8-2 好敵手達

 ユウキは一人、会場近くの海岸線をぶらぶらと散歩していた。

 沿岸整備が進んだ砂地はまっさらで、足裏に心地良い感触が伝わってくる。立っているだけでじっとりと額に汗が滲むほどの陽気ではあるが、潮風は身体の火照りには心地良かった。海岸線を覆うように針葉樹が植えられている所為か、点々と斑模様に日陰が広がっている。

 歩いていると、カップルや家族連れが楽しそうに波打ち際で遊んでいるのが目に付く。遊泳禁止の区域ではあるが、裸足になっての水遊びくらいは許可されているのだろう。

 ユウキは丁度日陰になっている場所を見付けると、木に寄り掛かるようにして腰を下ろした。正面には何処までも続く蒼い海が広がっている。ここ数年で見るに耐えなかった海も随分と綺麗になった。技術の発展と一言で云えば簡単であるが、広大な海を美しいものに帰すというのは、想像を絶する長い苦悩があったに違いない。

「明日は準々決勝か・・」

 小難しい事を考えていれば、気が紛れるとも思ったが、ふと立ち止まると試合の事ばかりが頭の中に浮かんでしまう。折角の余暇の時間くらいはと思ったが、やはり駄目だった。

 次の対戦相手は、世界ランキング七位のリュウ・ミナカミだ。

 使用する魔法武器は『アスカロン』。近接専用に特化した魔法武器で『シュヴェーアトモード』のみの仕様しか持たない特殊な武器だ。大型の大剣のような形状で、斬るというよりは圧砕する事に長ける。魔力を集中すればする程刀身が強化されるというのが最大の特徴だ。

 昨日一晩過去の試合を見ていて分かった情報はこれだけだ。

 リュウの戦法は非常にシンプルで、基本に忠実だ。剣士としての闘いをとことん突き詰めて、それのみに特化する。ユウキは彼の闘いにそういった印象を持った。

 しかし、それこそが彼の強さなのだ。

 何者もねじ伏せる強大なパワー。彼に敗北した選手は悉くその力に屈している。逆に、彼に勝利した選手は、彼の力を正面から受ける事なく、《去なす》という戦法を取っていた。参考になったのは、世界ランキング三位のアイリーン・キャメロットが取っていた戦法だ。正面から挑みながらも、柳のようにリュウの攻撃を去なしカウンターを決めていった。その闘いは可憐に舞う蝶の如くだと絶賛されていたが、それは云い得て妙だろう。

 同じ戦法を取るべきなのだろう、ともユウキは考えた。

 が、ユウキはそれを良しとしたくなかった。男としての、否、マジックファイターとしての意地なのかもしれない。逃げたくないという、子供染みた莫迦な意地だ。勝ちを優先するのであれば、絶対に取るべきではない。

 それでもそれは甘い蜜のように甘美な香りを漂わせる。

 ユウキは体育座りしている膝に貌を埋め目を瞑る。


「・・・なあ、Aegis」

 Aegisは背の高い草を風が撫でるような草原に立っている。

「何でしょう、ユウキ?」

 振り返った彼女は真っ新な白いブラウスと紫陽花色のロングスカートを履いている。腰まである長い髪が風と一緒に踊るようになびいている。

「ちょっと話してもいいかな?」

「勿論です」

 ユウキとAegisは隣同士になりその場に腰掛けた。草と土の香りが風と共に舞い上がる。ユウキはAegisを見ると、

「Aegisの私服も大分見慣れた気がするよ」

「そうですか?」

 戦闘訓練以外でAegisと会う機会が、ここ最近になって増えてきている。勿論、訓練の反省や説教も多くあるが、何気ない会話をする事も増えているのだ。

「色々と服装は試しましたが、やはりこういった動き易くてリラックス出来る格好が一番です」

「そうかな。俺はどの格好も似合ってたと思うけど」

「一応褒め言葉として受け取ってあげましょう」

「ありがと」

 風が空に舞い上がるように吹き抜けていった。その風はまるでユウキの進む先を示すように蒼穹へと昇っていく。

 ユウキは腰を上げAegisの正面に座る直すと、

「俺は正面から小細工無しでリュウに挑みたい」

 Aegisの深い藍色の瞳が小さく漣を立てる。

「《敢えて》勝ちを優先しないという事ですか?」

 ユウキは小さく首を横に振る。

「正面からぶつかった上で、リュウに勝つ。力でも負けるつもりは無い」

「私の意見に左右されたわけではない・・のですね?」

「ああ」

 腹はもう決まった。ユウキの真剣な表情からAegisはその意志を読み取った。

「分かりました。私はユウキの意志を尊重します」

 Aegisはユウキが握り締めた拳にそっと掌を重ねた。

「私とユウキであれば絶対に勝てます。私はそう信じています」

 機械とは思えない陽だまりのような温もりだった。ユウキはその掌を握り返し、

「俺も信じてる。絶対勝てるって」

「はい」

 二人は手を重ねた。ユウキは視線を外し貌を赤らめると、

「なんかAegisといると落ち着くというか、安心するというか・・」

 しどろもどろになりながら何かを取り繕うとする。しかし、上手く言葉が見当たらない。

「私も・・同じ気持ちです」

 Aegisは一音一音をユウキに伝えるように呟いた。

「言葉で表現出来ないのがとてももどかしい。でも、きっとこの気持ちは貴方と同じです」

「Aegis・・」

 二人の鼓動の高鳴りと共に、再び風が空高く舞い上がった。

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