期の軍場に於いて、槍を用いてその闘いに終止符を打った」
身体を一つの弓弩とし、ただ敵を撃ち貫く事のみを体現する。アイリーンは瓦礫に埋もれながらももがいているユウキを視界の中心に捉えた。
アイリーンの目が見開かれる。
「はぁあぁああぁぁああああああああ!!!」
全ての禍根を打ち払うが如く叫びをあげたアイリーン。
その投擲はまさに完璧だった。
ロンゴミニアドは寸分違わずに、最速で、一直線にユウキに向かい放たれた。今のユウキではとても避け切れる速さではない。
同時に、今のユウキに受け切れる攻撃でもない。
彼の王が鎧を纏ったモードレットを撃ち貫いた槍の如く、容赦なくユウキの身体を穿つ。
「あんな攻撃パターンもあったなんて・・流石世界第三位だよ」
流星のように降り注ぐ槍を見て、ユウキは素直に感嘆した。伊達に世界の三本の指に入る実力者というわけではない。
彼女の矜持と自信があの槍に全て乗せられている。自分には出来ない誇りある闘い方だと、少しだけ羨ましくも思う。
だが、それが、ユウキが勝てない理由にはならない。
「でもさ、俺だって負けられてないんだよ・・なあ、アイギス?」
「・・はい、その通りです、ユウキ」
ユウキは両手で刀を握っていた。それはアイギスが自分自身で形作った光の剣だ。それは、リンプとの闘いで見せた抜き身の光の刃。
極光剣だ。
しかし、形状が異なる。柄も無ければ刃の境界さえもない。まるで糸を結うかのように光を手中に束ねているのだ。
これが本来の極光剣の姿なのだ。
この土壇場で、漸くユウキは極光剣をものにした。
「ユウキ、私は―――」
「アイギス、今は目の前の敵に集中しよう」
ユウキはアイギスの言葉を振り払うように、剣を握り締める。大きく息を吸い、大きく吐き出しユウキは切り出す。
「アイギスの云いたい事は分かっている。だから、頼むから俺の方から先に云わせてくれ」
「ユウキ・・・」
「こういう時は、男から謝るもんなんだ」
ユウキが照れ臭そうに云うと、アイギスはユウキに悟られないように微笑んだ。
「分かりました。では、この闘いが終わってからゆっくりとお話しましょう。では、先ずは―――」
「「この槍を斬り裂くっ!!」」
ユウキは脚部に魔法陣を展開し、まるで砲弾のように自分の身体を瓦礫の外へと放り出した。しかし、それは槍を避けるためではない。槍に立ち向かうためだ。
「捨て身の攻撃で破れる程安くはないぞ、ユウキ・シングウジ!」
アイリーンは叫ばずにはいられなかった。それは焦りからだったのかもしれない。背中に冷たい汗がじわりと滲み出す。
急激にユウキの魔力が跳ね上がったのだ。それも今までにない上昇幅だ。立ち上がったユウキは、先程の自分の攻撃を受けたユウキとは別人としか思えなかった。
ユウキは只管に槍先の中心のみに斬り掛かるのに集中していた。
「アイギス、行くぞっ!」
「はいっ!」
負ける気がしない。
敗北の影すら霞むように、ユウキの心の中心には温かな光があった。それは身体を通して、こうして目の前の敵を斬り裂く刃と化している。
アイギスが握る剣には自分以外にもう一人の手が重ねられている。その温もりを知っているからこそ、心の淵から力が湧き上がってくると確信している。
―――一人だったらきっとこんな強さを得られなかった。
―――二人だからこそ、この強さを手に入れる事が出来た。
「「だから」」
ユウキとアイギスは振り被った刀を槍に向かって力の限り振り下ろした。
「「絶対に勝つっ!!」」
強大な魔力が拮抗し雷鳴が轟く。会場中に乱反射する魔力光は、フィールドを焼き払い、壁を砕き、防御結界さえも破壊しようと暴れ回る。
アイリーンの目の前で突如魔力爆発が炸裂した。黒煙が上がり、耳を劈く音が空気を震わせる。
しかし、アイリーンの耳に届く音をそれだけはなかった。まるで、黄金に燃える海原のような草原を雄々しく翔る駿馬の如く風を切る音だ。
それは黒煙からアイリーンの遥か頭上に飛び出した。
「そんな・・私のあの一撃を・・・!?」
その時、大切なものが砕けた音がした。
アイリーンは眼球だけを動かし足下に広がるフィールドを見る。そこには真っ二つに裂かれたロンゴミニアドが無惨に打ち捨てられていた。
「モードレッドは最後、槍に身体を貫かれながらも、自身の剣で彼の王の兜を砕き致命傷を与えた・・だったよなっ!!」
「まさか・・!?」
一瞬ロンゴミニアドに気を取られたのは致命的だった。アイリーンの目の前に天高く剣を掲げたユウキが映る。まるで、それは彼の王が愛用した剣と同じ輝きを帯びていた。
「「煌刃一閃!!」」
―――この光はまるで・・
アイリーンは全身に広がる痛みの先に、自分が今でも憧れる彼女の姿を垣間見た。
とても真っ直ぐで、迷いのない瞳。
彼女のように自分も強くなる筈だったのに。どうして、自分はこんなところで敗北するのだろうか。こんな敗北の味は知らない。アシュレイに幾度敗北しても、こんな気持ちは感じなかった。だったら、この胸の中で刺すような痛みは何だろうか。分からない。今の自分には分からない。
何も考えられなかった。
会場から聞こえる歓声が、陽炎のように頭の中をゆらりゆらりと所在無く漂っている。やがて、それは命尽きる蛍のように、静かにアイリーンの意識を奪い去った。
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