8-4 好敵手達

 準々決勝の滑り出しは実に順調なものだった。

 アシュレイとアイリーンは敵を一切寄せ付けず準決勝へと駒を進めた。余りの呆気無い試合に観客の盛り上がりはいまいちらしい。

 しかし、準々決勝四試合目。観客の注目の視線はやはりユウキとリュウに向けられていた。

 準々決勝までに残っている日本人は二人。ユウキとリュウだけだ。主催国の日本からすれば、共倒れは避けたいところだが、偶然の巡り合わせはどうしようもない。世界ランキング七位のリュウへの注目も大きいが、ユウキの人気も随分と上がっている。小さい身体からはとても想像がつかないパワーは、外国人観光客からは《ジャパニーズニンジャ》と評されている。

 試合会場の全てを覆うようにして広がるバトルフィールドは圧倒的な存在感を示している。

 ドームの天井も開放されており、より三次元的な戦闘が可能になっている。魔法武器の二つあるリミッターも一段階外され、より強力な攻撃が可能となる。その分客席の周囲に展開されているバリアもより頑丈なものに設定されている仕様だ。試合を放映するためのカメラのみが試合会場内で無防備になるが、より迫力のある映像を放送するため数多くがバトルフィールド内を浮遊している。

 解説席のコリンはバトルフィールド内に登場したユウキを見て驚愕した。

「お~~っと!ユウキ選手、鎧を纏っておりません!」

 会場からもどよめきが上がる。

 先にバトルフィールドに登場していたリュウは顎に手を当てにやりと笑う。

「これは一体どういう事でしょうか?前回の試合で見せたモードと違うように見えますが・・」

 ユウキの魔装は中国の民族衣装であるチャンパオに似たものだった。しかし、袖はなく肩から手首に掛けて何かの魔術印が刻まれている。色は鎧と同じ白銀だ。左手には鞘に納まった日本刀。刀というよりも長さを考えると、太刀に近い。

 リュウは自慢の大剣『アスカロン』を肩で担くと、

「俺に対抗するための武器ってよりは、その得物の形が《本命》らしいな?」

 とユウキの意図を見抜く。ユウキはそれを全く隠す事なく、

「そうです・・と云いたいところですけど、ちょっと違いますね」

 と断言する。

「だったら、この試合でお前の《本命》を引き出してやる。あの時の借りをこの試合で返そうとは思っていないからな。覚悟してくれよ」

 リュウは肩で担いでいた大剣を両手で握り直し脇に構える。

 ユウキの目から見ても、リュウは気合いと自信に満ち溢れていた。身体から発せられる魔力は火花が迸るように熱い。

 正々堂々真正面から闘う。その意志がありありと伝わる。

『闘う相手としては申し分ありません。きっと良い勝負が出来ます』

「俺もそう思う」

 ユウキもAegisと同じ事を思っていた。勝っても負けても、後悔のない良い試合が出来る。満足する試合が出来る。そういった相手に巡り会えたのは僥倖だろう。

 ユウキは鞘のまま正面に刀を掲げると、右手で柄を握る。天空に昇るように立てられた刀の唾元に指先で触れる。触れた二本の指が輝き出す。


「壱ノ式『天衣集光』」


 唾元から鞘をなぞるように二本の指をゆっくりと動かしていくと、鞘がまるで繭糸のように解れ、宙に舞い消えていく。抜かれた刃はぼんやりと新雪のように発光している。

 リュウはユウキの刀に収束された魔力を肌でひしひしと感じていた。

―――合点がいった。あの技は魔法武器のリミッターが外れないと使えないって事だ。俺の身体に押し寄せて来るこの威圧感・・久々に腕がなるぜ!!

 握っていた鞘を握る力が一層強くなる。掌に滲む汗は焦りからではない。武者震いからくる猛りだ。


「試合開始!!」


 試合のゴングが鳴り、二人は一斉に前方へと一直線に飛び出した。

 二人は一斉に振り上げた刀を振り下ろす。空気を引き裂くように、刀と刀がぶつかり合う。二人の身体はその威力でバトルフィールドに沈み込む。バトルフィールドに二人を中心に地割れが走り、鏡のように割れていく。

 鍔迫り合いとなった二人はお互いに睨み合うと、

「やるな!」

「そちらこそ!」

 笑みを零していた。まるでこの闘いを待ち望んでいたように。

 二人は鍔迫り合いを同時に切り上げる。しかし、間合いは一切離さず、そのまま斬り合いが始まる。

 リュウは大剣をまるで玩具のように振るう。重さなど一切感じさせない。しかし、刀がぶつかり合う度、ユウキの腕にはその衝撃が超音波のように全身に伝わって来る。刀を振り下ろそうが、薙ぎ払おうが、リュウは一切剣戟のキレが落ちる事はない。魔力で刀の強度と力の底上げをしていなければ、簡単にパワー負けしてしまうだろう。

 ユウキは剣戟の最中、Aegisとの訓練を思い出していた。

―――Aegisの剣技の方がもっと凄かった。この程度っ!

 ユウキは腕だけで刀を振るうのではなく、全身を使い刀を振るう事を心掛ける。刀を振るう上で最も大事なのは、下半身をしっかりと使う事だ。剣は腕で振るうものではない。腰で振るものだ。Aegisからは何度もそう教えられた。

「はぁあああっ!!」

 ユウキの気合いの込められた一撃にリュウの腕が痺れる。

 リュウはユウキの剣技に内心感嘆していた。柔能く剛を制す剣技というのは、これを云うのだろう。小さな身体から想像の付かない力としなやかな技は見惚れる程だ。

―――よほど良い師に鍛えられたと見える。

 基本というのはとても大事だが、あまり楽しいものでもない。勉強でもスポーツでも慣れて来ると基本は蔑ろになってしまうものだ。しかしながら、ユウキからはそれを一切感じない。寧ろ、基本だけしか教えられていない。そんな印象も受ける。基本こそが強者への道だ、とリュウ自身も教えられている。その上で、リュウもこの闘いには負けるわけにはいかない。

「ふんっ!」

 リュウからの渾身の兜割りを受け、ユウキはその威力に僅かに弾き飛ばされる。ユウキの体勢が崩れたのを、リュウは見逃さなかった。

―――勝負だっ!

 短期決戦で勝負を制する。

 リュウは初めからそれを念頭に於いて試合を運んでいた。長引けば、ユウキが隠している技を繰り出す可能性がある。リンプとの試合が良い例だ。それを避ける為には、魔力の配分を考えずに、一気呵成に攻め立てる事こそ勝利への道となる。

「イグニッション!!」

 リュウの周囲に魔法陣が展開する。

 と同時に、アスカロンに一気に魔力が収束していく。刃の周囲の空気が歪曲していき、陽炎のように揺れ始める。リュウが最も得意とする技が繰り出されるのだ。刀身を中心とし重力場を発生させ、それを敵に叩き付ける。文字通り、斬るのではなく、敵を叩き潰す技だ。

 ユウキは体勢を整える事を放棄し、魔法陣を両腕と両脚に展開させる。

『Aegis、陣の制御を頼む!!』

『任せて下さい!』

 ユウキは《敢えて》避ける事をしなかった。

 脚部に展開した魔法陣からはアンカーのように何本もの楔が伸び、地面へと突き刺さる。リュウの攻撃を《受ける》ために、自分自身をフィールドに固定したのだ。

 リュウは既に斬り込める間合いに入っている。かといって、受けるという選択肢はどう考えても悪手に見える。刀を振り被ったリュウでさえそう考えた。

―――勇気と無謀は違うぞ、ユウキ・シングウジ!!


「しずめぇええええええええええええっ!!」


 リュウがアスカロンを全身全霊を込めて振り下ろした瞬間、その瞳にはユウキの不敵な笑みが映り込んだ。

 強大な魔力の衝突は耳を劈く爆音と共にフィールドを包んでいった。黒煙がフィールド内を覆い、二人の姿は一切見えない。撮影用の小型カメラも砂嵐になり殆どが破壊されてしまったようだ。会場がその黒煙に視線を集める。

 突然、黒々と漂う爆煙の中から影が飛び出す。

 出て来たのは、リュウだ。

 リュウの魔装は上半身が焦げ落ち、肌が露出している。自慢のアスカロンの刀身は砕け、半分より上は跡形も無い。苦悶の表情を浮かべフィールドへと膝をつくと、

「はぁ・・はぁ・・何て無茶をしやがる・・・」

 笑いながら正面を見据える。煙が少しずつ晴れていくと、その中にはユウキがフィールドに刀を刺し、それを支えにしながら立っている。リュウと同様に、魔装は剥がれ落ち、上半身は裸同然だ。ユウキもリュウと同様に笑っている。

 そこで、一ラウンド目終了のゴングが鳴った。

 両者はインターバルのためにフィールドから下がる。ユウキが最後に立っていたフィールドの中心は、爆心地のように抉れ黒々と染まっていた。

 リュウは肉体の回復を図る為、立て膝を付き座り込んだ。

―――アイツ・・とんでもない真似をする・・・

 リュウはあの瞬間を振り返る。

 リュウが渾身の力を込めてアスカロンを振り下ろした瞬間、ユウキは刀で受けるという行為をしなかった。それどころか、アスカロンに向かい、刀を一文字に薙ぎ払ったのだ。腕に展開した魔法陣は防御陣などではなかった。攻撃を強化するためのブースターだ。身体をフィールドへと固定したのも、その威力を逃がさない為だったのだ。

 リュウは身震いする。ユウキも自分と同様に短期決戦を狙っていた事に。

 一方、ユウキは作戦通りに事が進み安堵していた。

「何とかAegisのお陰であの攻撃を相殺できた。ありがと」

『いえ。ユウキが刀身へと収束した魔力の精度が彼に勝ったのです。それよりも』

「ああ。ここからが本当の勝負だ」

 ユウキは肩をぐるりと廻しリュウを見据える。

『果たして彼は私達の《案》に乗って来るでしょうか?』

「ああ。あの性格を考えれば必ず乗って来る」

 両者は窪んだ中心の手前で向かい合う。

 二ラウンド開始のゴングが鳴り、試合が再開された。

 と同時に、ユウキは握っていた刀を地面へと突き刺した。思いも寄らぬ行動に、リュウは動きをぴたりと止めた。

「どういうつもりだ、ユウキ?」

 リュウが訝し気に質問すると、ユウキは小さく肩を竦めた。

「お互いに魔力はほとんど残っていない。何故なら、さっきの攻撃で決めるつもりだったから。リュウさんの魔力ももうすっからかんでしょ?」

 ユウキの云う通りだった。握っていたアスカロンには殆ど魔力を通していない。今の状態は普通の武器にさえ劣るだろう。

「・・だったら何だと云うんだ?」

「単純な話です。《これ》で決着を付けましょう」

 ユウキは拳をリュウの方へと突き出した。

「魔力無しのただの殴り合い」

 リュウはユウキの発言を聞いて暫くはっとしたまま動かなかった。だが、突然アスカロンを放り投げ片手で頭を抱え大声で笑い出した。

「本当に面白いな、お前は?」

「そうですか?」

「ああ。魔力と魔術を行使して闘うマジックファイトで、魔力を使わないなんて前代未聞だろうよ。――――だが、面白い。その話乗ってやる」

 リュウは笑い声を漸く収めると、窪んだ中心へと歩いていく。ユウキも同様にその場所へと向かい、お互いに向かい合う。

「ルールは?」

 リュウがユウキに尋ねると、

「先にぶっ倒れた方が負け。魔力を使っても負け。使用するのは己の肉体のみ」

 ユウキは正面に拳を再び突き出した。

「わかった。勝っても負けてもお互いに恨みっこ無しだ」

 リュウは祝杯を上げるようにユウキの拳に自身の拳を当てた。

 それが勝負開始の合図となった。

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