6-4 初陣

 ユウキが衝撃的な勝利を全世界に知らしめたその日の夜。

 会場近くの公園にユウキは呼び出されていた。呼び出したのはレナだ。街灯に照らされたベンチに座っていると、レナが小走りでやって来る。

「ごめん、待たせた?」

「いや、平気」

 実際十分も待っていない。ユウキがベンチのスペースを少し空けると、レナはそこに腰掛ける。

「なかなかチームのみんなの眼を盗むの難しくって・・それで時間掛かっちゃったんだ」

「そっか」

 各国の代表選抜選手は基本的に団体行動を取っている。ユウキのようなワンマンアーミーが例外で、一人で選手専用のホテルに宿泊しているのは珍しいのだ。

「まあ、俺はいいんだけどさ、明日試合する者同士がこうやって会ってるのって不味くないのか?」

 二人の間柄を知らない者が見れば、選手同士の密会と疑われても仕方が無いだろう。まして、不正の疑いまでされれば、その時点で試合出場停止となってしまう。

「それは分かってる。けど、一つだけ云いたいことがあって」

 レナは思い詰めた表情で、ジャージの裾を爪で握り締める。

「分かった。それで云いたい事って?」

「明日の試合!私は私が出せる全力でユウちゃんに挑む!ユウちゃんが私なんか眼中にさえ無くったって、私は私なりに闘って、ユウちゃんを倒してみせるから!!」

 レナはユウキを一切見る事なく、周囲にこれでもか云わんばかりの大声で宣言した。幸い周囲には誰もいないようで、レナの声はそのまま夜の静寂に消えていった。

 ユウキはベンチに深く腰掛けると、

「宣戦布告ってことか」

「そういうこと!」

 莫迦正直な返答だった。しかし、それはユウキに向けるだけでなく、自分自身を鼓舞するようにも聞こえた。昼間のユウキの試合を見て思う所があったのだろう。

 ユウキは反動を付けて立ち上がり、レナの前に立つ。レナはユウキを見上げるようにして貌を上げた。街灯の明かりがユウキの鷹の眼のような鋭い眼光を照らし出す。

「宣戦布告を受けた以上、容赦はしない。女だからって手も抜かない。幼馴染だからって依怙贔屓もしない。俺も俺なりに闘わせてもらう」

 背後から首を締め上げられるように、咽喉の奥がぎゅっと圧し潰される気分だった。レナは蛇に睨まれた蛙のように微動だに出来なかった。

「俺もレナに宣戦布告する。俺が《死ぬ気》で努力した結果をレナに見せ付けて、俺が勝つ」

 ユウキはそう云い残しその場を去った。

 残されたレナは一気に身体の緊張が解ける。肺の中に溜まっていた空気を思いっ切り吐き出すと漸く生きた心地がした。

 まさか、ユウキにあのように返答され、あのような眼を向けられるとも思っていなかった。あれが、本当に血の滲むような辛い訓練を乗り越えた者が出来る眼なのだろう。つい四ヶ月前なら、ユウキのこんな姿は想像出来なかった。それが、この短期間で別人のように変貌した。

「なんか自信無くしちゃうな・・私だけ置いてきぼりにするなんて狡いよ、ユウちゃん」

 ユウキとは常に並んで歩いていると思っていた。少し歩幅が違ったり、寄り道をする事はあっても、どちらが先に行ってしまうという事は無かった。

 しかし、レナには既に見えてしまっていた。ユウキが自分の傍らを離れ、目の前を走っている背中を。

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