8-8 好敵手達

 大会八日目。大会も佳境に入っている。

 準決勝に残っているのは、アシュレイ、ガリウス、ユウキ、そしてアイリーンだ。

 更なる激戦が予想される中、アシュレイは試合開始三分でガリウスを全く寄せ付ける事なく完勝した。アシュレイは力をほぼ温存した状態で決勝戦へと駒を進める。

 そして、準決勝二回戦。

 晴天の空の下、ユウキとアイリーンがバトルフィールドへと登場する。

 ユウキは白銀の甲冑を纏い、腰には準々決勝で使用した日本刀を帯刀している。

 一方、アイリーンはいつもと変わる事なく黄金の鎧を纏っている。左手には自慢の愛機『ロンゴミニアド』。予選から準々決勝まで、アイリーンは全ての敵を五分以内に蹴散らしている。その試合全てがTKO勝ちだ。アシュレイと同様余力を残し闘っていたのは自明の理だ。

 アイリーンと対峙したユウキは、彼女から発せられる鋭利な幾重もの刃のような殺気に晒される。その殺気がどのような感情で向けられているものかは不確かだが、少なくとも好意的なものではない。良い試合をしようと握手の一つでもしようと思っていたユウキからすれば、出鼻を挫かれたと意気消沈せずにはいられない。

『彼女からの異様な殺気・・まるでこれから人殺しをするような眼差し。とても武人とは思えない』

『全くだ。余っ程俺の事が嫌いらしい』

 ユウキが困ったように声を漏らすと、

『彼女の家系は代々女系の血統が強いようです。それ故、女性としてのプライドは人一倍高いのでしょう』

『それは知ってるけどさ。アイギスは同じ女性として直感的にどう思う?今の彼女を見て』

『そうですね・・』

 Aegisは少しだけ考えるように黙り込むと、

『彼女は《己自身》に取り憑かれている・・ように見えます』

『それってどういう意味?』

『己はこうあるべきである。私はこうあらなければならない、といった己自身を肯定する為の一種の精神的な支柱です。彼女の《それ》は今や重い枷となってしまっているのでしょう』

 Aegisは痛切に感じているのだろう。彼女の中にある《想い》を。

『そっか・・まるでちょっと昔の俺みたいだな。弱い自分を否定して、努力出来る事を放棄してるにも関わらず、現実の自分と理想の自分のジレンマで自分自身を追い詰める』

 自身を肯定する事はとても大事だ。しかし、それが過剰となれば、己自身を壊す劇薬となる。熱した鉄を急激に冷やし過ぎれば、簡単に見るも無惨な姿となる。

『でも、今は違います。今のユウキは過去とは決別している。それは一番近くにいた私が誰よりも知っています』

『ありがとう。Aegisにそう云って貰えるのが一番嬉しい』

『私もユウキにそう云って貰えるのが一番嬉しいです』


「ユウキ・シングウジ」


 二人の間に入るように、アイリーンがユウキへと槍の切っ先を向ける。

「貴方が《マグレ》で此処までの試合を勝ち進めたかを、今日此処で私が証明してみせてあげる。世界のトップクラスに立つ私の実力を知り、如何に自分が凡庸で卑小か思い知りなさい」

 咽喉笛に向けられた切っ先は、宣戦布告と見て間違いないだろう。

「そういう事は俺に勝ってから云って欲しいな」

 ユウキは鞘から刀を抜き、同じく切っ先をアイリーンの咽喉笛へと向ける。

「最初から勝負は決まっているのだから、先に云ってしまっても何の問題もないでしょう?」

「そう云う奴に限って、負けた時に半べそかきながら云い訳しまくるんだよな」

「余裕ぶっている輩に限って、いざ叩きのめされると醜い貌を晒すものよね」

 互いに一歩も引かず舌戦を繰り返す。

 そのまま睨みを効かせたまま、刻々と試合開始時間が近付いて来る。二人の異様な雰囲気から会場は凪いだ海のように鎮まり返っている。実況席のコリンも額に脂汗を粒のように溜めながら、軽快なトークを自重している。

 試合開始五秒前、二人は同時に口を開いた。


「打っ潰す!」

「叩きのめす!」


 互いの心中を曝し、いよいよ二人は臨戦態勢に入り構えを取る。アイリーンは両手でロンゴミニアドを握り身体を半身にし正面に構える。一方、ユウキは刀を再び鞘に納め、やや上半身を倒し脚を開くと、抜刀の構えを取る。

 そして、ゴングの音が会場中に響き渡り、準決勝の火蓋が切って落とされた。

 アイリーンは左脚を踏み込むと、

「その首貰い受ける!!」

 容赦なくユウキの首目掛けてロンゴミニアドを突き出す。遠い間合いからの詰めの速さにユウキは驚いた。

「流石、口だけじゃない」

 ユウキは迫る切っ先を抜刀した刃で払い除けると、身体を一回転させ、その勢いのままアイリーンの懐へと飛び込み躊躇無く斬り込む。

「緩いっ!」

 アイリーンは右手でロンゴミニアドをくるりと半回転させると、ユウキの刃をそのまま位置で受け止める。

「まだまだっ!」

 ユウキは右腕を引き、両手で刀を持ち直すと、果敢にアイリーンを攻め立てる。

「この程度っ!」

 アイリーンもそれに全く動じずにユウキから繰り出される剣戟を防ぎ反撃に転じる。ユウキも隙を一切見せる事なく巧みな槍捌きを受けながらも反撃を繰り返す。目にも留まらぬ剣戟の波は風を斬る音と共に、バトルフィールドにその壮絶さを印していく。

 互いに引く事無く剣戟の乱舞が続き、両者は一旦間合いを広く取った。

―――このままでは切りがない・・

 互いに睨みを効かせたまま構えを解く事はしない。二人の額には玉のような汗が溜まっている。苛烈な剣技の冴えはほぼ互角と見て間違い無い。アイリーンは認識を訂正する。

―――素人にしては堂に入った技の冴え・・私の技を悉く捌くとは口だけではないと褒めてあげてもいい。

「でも、それはあくまでも《剣技》の話。《魔術》とは違う」

 アイリーンはロンゴミニアドを右手で持ち替え、切っ先を天に向けると、柄を地面へと叩き付けた。すると、アイリーンの背中に巨大な魔法陣が展開する。

「ロンゴミニアド、モード『雷刃(エレクトリツィテート)』!!」

 アイリーンの魔力が一気に高まると、槍先が左右にスライドするように開き、巨大な黄金の刃が形成される。それは一枚ではなく、更に、中心から拡張するように左右に更に刃が展開される。アイリーン十八番である計三枚の黄金の刃を持つエレクトリツィテートだ。その刃はアシュレイの堅牢な鎧さえ紙のように斬り裂く程の鋭利さを持つ。

―――いよいよ、あちらも本気というわけか・・

 ユウキは剣を正面にし一文字に向けると、魔法陣を展開する。

「弐ノ式『天魔覆滅』!!」

 刃に魔力が収束していき、雷が地面を割るようにして周囲へと発火するように飛び散っていく。『天衣集光』とは比較にならない程の魔力がユウキが握る刀を光で染めていく。その色は地獄の蓋を開けたような、紅黒い紅蓮だ。

『魔力が完全に収束しました。いつでもいけます、ユウキ!!』

「ああ!!」

 ユウキは正眼の構えを取る。

 アイリーンは魔力収束した刃を一瞥すると、

「成る程。こちらの技に対する対抗策という事ね」

 ロンゴミニアドを改めて正面へと構える。ただ相手を斬り裂くだけに特化させた『エレクトリツィテート』を真面に受けるのは不可能である。

―――その意味を今教えてあげる・・!!

 ユウキは刀を頭の上に大きく振り上げると、

「いっけぇええええ!!」

 地面に向かい刀を力一杯振り下ろした。その刃からは紅蓮の炎を纏う魔力収束砲が発射された。収束砲はバトルフィールドを抉るようにしてアイリーンへと向かっていく。

 アイリーンは動じずに冷静にユウキの行動を分析する。

―――この程度の魔力砲、斬り裂く事は造作ない。それに、この遅さ。明らかに布石ね。

「その手は喰わないっ」

 魔力収束砲は一直線にアイリーンを飲み込み、会場内のシールドへと直撃した。が、アイリーンはそれを避けるように空中へと飛び上がっていた。ユウキの次の一手を打破する為だ。

 案の定、ユウキは上空へ舞い上がっていた。

「はぁああ!!」

 打ち上げるようにアイリーンはロンゴミニアドをユウキに向かって振り上げた。ユウキは身体を半回転させ紙一重で避けると、更に空中へと舞い上がる。アイリーンはすかさずユウキを追おうとした。が、両脚が何かに掴まるように動かない。アイリーンが足下を見ると、

「これはあの時の!?」

 小さな魔法陣から何本もの鎖が伸び、アイリーンの脚に雁字搦めに絡まっている。それは更にアイリーンの腕と胴体までもきつく縛り上げる。

「ぐぅっ!?」

 アイリーンは歯を喰いしばりユウキを睨み付ける。

『まんまと彼女はこちらの《誘い》に乗ってきましたね』

「ああ。この好機無駄にはしない」

 ユウキはもう一度天高く刀を振り上げる。


『多重魔法陣展開開始と同時に、標的をアイリーン・キャメロットへ設定』


 アイリーンの全方位を囲うように魔法陣が展開し、魔力収束砲が発射の準備を整える。アイリーンは鎖を引き千切ろうともがく。が、鎖はアイリーンを離さんと更に身体を締め上げる。

―――このままでは・・私は《負ける》。この程度の男に負ける・・そんな事は絶対に許されない!!

「許さないっ!」

 アイリーンが咆哮を上げる。ユウキはその声に聞く耳を持たず合図を送る。


「一斉発射っ!!」


 ユウキが刀を振り下ろし魔力砲を発射するのと同時に、展開している魔法陣からも魔力砲が一斉に発射される。耳を劈くような轟音を上げ、周囲は紅蓮の炎に包まれていった。ユウキの魔力収束砲はバトルフィールドを全土を焼き尽くすように、全てを滅却していく。

 勝負はユウキの一方的な勝利で決したかのように見えた。しかし、炎の中から現れたユウキは歯を喰いしばり苦しそうな表情を浮かべている。

「あの土壇場でとんでもない事をする・・・」

 左の肩口から胸部に掛けて鎧が抉られたように消失している。そこからは血が滲み、左腕は赤黒く染まっている。ユウキはその痛みに肩を抑えている。

『ユウキ、大丈夫ですか?』

 Aegisは心配そうに血が滲む腕を見る。

「何とか・・でも、もうこの試合で左腕は使えない」

 ユウキは少し離れた位置で、正面の敵を見据える。

 息を荒々しく切らしながら、アイリーンはロンゴミニアドを構え、今も尚健在と云わんばかりに此方を睨んでいる。鎖が巻き付いていた部分の鎧は崩れ落ち、既に鎧としての機能は喪失している。アイリーンの掌が焦げるように血に染まっているのが、彼女がユウキの鎖から逃れた代償だろう。

『アレがユウキに攻撃を加えたロンゴミニアドの機能のようです』

 アイリーンは魔力収束砲を受ける瞬間、自身の周囲に防御陣を展開した。その間に、魔力を刃に集中させ、鎖を強引に引き千切ったのだ。防御陣はやがて破壊され、そのまま砲撃は直撃した。が、アイリーンは更なる一手を打っていた。

 遠距離攻撃型の『カノーネ』モードだ。鎖を破壊した後、魔力収束砲の外にロンゴミニアドを脱出させ、遠距離からユウキ目掛けて同じく魔力収束砲を発射したのだ。

 しかし、それだけでない。カノーネに《エレクトリツィテート》の力も付加させていたと見て間違い無い。物理破壊を得意とするその能力が付加された結果、ユウキの鎧は簡単に砕け散り、肉体まで大きなダメージを受けた。


「とんだ失態だわ・・あの技をこんな男に使うつもりはなかったのに・・・」


 歯ぎしりをし、アイリーンは恨めしそうにユウキを睨み付ける目を鋭くさせる。

 鎖を引き千切る為に使用した魔力が思った以上に大きい。加えて、自慢の黄金の鎧も無惨に砕け散っている。自分の無様な姿に、腹の底からマグマのように怒りが込み上げて来る。

 敵は手負いとはいえ、自分の負傷も莫迦に出来るほど安くはない。

―――ここまで私が追い詰められるなんて・・

 アイリーンの中で屈辱と怒りが綯い交ぜにされ、その身を焦がしていく。

 一方、怪我をしているものの、アイリーンとは対照的にユウキは冷静に状況を整理していた。

『左腕は使えないが、未だ魔力は十分に残っている。あちらがかなり消耗しているところを見るとこちらがやや優位と見ていい。Aegis、アイリーンの防御は薄くなっているな?』

『はい。当初の目的は達成しています。ユウキの左腕の負傷以外は全て予定通りです』

『なら、このまま予定通りにいくぞ』

 ユウキは右腕の刀を強く握り締める。

―――あとは極光剣を使って、確実にアイリーンを倒す・・!!

 ユウキが右腕に持っている刀の刃をパージしようとした時だった。

『待ってください、ユウキ。こちらも負傷している以上、距離を取り砲撃主体で攻めるべきです』

 ユウキは突然のAegisの提案に驚いた。

『らしくないな、Aegis?極光剣の力を最大限に発揮するには接近戦じゃなきゃ意味がないじゃないか?極光剣なら昨日打ち合わせした通りに制御すれば―――』

『駄目です!ここは、壱ノ式に切り替えるべきです』

『それじゃアイリーンは倒せない。壱ノ式は本来防御の型だって知ってるだろ?』

『そんな事は知っています!』

 ユウキは戸惑った。いつものAegisとは明らかに違い動揺が感じられる。冷静沈着に物事を進め、合理的に戦局を分析するAegisにしては、とても感情的な反応だった。

 ユウキは困ったようにAegisに問い掛ける。

『じゃあ、どうして?一体どうしたんだよ、Aegis?まるで《君らしく》ないじゃないか?』

 Aegisの心の中でざわりとささめきのように《何か》が身体を震わせた。不明瞭な理解出来ない感覚に、Aegisの頭はミキサーに掻き混ぜられたようにぐちゃぐちゃになっていく。やがて、それは叫びとなり、体外へと放出された。


『《私らしい》って何ですか?私って一体・・なに?』


 自分自身に疑問を持ってしまった。Aegisの中で《何か》が砂上の城のように崩壊していく。それをAegisにはもう止められない。止めるという行為さえ分からなくなっていた。

 Aegisは両手で頭を抱える。

―――私は、ただユウキに傷付いて欲しくなくて・・それはどこから来た感情なの?AIである私が感情を持つなんて有り得ない。これはただの欠陥だ。修正しなければ・・こんな《想い》を所有者に持ってはいけない。ユウキに対してこんな想いなんか・・!!

『おい!Aegis!?』

 突然、ユウキが纏っていた全武装が解かれ、Aegisは待機モードの腕輪に戻ってしまった。

 観客から驚きの声が上がる。ユウキの行為は明らかに自殺行為だったからだ。猛獣の檻の中に何も持たず入るようなものだ。

 アイリーンの額に青筋が走る。

「私をそこまでコケにするとは・・」

 その行為に最も怒りを覚えたのは、アイリーンだった。

―――不味いっ!?

「巫山戯るなぁああああ!!」

 アイリーンはロンゴミニアドをエレクトリツィテートに切り替えると、怒りを剥き出しにしユウキに向かい刃を振り下ろした。ユウキは動揺からその攻撃を避ける事が出来ず、何とか防御陣を正面へと展開する。

「ぐぐぐっ・・!!」

 魔法武器の攻撃を受け切れる程、ユウキの防御陣は強固ではない。まして、今はAegisの補助も受けられない。

「このまま落ちろぉおお!!」

 アイリーンは更に切っ先に魔力を収束させる。ユウキの防御陣は最早限界だった。防御陣は硝子のように砕け散り、ユウキはその勢いのまま防御壁を突き破り、観客席下の壁へと叩き付けられた。

 ユウキの口から血反吐が零れ落ちる。

―――くっそ・・どうしたんだ、Aegis?

「ア・・イギス・・・」

 途切れかける意識の中でユウキは彼女の名を呼んだ。

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