6-1 初陣

 八月二十日。マジックファイトワールドオープントーナメント初日。

 この日は大会の初日を飾るに相応しい雲一つない快晴となった。都心にあるNMA所有のバトルアリーナは多くの観客で埋め尽くされている。

 収容人数約三万人。全世界で放送されるイベントという事もあり、多くのマスコミも今大会へ注目している。注目は何と云っても、世界ランキング上位選手の出場だ。

 今大会にエントリーされている上位ランカーは四人。

 世界ランキング一位のアシュレイ・ディーリング、第三位のアイリーン・キャメロット、第七位のリュウ・ミナカミ、そして第九位のガゼット・シュロンだ。彼等はそれぞれ全員が八ブロックあるシード席にランダムに配置される。四回戦で世界ランキング上位者同士が当たるというもの少なくない。

 日程は十日でタイムテーブルが組まれている。

 初日は開会式。二日目から一回戦、二回戦と行われていき、四日目の三回戦終了後に一日休暇が入る。六日目から四回戦が始まり準決勝まで行われる。四回戦からは魔法武器のリミッターが一段階外され、バトルフィールドも一つとなる。九日目に最後の休暇が入り、十日目は会場がNMAが所有するより広いバトルフィールドに変更される。ここ日本の決勝の舞台は、太平洋上に用意されたシーフィールドだ。海上に障害物が配置された舞台に入れるのは決勝に進んだ二人のみとなる。魔法武器の威力のリミッターも全て解除される。

 バトルアリーナ内に出場選手計六十四名が整列し、会場内は荘厳な雰囲気に包まれる。最も注目を集めていたのは、世界ランキング一位のアシュレイ・ディーリングだ。観客席の半分以上は彼の勇姿を観戦するためと云っても遜色ないだろう。

 ユウキは目立たないように最後尾の所に一人で立っていた。レナは日本代表が集まっている選手群の中に交じっているようだ。今回、NIMAの推薦枠はユウキ一人で、それ以外は世界ランキングの上位者と各国の代表、そしてNMAの推薦枠の二名だけだ。気心の知れた者はおらず、ユウキだけが一人ぼっちで場違いな雰囲気だった。

 ユウキはマジックファイトの大会にも出場するのが初めてだったため、出場選手から奇異の眼で見られていた。NIMAの推薦枠で大会初参加者が選出されるのは初であり、例外中の例外らしい。通常であれば、NIMAの武装部隊に属する新兵が参加すると聞かされたのは、Aegisの最終調整を行った大会前日だった。ラルフ曰く、「初めてというのは何事にも付き物だから気にしない、気にしない」とあっけらかんとしていた。

―――そうは云ってもなぁ・・

 場違いな奴は帰れという視線は否めない。特に、主催国である日本選手から殊更に軽蔑の視線を向けられている。同じ日本人の選手というのもあるかもしれないが、苦労して選手枠を取得している者から見れば、国内でも無名の選手で、大会初出場の新参者がNIMAのおこぼれで出場しているのだ。依怙贔屓と見られてもおかしくはない。

 その上、ユウキのマジックファイトの階級は一番下の『スクワイア』だ。他の選手は全員三ランク上の『シュバリエ』かそれ以上の階級に属している。エントリー選手のプロフィールは誰でも閲覧可能だ。間違い無くバレているに違いない。

 盛大な幕開けとなった開会式に反して、ユウキは終止胃が痛い思いで一杯だった。NMAのお偉方の話も全く頭に入って来なかった。試合で闘う時は回りの目は全く気にならないが、このような場は未だ少し苦手意識が残っているらしい。

 一時間程の開会式が終わると、ユウキはそそくさとその場を後にしようとした。開会式の後は明日の一回戦に備えて各選手が最終調整に入るのが一般的なのだ。

 が、それを阻むように現れた者がいた。見覚えのあるいけ好かない貌。一回戦で当たるガルシア・オスロだ。

「・・何か用ですか?」

 ユウキはあからさまに嫌そうな貌をして質問をする。

「いやー、先ず君に一つ伝えておきたい事があってね。一回戦で対決する者同士の前哨戦さ」

 ガルシアは終始相手を莫迦にするようなにやけ貌を浮かべている。この時点で、良いように云われないのは分かり切っていた。

「明日の勝負。私が勝利した暁に、レナさんに正式に交際を申し込むつもりだ。君にはそれに了承して貰いたい」

「はぁ・・?」

 やはり、レナ絡みの事だった。此処まで予想通りの言動は寧ろ清々しい。

「いやぁね、話によると、君はレナさんの幼馴染という事だからね。やはり、一報を入れておくのは礼儀だと思ってね。お互い勝負に禍根は残したくないだろ?」

 自分は絶対に負ける事はない、という自信が貌にありありと書かれている。

「別にいいですけど、ガルシアさんが負けた場合はどうなるんですか?」

「私が負けた場合かい?」

 ガルシアは既に勝った気でいるらしい。初めて会った時のようにキョトンとしている。顎に手を当てて暫く考えると、

「うむ、そうだな。私はレナさんから手を引き二度と近付かない事を誓おう」

「分かりました。では、明日は《お互いに》頑張りましょう」

 ユウキはガルシアに向かい手を差し出した。

「勿論だ。男に二言はない」

 ガルシアはユウキの手を力一杯握り締めた。云いたい事を云い終わったのか、ガルシアは満足そうにアメリカ代表メンバーの元へと帰っていた。その貌は勝ち誇り、ユウキなど眼中にないような様子だった。しかし、眼中にないのは《お互い様》だろう。

 ユウキが会場内の選手用通路を歩いていると、ラルフと誰かが親し気に話すのが見えた。ラルフはユウキの姿を見るとこちらに近付いて来る。

「ユウキ君、開会式お疲れさま」

 いつもの調子で平常運転のラルフにユウキは一礼する。

「君がラルフの話していたユウキだね」

 突然、ラルフと一緒にいた人物が声を掛けて来た。

 それは世界ランキング一位のアシュレイ・ディーリングだった。アシュレイは早足でユウキに近付いて来ると、

「僕はアシュレイだ。よろしくね」

 と、両手を握って来る。ユウキは不意を突かれ、

「はい、よろしくお願いします・・」

 戸惑いながらも挨拶をする。

「うん。よろしく!」

 試合の時の真剣な表情とはまるで真逆のほわほわとした印象の人物だった。腰まである癖毛の銀髪も整った貌立ちも柔らかに見える。

「どうやら驚いているようだね」

 ラルフは得意気といった様子でしたり貌をしている。

「アシュレイは普段こんな感じの子なのさ。試合だけしか見てないと、夢にも思わないだろうけどね」

「そうですね・・」

 ユウキはそう答えながらも、正面に立ってこちらをずっと見詰めたまま手を握り続けているアシュレイが気になって仕方が無い。キラキラと輝く眼が眩しいのだ。眉目秀麗とは聞いていたが、近くで見ると女性のような貌立ちをしている。

「あのそろそろ手を離して貰えると助かるんですけど・・」

 ユウキの発言にアシュレイは漸く自分の言動に気が付いたのか、

「ああ、ごめんごめん」

 ぱっと手を離す。

「ラルフから色々と話は聞いているよ。僕と互角に闘える選手がいるって」

「ラルフさんっ・・!!」

 ユウキは茸でも生えそうなじっとりとした視線をラルフに向ける。だが、ラルフはそんな視線は蛙の面に小便らしい。

「君はこの大会で優勝するつもりなんだろう。だったら、少なくともアシュレイと互角くらいの力は無いと無理じゃないかい?それとも君の《覚悟》はその程度だったのかな?」

「それはそうですけど・・」

 ラルフの云っている事は正しい。アシュレイを倒さなければこの大会での優勝はない。しかし、それを断言出来ないのは、自分でもアシュレイに絶対に勝てるという自信がないからだ。ラルフはそれを見透かしているらしい。

 アシュレイは腕時計を見ると、

「おっと、僕はそろそろ行かないと」

 と呟くと、正面に立ちユウキの肩を握った。

「決勝で待っているよ。君なら《本当の僕の姿》を見せてもいいかもしれない。そんな予感がしてならないんだ」

 アシュレイは意味深な事を云い残し急ぎ足で去って行った。

「これで決勝まで負ける事が出来なくなったね?」

 ラルフは悪戯な視線をユウキに向ける。

「誰にも負けるつもりありませんから」

 ユウキはふんすと鼻を鳴らし意気込む。

「開会式中はずっとそわそわとしていのにね。まあ、良い覚悟だよ。それでこそ、Aegisを託した甲斐があるというものだ」

 ユウキはラルフの指摘に冷や汗をかきながらも、何事もないように平然とする。ラルフは嬉しそうにユウキの肩を叩くと、

「さあ、明日に向けて最終調整をしよう」

「はいっ!」

 ユウキは意気込みを込めて腹から声を出した。明日の勝利を目指す為に。

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