6-3 初陣

 会場は大きな歓声に包まれていた。試合会場独特の熱気は観客から発せられているのか、それとも闘う選手から発せられているのか。ユウキはその熱が心地良く感じる。

 アリーナの実況席にはマジックファイトではすっかりお馴染みのコリンがマイクを握り締め、益々ヒートアップしている。

「さあ、第一回戦第四戦目。会場も益々盛り上がって来たところでございます!実況はマジックファイトの実況をするために東に西へ、コリン・ワン。そして、解説はNMA局長マリク・ゼーゼマンさんでお送りしております」

 マリクはカメラに向かい一礼する。

「では、早速選手の紹介をしていきましょう。先ずはイーストサイドから登場したのはガルシア・オスロ選手だ!」

 試合会場ゲートから登場したのは、黄金の甲冑に身を包み、巨大なハルバートを手に観客に手を振るガルシアだ。

「ガルシア選手は今回アメリカ代表として出場しております。現在は主催国日本の魔術名門校天龍寺学園に交換留学中との事です。アメリカ国内のランキングはここ半年で十位に登り詰め乗りに乗っております!使用魔法武器は『ファフニール』。右腕に握られているハルバートは敵の防御を一撃で払い除ける力を持っているぞぉ!!」

 ガルシアはバトルフィールドに登場すると、ハルバートをある一点に向けた。カメラがその動きを追い、その先を映す。

「おっと、どうやらあれは明日の二回戦でこの試合の勝者が闘う事になっている日本代表のレナ・ヴィルスキー選手のようです。ガルシア選手、早速宣戦布告かぁああ!?」

 会場の視線が一気にガルシアとレナの二人に集まる。レナもアリーナ正面の巨大モニターに映る自分を見てそれに気が付いたらしい。

「レナ・ヴィルスキー!」

 ガルシアは声高らかにレナの名を叫ぶ。その声にレナは背中に寒気が走り抜けるを感じた。ガルシアは片膝を付き、武器を持った手とは逆の手を胸元に当てると、

「この闘いの勝利を貴女の美しさに捧げますっ!!」

 会場が急にしんと鎮まり返る。しかし、ガルシアはとても満足そうに満面の笑みを浮かべている。

「何と何となんとぉお!!ガルシア選手、宣戦布告かと思いきや、レナ選手にまさかの求愛だぁああああ!!」

 コリンが巻き舌気味に捲し立てると、会場中が水を得た魚のように騒ぎ出す。

 一方、レナは恥ずかしそうに俯いている。隣に座っている日本代表選手達はガルシアとの関係を聞きたいのか、レナに声を掛けているらしい。

―――最低・・本当さいっっってい・・・

 レナは心の中でガルシアの行動を呪うようになじった。

 その様子を登場前のゲートの手前で見ていたユウキは信じられないものを見るようにバトルフィールドに立つガルシアを見ていた。

「莫迦だ莫迦だと思ってたけど、ここまで莫迦だとは・・」

『レナさんもお気の毒ですね。ですが、もっと気の毒なのは、あのガルシアという選手の方です』

 いつも平坦な口調のAegisが苛立った口調で声を出す。

「なんかアイギス怒ってる?」

『当然です。レナさんの気持ちを知っているものからすれば、あれはただの悪巫山戯です。ユウキ、この勝負一瞬で決めますよ』

 Aegisから並々ならぬ気合いを感じる。

「・・了解」

 ユウキはその気合いに気圧されながら返事をした。

「さて、気を取り直して次の選手の紹介といきましょう!」

 コリンは咳払いをすると、

「ウェストゲートから登場するのは、NIMA推薦枠で出場のユウキ・シングウジ選手だ!」

 ユウキは名前をコールされ、ゆっくりとバトルフィールドに向かい歩いていく。

「ユウキ選手は今大会がマジックファイト初出場という事です。階級も・・『スクワイア』となっております。使用する魔法武器は『Aegis』。基本に忠実な剣を得意とする戦闘スタイルとの事ですが、ガルシア選手に対してどのような戦術を取り善戦するか期待したい所です」

 ガルシアの勝利は揺るがない。会場の観客も他の選手も殆どがそう思っているだろう。ユウキに対して会場から飛んで来る声は、精々詰まらない試合を見せるなというニュアンスのものばかりだった。しかし、ユウキからすれば、蛙のつらに小便だ。

 バトルフィールドの脇にあるコーチ席では、ミリアルドとセルフィが座っている。ミリアルドはいかにもむすっとした貌で腕組みをしている。

「ミリアルド、そんな貌したって何にもならないよー」

 セルフィは足をぶらぶらとさせ兄の態度を諌める。

「ユウキ君の実力を知らないとはいえ、この反応は余りにも失礼だ!NIMAがこの大会で恥をかくような選手を出場させるものかっ!」

 鼻息を荒くし怒りミリアルドに対して、

「まあまあー落ち着いて。———大丈夫だって。その反応は試合開始五秒で覆るよ」

 セルフィは悪戯な笑みを浮かべる。

「・・今のユウキ君なら三秒で十分だ」

 ミリアルドは顎を上げ誇らし気に物申す。セルフィはそれが溜まらなく可笑しかった。

 ユウキがバトルフィールドに登場すると、ガルシアと正面に向き合う。

「告白するのは俺に勝ってから、という約束でしたよね?」

 ユウキはガルシアに問い掛ける。

「そうだったかな。でも、どちらにしても同じ事じゃないか。君が私に此処で敗北するのは絶対なのだから。しかしまあ、多少なりとは善戦してくれよ。直ぐに決着がついたら、折角観戦に来ている大勢のお客様にご迷惑だからね」

「ソウデスネ」

 ユウキとガルシアは試合のスタートラインに並ぶ。

 試合開始三十秒前。会場の四方にあるモニターにカウントダウンが刻まれていく。

『ユウキ』

 突然、Aegisが声を掛けて来た。

『どうした、Aegis?』

『ガルシアと対峙して分かりました。彼に鎧を纏う必要はありません』

「えっ・・ちょっと!?」

 ユウキが纏っていた白銀の鎧がパージされ、鞘に納めていた剣さえも消失した。

 コリンは眼鏡の縁を指先で上げると、

「おっと、これ一体はどうした事でしょうか?ユウキ選手の鎧と武器が突然消えてしまいました。魔法武器にトラブルでもあったのでしょうか!?」

 コリンが前のめりに実況する。会場からはどっと笑い声が上がった。

「おいおい。これじゃ、勝負にさえならない。全く酷いものだね」

 ガルシアも呆れたように笑っている。

『おい、どういう事だよ、アイギス!?』

『剣など無くてもユウキは闘う術を知っているでしょ?』

「アイギス・・まさか!?」

 ユウキの悪い予感は当たった。アイギスはユウキの騎士魔装を解除し、格闘魔装へと切り替えたのだ。速さを重視し動き易い作りの武闘装束で、色は黒と白を基調したものだ。

『モード『白銀拳闘士(ファウスト・デ・セイヴァズ)』』

 ユウキは少しだけ呆れながら、構えを取る。

「・・全く、アイギスも随分と強引になったもんだよ」

 その様子を見ていたセルフィは足をばたつかせ眼を輝かせる。

「あんなモードまであるなんてちょー驚きだよ!!」

「やれやれ。彼には驚かされてばかりだ」

 ミリアルドは唖然とした様子で口を開けている。

「ユウキ選手サイドに確認を取ったところ、武器のトラブルではなく、あのような《仕様》という事です。ガルシア選手と対峙し心境の変化があったのでしょうか?」

 コリンの説明により会場からの不穏な空気は消えた。

 カウントダウンが十秒を切り、ガルシアは仁王立ちでハルバートを構える。

「私も舐められたものだな。威力で敵わないと判断してスピード重視の格闘タイプに切り替えたのだろう。だが、私は速さでも君の能力を凌駕している!」

 ガルシアはハルバートの切っ先をユウキへと向ける。

「ユウキ・シングウジ破れたりっ!!」

 会場はガルシアの宣言に更にヒートアップする。

 そして、カウントが〇となった。


「試合開始!」


 ゴングが響き渡り、試合の火蓋が切って下ろされた。

 その直後だった。

 ガルシアの目の前にいたユウキの姿が突然消え去ったのだ。ガルシアにはユウキが消えた事しか分からなかった。


「悪いけど、お前みたいな莫迦にレナはやれない」


 ガルシアはそれが亡霊の幻聴かと耳を疑った。

「極光掌破!」

 ガルシアの目の前でいきなり瞬く閃光が視界を奪った。視界がそれに覆われた直後、ガルシアの腹部に強烈な痛みが走る。と、ほぼ同時に背中から全身に掛けて痛みが反射するように押し寄せて来る。ガルシアには一体何が起きたかさっぱり理解出来なかった。碌に息も出来なくなり意識が朦朧としてくる。

 ユウキはバトルフィールド中心で突き出した両の掌を戻し、楽な姿勢を取る。その掌からは白煙が燻るように上がっている。

 ガルシアはユウキの姿が随分と遠くにいるのが見えた。身体は一切動かせず、眼球だけを何とか動かし周囲を窺う。

「ば・・か・・な・・・」

 ガルシアは観客席の直ぐ下の壁面に叩き付けられているのだ。身体を見ると、自慢の鎧は粉々に砕かれ、欠片が無惨に床に散っている。

 Aegisはガルシアに侮蔑の視線を向ける。

『約束を破った彼には良い薬でしょう』

「それであの莫迦の病気が治ればいいけどな」

 ユウキはぞっとしない想像に溜め息を付いた。

 会場は驚く程鎮まり返っていた。殆どの観客と選手が信じられないものを見るような眼でユウキを見ている。だが、ユウキが勝つと予測していた者も数人いたようだ。

 コリンは身体をぷるぷると振るわせると、

「信じられません!何と三秒!たった三秒で勝負が決してしまいました!勝利したのは、何とこのマジックファイト初参加のユウキ選手ですっ!!」

 コリンの勝利コールはしんと静まる水面に一石を投じた。次々とユウキを賛美する歓声が上がり始め、それはやがて会場全体を埋め尽くす拍手と化した。

 ユウキは大喝采に少しだけ口を尖らせると、

「現金な客だなって思うけど、ちょっと嬉しいのは狡いかな?」

『いいえ。この歓声こそがユウキの強さを認める証拠です』

「そうか。じゃあ、そう思う事にする」

 ユウキは観客席に向かい手を振りながらバトルフィールドを後にした。

 試合時間三秒での決着は、今大会の最速試合時間記録を四十八秒も上回る記録して、永遠に刻まれる事となった。

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