5-2 切り札

 医務室のベッドの上でセルフィは小さく寝息を立てている。ユウキとの戦いの後、直ぐにぐっすりと寝入ってしまったのだ。医務官の話によると、疲れて眠っているだけで、至って健康体だと云う。

 ミリアルドはほっとしたようにセルフィの寝顔を見ると、

「まさか、セルフィが負けるとは思わなかったよ」

 素直な感想を漏らす。セルフィの実力は他者も大いに認めているが、誰よりも理解しているのは双子の兄である自分自身だった。それをユウキに覆されたのは驚愕に値する。

「俺も勝てるとは思ってませんでした」

 ミリアルドの後ろに立っているユウキが声を漏らす。しかし、ミリアルドは小さく横に首を振り、

「それは嘘だな」

 と、振り返り白い歯を見せ笑う。

「《本当のところ》を聞かせて貰えるかな?」

 ミリアルドの問いにユウキは少し考えるように頬を指先で掻くと、

「・・あの技が決まれば勝てる確信はありました。でも、何ぶん未完成の技なので一か八かっていう博打の部分もあったのは本当です」

 ミリアルドは小さく頷く。

「あれは僕も知らない技だった。アイギスと一緒に編み出したのかい?」

「はい」

「ああいう技は《アレ》以外にもあると見て、間違い無いかな?」

 ユウキはミリアルドから少し視線を外しながら正直に答える。

「・・はい。教えていただいている立場で申し訳ないとは思いますけど、これ以上は話せない《約束》になっているんです」

 約束。

 それはユウキとAegisとの間だけにある秘密の約束という意味だろう。

 ミリアルドは改めて簡単する。Aegisが意思を持った武器という事は理解していたが、まさかここまで意思疎通を図れているとは思い至らなかった。姿を現してはいないが、ラルフがユウキとAegisに望んでいる関係に近付きつつあるのかもしれない。

「分かった。これ以上は聞かない。でも、無理だけはしないでくれよ」

「はい。分かっています」

 ユウキの返答が嘘である、とミリアルドは一瞬で見抜いた。正確に云えば、理解出来てしまったのだ。

 しかし、それ以上敢えて諌める事はしなかった。

 ユウキがワールドオープントーナメントで狙っているのは優勝のみだ。優勝する為には、絶対に越えなければならない壁が幾つもある。世界ランカーに勝利する為に、分の悪い賭けに出る事も必要となるだろう。だが、それこそが幾重もある迷宮の中から、たった一本の勝利への道を導き出す鍵になる。

―――本当にハルカさんの面影を見ているようだ・・

 ミリアルドは少しだけ目頭が熱くなる。それを隠すように、ミリアルドは眠っているセルフィの方へ向き直る。

「今日は此処までにしよう。残り二日は大会に備えて自主練習とする。次に会うのは大会会場だ」

「はい」

 ミリアルドは振り返らないまま人差し指を立てると、

「それから、《彼女》ときちんと話をするように」

 ユウキはミリアルドの指摘に焦るように後ろ手で頭を掻くと、

「分かりました・・」

 と、承服した。

「よし。じゃあ、今日はゆっくり休みなさい」

「はい。失礼します」

 ユウキは一つ頭を下げると、医務室から出て行った。ミリアルドはそれを横目で見送ると、視線の方向を変えセルフィの貌をじっと見詰める。

「お前起きてるだろ?」

 その声にセルフィはゆっくり瞼を開くと、

「バレてた?」

 と、悪戯な笑みを浮かべる。

「当たり前だ。何十年お前の兄貴をやってると思ってるだ」

「そりゃそうだね」

 セルフィはベッドに肘を付き上体をゆっくりと起こした。

「もう身体は大丈夫なのか?」

 ミリアルドがセルフィの身体を心配そうに支えると、

「魔力攻撃だけだからね。別に身体は何ともないよ。それよりもユウキくんのあの技見た?」

 セルフィは新しい発見をしたかのように眼を輝かせている。

「勿論だ。お前の魔術防御を突き破る程の威力を叩き出すなんて・・正直、身体が震えたよ」

 ミリアルドは自身の拳を握り締める。

「私も吃驚しっちゃたよ。間違い無く、あの威力は《S級》だね」

「ああ。しかも、ユウキ君は未だあれ以上のものを隠している」

 笑みを浮かべるミリアルドを眺めるセルフィは伸びをするように腕を大きく上げると、

「・・ハルカさんにそっくりって思った?」

 と、昔を懐かしむように訊ねる。

「お前もか?」

 ミリアルドは昔を思い出すように穏やかな貌をする。

「そりゃあねー。近代魔術と古代魔術の複合魔術はハルカさんの十八番だもん。私が何回模擬戦でハルカさんに落とされたと思ってんのさー」

 セルフィは不機嫌そうに頬を膨らます。

「それは私も同じだ。いずれは教えるつもりだったが・・」

「ラルフの仕業としか思えないよねぇ?」

 ミリアルドは大きく頷く。

「Aegisがユウキ君に託されたのは最初から仕組まれていた、と考えるのが妥当だろうな」

「それもあるけど。案外、ハルカさんが《黒幕》かもしれないよ?」

「・・それは否めない」

 二人の頭の中に、同時にハルカの不敵な笑みが浮かぶ。

 豪放磊落にして剛胆な彼女の強さは、NIMAの戦技官だけでなく、研究者さえも魅了した。そんな彼女の強さは二人の憧れだった。今は遠い故郷に思いを馳せるように、二人の胸の内を郷愁で埋め尽くしていった。

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