7-3 快進撃

 大会四日目。

 試合は観客の期待する通りに進行していた。

 残っている三人の世界ランカーは四回戦を難なく通過し、それ以外の出場選手も階級や実績が勝る者が勝利を収めていった。

 四回戦の対戦カードで最も注目されていたのは、ユウキとリンプの試合だ。

 ユウキは初出場で格上相手を一ラウンドで下し、その力の全ては今尚明かされていないと噂されている。一方、リンプは三回戦で世界ランキング九位のガゼットを破る快挙を成し遂げた。両者の力は未知数。観客の期待は益々高まっている。

 四回戦からはバトルフィールドが拡張され、場外という枠が無くなっている。より試合を観客に楽しんでもらうための措置であるが、選手達からすれば、場外がなくなる事で勝利条件が厳しくなっているのだ。相手を何とかして場外に出し十カウントを取ろうとする戦法は取れず、相手がノックダウンするかギブアップするか、どちらかしか勝利する方法はない。云うなれば、四回戦からは白黒をはっきりつける勝負になっていく。

 ユウキとリンプは既にバトルフィールドに登場している。選手ゲートを通りフィールドへ登場した際には、二人に惜しみない声援が送られた。

 しかし、二人はそれに応える事なく、張り詰めた糸のような緊迫した雰囲気を醸し出している。

 ユウキは最初から鎧を纏い騎士のスタイルで試合の時を待っていた。腰にさげられた鞘から伸びる剣の柄を掌で撫でながら、正面で微動だにせず立っているリンプを見る。

 リンプの全身を外套のように覆っている魔法武器『アジ・ダハーカ』は、会場のライトが反射し放射状に伸びるシルエットを鈍く照らし出す。ユウキから見ると、貌と足先しか見えずまるで殻に籠っている昆虫のようだ。魔法陣を巧妙に隠す戦法はあの姿であるから可能という部分もあるのだろう。カモフラージュに使っている事は間違い無い。

 リンプは横目で実況席に座っているマリクを見上げた。相変わらずの身形と余裕のある佇まいは一年前に会った時と変わらない。あれ以来彼とは全く会う事はなかったが、彼のお陰で此処に自分が立っている事を再認識させられる。一瞬、ラルフと目が合うと、彼は少しだけ口角を上げた気がした。


 試合開始十秒前。


 ユウキは柄を握り抜刀の構えを取る。Aegisはユウキと共に構えを取る。

『ユウキ、打ち合わせ通り、最初から攻めていきますよ』

『ああ、分かってる』


 試合開始五秒前。

 

 リンプはユウキに対する魔法陣の配置パターンを定める。格闘タイプと騎士タイプの両方を想定していた組み合わせに死角は無い。しかしながら、リンプはユウキとの試合がガゼットとの試合よりも苦戦すると予感していた。正面で構えているユウキからは肌を針で刺すような覇気が漂ってきている。とても最下級のマジックファイターとは思えない。

———僕の戦法は変らない。確実に仕留める。


 試合開始のゴングがなり、両者は一斉に動いた。

 リンプがゴングと同時にフィールド後方へと後退し、蜘蛛の巣のように何十という魔法陣をバトルフィールド内に展開した。観客には何も見えず二人が《ただ動き出した》ようにしか見えないだろう。

 ユウキはリンプに向かって走り出しながら、リンプの攻撃パターンを瞬時に分析する。

———案の定、ガゼットの試合と同じパターンだ!

 ガゼットはリンプの術に気付かず、その地雷原の中を駆け回り、結果四肢を捥がれ敗北した。。

 しかし、対策を施してきたユウキは違う。

 ユウキは展開された魔法陣の位置を計算していく。これはAegisの補助あっての事だが、ユウキの鍛え上げた動体視力があってこその芸当だ。その魔法陣の一つ一つに、まるで戦闘機の照準器のようにロックオンする。Aegisは的確にリンプの魔法陣を全て把握すると、

『誤差修正。全ての魔法陣の座標確認。ユウキ、いつでもいけます』

 ユウキは足を止め鞘に手を掛けると、体勢を低く保つ。いつでも一直線にリンプに斬り掛かれる構えだ。ユウキの周囲に複数の魔法陣が展開し、数十という魔力弾が蛍のように漂い始める。

 リンプはユウキの攻撃に身構える。

―――僕の能力を警戒して遠距離から攻める気か・・?

 リンプは隠れた腕の指先を一本一本ピアノを奏でるように動かしてゆく。その動きに連動し、魔法陣が少しずつユウキとの距離を詰めていく。リンプが得意とする『影術(シャッテン)』は魔法陣を限り無く不過視にし配置するだけではない。その一つ一つを人形遣いのように自由自在に操れるのだ。いくらリンプとの距離を広げようが、その行為は徒労で終わる。警戒をする事自体が既にリンプの術中に嵌まっている証拠なのだ。

―――仮にあの魔力弾がフェイクだとしても、僕のシャッテン達が彼に到達する方が速い!

 ユウキは魔力弾を自身の周囲に配置し終えると、

『ユウキ、貴方の勘は的中しましたね。彼は魔法陣の位置を移動させ、徐々に私達の距離を詰めています』

『そうみたいだな。向こうもこちらの攻撃を警戒している』

『警戒して貰わねば困ります。それこそこちらの《狙い》なのですから』

 ユウキは更に体勢を低くし、

『仕掛けるぞ』

 足下に脚力補助の魔法陣を展開する。

 リンプはそれを見逃さなかった。

―――間合いを一気に詰める気か!?だが・・させない!!

 リンプは全ての指先に命令を伝える。『シャッテン達よ、敵に襲い掛かれ』と。リンプの命令を忠実に守るシャッテン達は磁石のようにユウキに吸い寄せられていく。

 この瞬間、ユウキとAegisはリンプの読みを勝った。

『魔力弾、全方位に一斉発射!!』

 Aegisの命令と同時に、シャッテン達に向かい魔力弾が発射されていく。花火が散るように、ユウキの周囲に魔力光が火花を散らす。

―――最初から狙いはシャッテン達か・・!?

 リンプはユウキの魔力弾から逃れようと、蜘蛛の子を散らすようにシャッテン達を逃がそうとする。しかし、Aegisの双眸はそれを一切見逃さない。

『既に貴方の魔法陣達は私達の手中にあります。一つたりとも逃がしません』

 ユウキとAegisが精製した魔力弾は自動追尾型の誘導弾だ。一度狙いを標的に定めれば、命中するまで永遠に追い続ける。繊細な命令を内包した魔力弾というのは、精製に時間を要する。リンプは決して己から先手を打つタイプのファイターではない。蜘蛛の巣に無防備にひらりひらりと飛んで来る蝶をじっと待つのが彼のスタイルだ。それが仇と成った。

 精密な命中精度を誇る魔力弾を精製するには十分過ぎる程の時間をユウキは貰ったのだ。

 観客から見れば、殆ど動かない選手達の周囲で魔力が次々と爆裂していくようにしか見えない。リンプの影術を見切っている者以外は、激しい攻防が両者の間で行われている事すら分からないだろう。

 リンプは奥歯を噛み悔しがりながらも、ユウキの精密な射撃に心中では感嘆していた。余程の鍛錬をしない限り、これほどの精密な魔力弾はあの短時間で精製する事は出来ない。縦横無尽に空を翔る鳥を、同時に何羽も猟銃で撃ち落とすような芸当だ。

———敵ながら見事だ・・

 やがて、最後のシャッテンが撃ち貫かれた。

 バトルフィールドは魔力同士の激しいぶつかり合いで、白煙に覆われている。しかし、ユウキとリンプには何の影響もない。魔力を探知する上で、視界など不要だ。

 リンプはもう一度影術を発動するため魔法陣を展開しようとした。が、急速に接近する反応を感知し、防御に専念する事を即座に選択し透かさず防御陣を展開する。。

「はぁああああ!!」

 ユウキの抜刀からの強烈な一撃に、リンプのアジ・ダハーカは容赦なく斬り裂かれる。ユウキの攻撃はそれで終わらない。踏み込んだ足がフィールドに地割れを生み、更に追い打ちを掛ける。踏み込んだ脚を軸に器用に身体を回転させると、更にもう一撃剣戟を加える。

「くうっ・・!」

 リンプはその攻撃に耐えきれないと判断すると、空中に飛び上がり宙へと舞った。アジ・ダハーカの半分は先程の二連撃で正面部分には巨大な斬り傷が刻まれていた。まるで、猛獣の爪に斬り裂かれた痕のようだ。

―――防御陣を紙のように破り斬り裂く剣・・あれを真面に喰らえば不味い・・

 リンプは自身が防御型の魔術師である事を自覚している。それを破る攻撃力がユウキにあるという事は、戦局は防御に徹すれば徹する程不利になっていく。


「あれで終わらせるつもりはないぜ?」


 リンプが思考を巡らせていると、いつの間にかユウキがリンプの更に上空へと上昇していた。ユウキは既に剣を振り被っている。

 その攻撃は確実に命中する。リンプは覚悟した。

―――仕方無い。《これ》は使いたくなかったが・・

 リンプは身体を捻ると、右腕部を盾のように展開する。

 しかし、ユウキの斬撃の威力は想定以上のものだった。その威力にリンプは耐えられず、身体は急降下し始める。と同時に、リンプは歯を喰いしばり右腕部を一斉にパージした。白煙が上がり、リンプの右半身は完全に露出する。パージした右腕部はミサイルのようにユウキの剣を阻む。

———こんな使い方も出来るのかよ!?

 ユウキはその目眩しで一瞬リンプと距離を空けてしまった。が、死に体となっているリンプを追撃するこの好機を逃すわけにはいかない。

 ユウキはバラバラに斬り裂いた鎧の隙間からリンプを見定めると、

「このまま斬り裂くっ、Aegis!」

『モード『白銀騎士(リッター・デ・セイヴァズ)』』

 その声と同時に、ユウキの身体から鎧が消え去った。ユウキの肩部から背部に掛けて光の羽根が広がり更に加速する。光の翼が剣に収束していき、その力は頂点へと達する。

 ユウキはリンプへと再び間合いを詰めた。

 リンプはその莫大な魔力量に恐怖を覚えた。しかし、リンプにも負けられない理由がある。己の中で熱く燃える激情を抑える事が出来なかった。

―――こんな攻撃を未だ・・でも、僕だって・・・

「負けられないんだぁあああああ!!」

「煌刃一閃!!」

 二人が再び接触した瞬間、耳を劈く爆裂音が会場を包んだ。

 観客席を守る為に展開している防御結界がぎりぎりと軋み、空気は膨張するように轟音を上げる。空中で二人が接触した地点は雷雲のように黒煙が滞留している。

 観客からは歓声と同時に二人を心配する悲鳴が上がる。

 実況席のコリンが席を矢のように立ち上がると、

「凄い凄いすごぉおおおおおおおおおぉい!!これは世界ランキング上位者同士の闘いといっても一切遜色ございません!そうですよね、マリクさん!?」

 興奮気味なコリンに対して、マリクは至極冷静だった。

「そうですね。二人とも実力的には仰る通りのようです。しかしながら、先程の攻防で両者かなりのダメージを受けたようですね」

 会場に表示されているライフポイントは二人とも半分以下になっている。

「そのようですね。だが、マジックポイントではユウキ選手の方が余力を残しているようですね。リンプ選手はそれほど大技を繰り出したようには見えませんが・・?」

「いいえ。彼は既に《二度》大技を繰り出しています。一度目は試合開始直後、そして二度目は先程の攻防の際です」

「なるほど~素人目に全く分かりませんでしたが・・先程の攻防で一ラウンドが終了しております。二分間のインターバルの末、二ラウンド目開始ですっ!」

 実況が盛り上がる中、ユウキはフィールドに着地していた。『白銀騎士(リッター・デ・セイヴァズ)』モードは崩さず、同じく着地しているリンプに対して構えは崩さない。が、ユウキは自身の身体の異変に戸惑っていた。

―――右腕の感覚が全くない・・

 左手で剣を握りながら、右腕の感覚を必至に探る。しかし、まるで初めから身体に右腕など無かったかのように痛みも熱も感じない。

 右腕を見ると、不思議な幾何学文字が右腕にびっしりと刻まれている。原因は十中八九これで間違い無い。そして、これをやってのけたのは目の前のリンプだ。

―――彼の様子を見ると、『呪術(フルーフ)』は効いているみたいだな・・

 リンプは額から流れる血を掌で拭いながら、狙い通りの攻撃に少しだけ安堵した。アジ・ダハーカは既に半壊している。身体のダメージも大きい。だが、リンプの背後に控える《砲台》は無事だ。ユウキが騎士として片腕を使用出来ない事は大きなデメリットとなる。

―――彼の勝負手は封じた・・後は、こちらの《とっておき》をぶつければ確実に勝てる・・!

 リンプの背後に備えている三つ首の砲台は三つを同時に使用する事で初めて最大の効果を発揮する。それはそれぞれ異なる波長と属性を含む魔力砲を発射する事が出来る。いくらユウキが魔力の対抗策を持ち合わせていようと、同時に異なる属性の魔力は受け切れる筈はない。

———二ラウンド開始直後。それが君の敗北の時だ、ユウキ・シングウジ!!

 リンプはもう一度子供達の貌を思い浮かべる。自分が勝てば、その分だけ彼等は喜んでくれる。楽しんでくれる。

―――僕は絶対に勝つ!!

 リンプは心の中で勝利への執念を燃やす。

 一方、Aigiisは現状のユウキの状態を分析していた。

『やはりこの現象は呪いの類ですね。使用者が解くか気絶するか、若しくは死亡するかしなければ解呪は不可能です』

 ユウキはAegisの物騒な発言に肝を冷やす。

『敵ながら、カウンターで呪詛を使用するとは思わなかったよ』

『彼は前時代の魔術師に近しいのでしょう。近年のマジックファイターには珍しいタイプです』

 Aegisが云うように近年の魔術に於いて、呪詛の類は好まれない。多くぼ呪詛の類の術が禁止されているというのもあるが、頓にマジックファイトでは卑怯だと非難の対象にされ易い魔術だからだ。マジックファイターとしての力を堂々と競い合うという点に於いては、呪詛は最も嫌悪される存在なのだ。

『とはいえ、片手じゃ全力で剣を振り抜けない』

 振り被るまでは片手でも可能だ。しかし、振り下ろす際にも薙ぎ払う際にも、右腕はその威力を《極める》役割を果たす。左腕が支点だとすれば、右腕は力点だ。二つが重なって初めて本来の威力を叩き出す事が出来る。ユウキの扱っている剣はそもそも片手で扱う想定もしていない。

『・・仕方ありませんね。『極光剣(シュトラール)』の使用を許可します。威力は私が制御しますので、ユウキは《必ず》一撃で決めてください』

『やっぱその手しかないか?』

『はい。現状で打てる最善の策です。未完成のものを公衆の面前で披露するのは、些か不本意ではありますが』

『了解。制御は全部Aegisに預ける』

『任せてください、ユウキ』


 試合再開十秒前。


 ユウキは深く息を吸い、ゆっくりと時間を掛けて吐き出していく。リンプを見据え、照準を一点に定める。狙うのは、完全に露出している身体の右半身だ。


 試合開始一秒前。


 ユウキは剣を正面に構える。

「シュベートモードチェンジ。モード『極光剣(シュトラール)』」

 ユウキの背中に巨大な魔法陣が展開する。その瞬間、剣の刃が地面に向かって突き刺さった。

―――何か来る!?

 試合開始と同時に、リンプは魔法陣を展開する。

「モード『神罰(シュトラーフェ)』」

 背中に控えていた三頭の龍が目覚める。まるで勝利の咆哮を上げるように首を伸ばすと、大きな口を開けリンプの正面へと躍り出る。更に、リンプの身体を支えるため、龍の爪がアンカーのようにフィールドへと突き刺さる。リンプは完全に敵を殲滅するための砲台と化した。ガゼット戦で使用した一頭だけではない。三頭全てが敵を丸呑みにしようと荒々しく動いている。

 一方、ユウキは柄だけとなった剣を当然のように構える。刃が無くなった剣など剣たりえない。鈍らとも呼べない。だが、ユウキとAegisには敵を圧倒する《刃》が見えている。

「行くぞ、Aegis!」

『はい!』

 ユウキは脚部に貯めた魔力を一気に開放しフィールドを蹴り上げると、低空飛行でフィールドを滑空した。その速さは試合開始の時は比較にならない程の速度だ。リンプですら見切れる速さではない。

―――あちらもここで勝負をつけるつもりだ・・!

 ここで勝負を決めるしかない。リンプはユウキが一直線に向かって来る方向にのみ照準を定めた。

「神罰(シュトラーフェ)発射ぁあああ!!」

 リンプは咆哮と共に命令を下した。

 龍の口は空気を引き裂くような金切り声を上げ、魔力砲を発射する。魔力砲は易々とフィールドを抉りながら進んでいく。その方向にはユウキの姿がある。フィールドの三分の一を埋め尽くす威力は、ユウキといえども直撃すれば確実に敗北する。リンプにはその自信があった。

―――絶対に避け切れない・・彼がどんなに魔力の操作に長けていようと、数秒では不可能だ!

 目の前に広がる己の魔力砲が勝利を齎す光だ。ユウキからの魔力反応は一直線に己の魔力砲へと向かって来ている。それは間違い無い。自身の探知能力を搔い潜れる筈はない。


 リンプは勝利を確信した。


 その時、一筋の光がリンプの視界に映り込んだ。それはリンプの魔力光ではない。新雪のように無垢な白銀の魔力光だ。

———莫迦な・・!? 

 ユウキだ。

 ユウキがリンプの懐へと飛び込んで来ている。

 ユウキはリンプの右半身に刃の無くなった柄を突き立てた。リンプは寒気を感じ咄嗟に状態を捻ろうと動いた。しかし、ユウキは既に照準を定めている。


「『極光剣(シュトラール)』開放っ!」


 ユウキから伸びた左腕から閃光が瞬いた。その瞬間、リンプの全身を鷲掴みにするように、力の奔流が濁流のように押し寄せた。


「がぁあああっぁっぁぁあああああああああ!?」


 リンプは悶え苦しむように悲鳴を上げると、その場に落ちるように倒れ込んだ。展開した三頭の龍は須佐能の太刀に断たれた八岐大蛇のようにフィールドに頭を叩き付ける。

 倒れたリンプは全身が痙攣して指一本たりとも動かせなかった。

―――僕は・・負けられないんだ・・・!!

 気持ちだけは未だ折れていない。だが、身体が全く云う事を聞いてくれない。それどころか、頭の中が朦朧としてきて意識が飛びそうになっている。

 ダウンカウントが刻まれる度に、自分の敗北が死神のように近付いて来る。その鎌を振り切る力はもう自分にはない。リンプは成す術も無くそれを享受するしかなかった。


「十カウント~!!勝者ユウキ選手です!」


 実況が告げるコールも、観客の歓声も、リンプにとってはただの雑音にしか聞こえない。自分は負けた。そう思うだけで、子供達の笑顔が消えていく気がした。

 ユウキは、虚ろな目で天井を見上げるリンプを見ると、焦るようにAegisに確認する。

『おい、Aegis!本当に威力を抑えたのかよ?』

『勿論です。あれで出力三十%です。実戦での使用は初めてでしたが、やはり威力が高過ぎるようですね。ですが、命に別状はありません』

『そういう問題じゃないだよ・・』

 ユウキは鞘に剣を納めると、リンプの傍らにしゃがみ込む。

「おい、大丈夫か!?」

 心配するように声を掛けると、リンプは辛うじて口を開く。

「僕は負けたのか・・僕に負けは許されないというのに・・・」

 擦れた声で悲し気に吐き捨てた。

「どういう意味だ?」

 ユウキの問いにリンプは全てを打ちまける。

「僕の所属している施設は、戦争孤児や親に捨てられた子供達を集めたNMAが運営するマジックファイター候補の養成所でね。僕以外は皆小さな子供ばかりで、大会で思うような成果を残せていない。世界に点在する養成所全てに資金は潤沢に渡らない。この意味が分かるかい?君みたいに裕福な国にいる奴には分からないだろさ」

 リンプは自虐的に笑いながら続ける。

「僕が成果を残せば、その分施設は潤う。そうすれば、子供達は安心して練習に励みマジックファイターとなれるんだ。この大会は僕にとって、やっと巡って来たチャンスだった。世界に名を売るね。でも、それも終わりだ。僕は君に負けたのだから・・」

 温かいものが瞳から零れ落ち、耳元へと伝っていく。悔しいからか、それとも情けないからか。リンプは流れる涙を止める事が出来なかった。

 ユウキはリンプの言葉を聞いて暫く考えていると、漸く口を開いた。

「君が何を背負ってこの闘いに望んだか、俺は全部を知らない。でもさ、この歓声を聞いても、君が大事にしている子供達は悲しいと思うかな?」

 ユウキは左腕をリンプの背中に通し器用にリンプの上半身を持ち上げる。

「どういうつもりだ!?」

「だから、よく目を見開いて、耳搔っ穿じって聞いてみろって云っての。勝った俺が云うのもなんだけどさ、この歓声は俺達にとって平等だと思わないか?」

 リンプは笑いかけるユウキにはっとし、もう一度周囲に目を向けてみた。

 世界を彩るような拍手の波と、惜しみない声援が会場全体を包み込んでいる。今になって漸く見えてきた光景と聞こえてきた喝采に、リンプは自分の胸の奥がぐっと熱くなる。

「誰かの為に闘うのも大事だけどさ、自分の為に闘うのも大事だと思うんだ」

 ユウキはリンプの背中をぐいっと押し上げる。

「俺は君とまた闘いたい。今日凄く楽しかったからさ」

 楽しい。

 リンプはそんな事を思った事はなかった。いや、思わないようにしていたのかもしれない。楽しく思う事自体が、甘えだと思っていた。それは弱さに繋がると思っていた。だが、それは違っていた。どんな戦略や戦術を以て敵を倒すか。それを考えている時の自分を偽る事は出来ない。

―――僕は子供達の為と云って、それすらも自分の枷としていた。子供達が一生懸命練習をして、いつか一流のマジックファイターになると楽しそうに話す姿を忘れていたのかもしれない。僕自身が楽しさを忘れては彼等に見本を見せられないというのに・・・

「・・とても悔しいけれど、僕も楽しかったよ」

 リンプはそう呟くと、ユウキに聞こえるように呪文を唱えた。それは解呪の詠唱だった。ユウキの右腕に掛けられた呪詛はすっかり消え去った。

「また闘おう・・ユウキ・シングウジ」

 リンプは震える掌をユウキに向かい差し出した。

「ああ」

 ユウキがリンプの手を握り締めると、リンプは満足そうな笑みを浮かべて眠りについた。

 暫くの間、会場からの惜しみない拍手と歓声は止む事は無かった。

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