7-1 快進撃

 ユウキは三回戦を難なく勝利した。僅か一分二十八秒のKO勝ちにAegisも納得とお褒めの言葉まで戴いている。

 ユウキは試合後、控え室に戻る事無く会場内の観客席で試合を見学するつもりでいた。

 選手とその関係者、そしてコーチ陣には試合見学用の特別席が与えられている。ユウキはミリアルドとセルフィと共に、次に対戦する相手の試合を観るつもりだったのだ。

 対戦カードは以下の二名。

 三回戦シードの本命の内の一人、世界ランキング第九位のフランス代表、ガゼット・シュロン。スピードを重視した試合運びを得意とする二刀流の使い手だ。今期の大会でランキング上位を虎視眈々と狙っていると専らの噂らしい。

 かたやガゼットと対戦するのは、インド代表のリンプ・クリード。今回代表選手として初めて世界大会に出場する選手だ。インド国内では、ここ半年で知名度を上げており、今大会の出場も大抜擢という事らしい。

 対戦の前評判では、ガゼットの勝利は確実と云われている。リンプは一回戦、二回戦と最終第四ラウンドまで縺れ込み辛くも勝利している。それを鑑みれば、実力差は歴然と看做されているのだ。リンプに勝ち目はないと思われている。

 ユウキ自身もリンプではなくガゼットを次の試合での相手と想定している。

———いよいよ世界ランカーと対戦か・・

 世界ランカーに勝利すれば更に自身の力が確かなものとなる。ユウキはミリアルドの元に向かいながらも心を昂らせていた。

 再びユウキが見学席に到着すると、会場は異様な雰囲気に包まれていた。蟲がざわつくように観客が声を上げていたのだ。不気味などよめきの中、ユウキは客席の階段を降りていく。

———何がどうなってるんだ?

 ユウキは観客席の一階に到着すると、バトルフィールド内を目を細めて覗き込む。フィールドのやや端であるが、肉眼でも十分選手の表情が見える距離だ。

———どうなってるんだ、あれは・・!?

 ユウキはその選手を見て唖然とした。

 視線の先にいるガゼットは白目を剥いて倒れている。完全に意識を失っているのだろう。だが、モニターに目をやると、リンプのライフポイントは殆ど減っていない。

「これは驚きだね」

 小走りでユウキに近付いて来たミリアルドが唖然とした表情で声を上げる。セルフィもそれに続いて来る。

「試合時間一分四十三秒のTKO勝ちだって」

 セルフィもいつになく真剣な表情だ。

「世界ランキング第九位を一ラウンドで倒す実力か・・」

 ユウキはバトルフィールドを後にするリンプを見る。リンプはユウキの視線に気が付いたのか、こちらを見上げた。見たものをそのまま取り込むようなシアンの瞳。リンプは表情一つ変えず、そのまま去って行った。背中の中心辺りがぴりぴりと痺れるような感覚をユウキは覚えた。

―――アイツ未だ《何か》を隠している・・

 確信があった。自分と同じと直感した。切り札を隠して試合を勝ち進んでいるとみて間違い無い。

「ユウキくん、さっきの試合の録画見てみよう」

 セルフィはユウキを手招きする。ユウキは観客席から少し離れた通路に向かった。ユウキとミリアルドもそれに続く。セルフィの携帯端末には速報で流れている先程の試合のリプレイ映像が映し出されていた。

 試合開始と同時に、ガゼットは風のようにバトルフィールドを走り抜け、リンプへと斬り込む。リンプの魔法武器は全身をマントのように覆う形をしている。リンプはガゼットの剣戟をそれで受けるだけで精一杯のように見えた。

 しかし、試合開始一分で形勢は一気に逆転する。素人目でも分かる程、ガゼットの動きが鈍くなり始めたのだ。剣を振るう腕はやがて止まり始め、やがてガゼットは握った剣を両方ともフィールドへと落としてしまった。腕は弛緩したようにだらりと伸びきり、全身は痙攣しているようだった。魔力も上手く精製出来ていないようにも見える。最後は、呆気無い幕引きだ。リンプの武器である背中から伸びる龍の首のような砲台からの魔力収束砲が発射された。ガゼットはそれをまともに受け意識を失い敗北したのだ。

 ミリアルドは顎に手を当てると、

「途中から明らかにガゼットの動きがおかしいな・・」

「俺もそう思います。本人も突然自分の動きが鈍くなっているのに驚いた表情してましたし」

 ミリアルドの意見にユウキは大いに頷く。

「もしかしたら、リンプは防御している振りをして《罠》を張っていたのかもしれないよ」

 セルフィは映像を巻き戻し、ある場面で映像を停止する。それはリンプが防戦一方となっている前半戦だった。セルフィはリンプのマントのように身体を守っている武器の裾部分を拡大し指差す。

 ユウキとミリアルドはその部分を凝視する。

「何か微かに光っているように見える・・?」

 ユウキは首を傾げる。埃が滞留した部屋に光が差し込む時に点滅する光にそっくりだ。セルフィはまじまじとそれを観察すると、

「これは多分、魔力光だよ。人の眼に見えないように限り無く透明に近付けているのだと思う。これを逃げながら機雷のように配置していったんだ」

「そうか・・遅効性の時限爆弾とは中々器用な真似をする」

 ミリアルドも納得するように頷いている。ユウキだけが置いてけぼりだ。

「ユウキくんは魔力の性質については勿論知ってるよね?」

「はい。地水火風の四大元素。それを元にした組み合わせで魔力の性質は幾らでも操作する事が出来る。自然の中で発生する現象を再現する事も可能・・です」

 セルフィは小さく頷く。

「そう。これは推測だけど、彼は自身の魔力に四代元素を元にして雷の性質を加えているのだと思う。身体が痺れれば、魔力経路も痺れて上手く魔力が精製出来なくなる。ガゼットはリンプの思惑に嵌まってその機雷を受け続けた。その結果・・は云うまでもないね」

「余程精密な魔力操作の力がなければ出来ない芸当だ」

 敵ながら天晴、と云ってもいい気分だった。しかし、セルフィはそれを鼻で笑い飛ばす。

「でも、うちのユウキくんの方がもっと上手く魔力を操作出来るもんね~」

『私とユウキであれば造作もありません』

 Aegisは自信満々に応えてみせる。

「明日の闘いはいよいよ、《剣》のお披露目かな」

 ユウキは拳を握り、明日の試合に想いを馳せた。

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