5-1 切り札
アルベルト・ファゴット脱獄事件から約三ヶ月が経過した。
ユウキは事件後、更に日々修行に明け暮れていた。それは夏休みに入ってから益々激化してゆき、それこそ朝から深夜まで自身を虐め抜いた。
その結果、ユウキはラルフと初めて出逢った時とは別人と化していた。
基礎を盤石のものとしたユウキは実戦訓練の反復練習を続けていった。
その訓練は第一五研究所施設内では不可能であるため、NIMAが管理している第三演習場で行われる運びとなった。
理由は簡単で、研究所内では全力を行使出来ないからだ。
ラルフ曰く、ある程度は許容出来るがそれ以上は承服しかねる、らしい。
ユウキ達は上手く腹落ちはしなかったが、特に反対する理由もないのでそれに従った。
NIMAが管理している演習場には魔力値レベルがAクラス以上の攻撃にも耐えられる防御結界の設置が義務付けられている。施設内には様々な障害物が設置され、市街戦からゲリラ戦まで様々な戦場のケースが想定されている。訓練自体は戦技教官によって異なるが、ミリアルドはその全てのケースを以て、ユウキと実戦訓練を行っていた。
その成果は著しく、ユウキは早くもAクラスの壁を突破していた。元々の素養もあったが、何よりユウキの《強くなりたい》という想いが、ユウキをそこまでの強さに引き上げているのだ、とミリアルドはそう思わずにはいられなかった。その姿は嘗て自身が憧れ、今も尊敬している《彼女》の姿が重なった。
ワールドオープントーナメント三日前。
第三演習場からは激しい炸裂音が響いていた。
ユウキはArgisを纏い、セルフィと対峙していた。ユウキの纏っている鎧は幾度の戦場を駆け抜けた後のようにくたびれ、ところどころが欠け落ちている。
一方、セルフィも自身の魔法武器『セイレーン』を展開していた。魔力の波長を自在に操る補助防御型のセルフィの愛機だ。しかし、彼女が纏う魔装も右腕は剥き出しになり、背に付随している碧色のヴェールは無くなっている。
二人の闘いは演習場の周囲にギャラリーが集まるほど激しく、そして熾烈なものだった。観客となったギャラリーからは大技が繰り出される度に大きな歓声が上がる。
同様に、二人の闘いを観戦しているミリアルドは、背筋に冷たい氷を敷き詰められたような気分になっていた。ユウキは確かに強くなっている。最早A級の魔術師として認定しても問題ないレベルだ。それは特段驚く程の事ではない。魔力というのは、身体の成長と同じで伸び盛りの時期がある。それを鑑みれば、ユウキの成長は注視するものではない。つい先日までミリアルドはそう考えていた。
しかし、その認識は違っていた。
八月に入り実戦訓練となってからのユウキはある種別の人間のように見えていた。
訓練の中でユウキはミリアルドと闘い、セルフィと闘っているが、全て完敗している。
しかし、それは当然だ。
ミリアルドとセルフィのAAAの魔術師と認定されている。A級とAAA級ではC級とA級並みの差がある。その差を埋める事はそう容易くない。上のランクに上がれば上がる程、強さというものは限定されてしまうものだ。
だが、ユウキは違う。
幾つもの実戦を潜り抜ける度、敗因を学び必ず自身の強さを修正する。それは自身だけでなく、Aegisの力を借りているだけかもしれない。
しかし、それも違う。
ユウキと同様にAegisも成長しているのだ。戦況に合わせて、ミリアルドとセルフィが苦手としている部分を隙を見付けては容赦なく突いてくる。弱点となるパターンを何度も試行し、それをユウキにフィードバックしているのだ。
その二人の姿を見て、このプロジェクトの意味をミリアルドは改めて思い知った。これこそが、真の意味での人と魔法武器の融合である、と。
ユウキは全身の痛みを耐えながら、目の前で息を切らすセルフィの動きを一ミリ足りとも逃さないように見据えている。
『ユウキ。今までの闘いは五分と五分。私達はAAAクラスと闘っても遜色ない強さを既に手にしています』
『どうした急に?』
ユウキはAegisからの戦術とは関係ない話に疑問を持つ。戦闘中は戦略や戦術、そしてユウキへの説教以外の事を口にしないAegisにしては珍しい事だった。
『私達は彼女を超え、更なる高みへと進まねばなりません』
『ああ。それは分かってるよ』
いつもの説教か、とユウキは思った。
『大会まで残り三日。そろそろ頃合いです。ここは一つ《賭け》といきませんか、ユウキ?』
その声はどこか嬉しそうに聞こえる。ユウキは内心吃驚していた。まるでこれから待っている楽しい遠足を待ち切れない子供のようだな声だったからだ。同時に、Aegisが云う《賭け》が何を意味しているか、ユウキは直ぐに合点がいった。
『分かった。《アレ》を使うんだな?』
『はい。私が用いる技を更に二人で昇華した、《アレ》を使います』
ユウキは大きく息を吐き出す。
『漸く許しをくれたのか?』
『はい。でも、使用していいのは十秒間のみ。《リミッター》も一つのみです。それで決着が付かなければ白旗を上げましょう』
『了解』
―――本当に賭けだな・・
ユウキは内心で自虐的に笑った。
ユウキとAegisはバーチャル空間内でのイメージトレーニングの中でより実戦的な訓練を行うようになっていた。ユウキはAegisの所作や動き、技のタイミング、魔術まで全てを完璧に再現出来るように鍛錬に励んでいた。それが変化したのは、七月の後半になってからだ。突然、Aegisが二人だけにしか出来ない技を習得しようと云い始めたのだ。『今の私達に必要なものが見えてきた』というのが、Aegisの云い分だ。ユウキはその意見に初め疑問を持ったが、今の自分を見て、それは強くなるために必要な要素だとも思い立った。そして、何よりもAegisが自分の力を認めてくれた事が嬉しかった。それから、ユウキとAegisは二人だけにしか出来ない技の開発を勧めて来たのだ。
その成果の片鱗を見せる時が来た、と二人は心を鏡のように合わせる。
「Aegis行くぞっ!!」
『モード『白銀騎士(リッター・デ・シルヴァズ)』』
Aegisの詠唱と同時にユウキの上下に巨大な魔法陣が展開する。
―――あれは今までにないパターン・・?
セルフィは全身に纏っている魔力の波長を防御形態に瞬時に切り替え警戒する。セルフィの闘い方は徹底して敵の攻撃パターンに合わせるカウンター型だ。敵の魔術を無効化もしくは吸収し、その後攻撃に転じる。それを可能としているのは、セルフィの精密な魔力操作だ。魔力は単純な肉弾戦闘や武器の類と異なり、必ずその中に《流れ》というものがある。
謂わば、魔力とは水のような存在だ。水が固体・液体・気体と状態によって姿を変えるのは、それが置かれている環境に起因している。
セルフィはその環境を分析し、最適な解を導き出し、敵の攻撃に拮抗する魔力を瞬時に精製している。『セイレーン』はそれを補助・強化する事に特化しているのだ。
ユウキはセルフィの戦法と『セイレーン』の性質を十分に身を以て理解している。
それを破る為に必要な戦術は大きく二つだ。
一つ、相手の予測する魔力波長と異なる攻撃をぶつける。
二つ、相手に魔力波長を読まれる前に攻撃を繰り出す。
ユウキが今まさに繰り出さんとしている攻撃は後者だった。
セルフィはユウキの魔力量が凄まじい速さで上昇していくのを探知していた。セルフィは身構えて自身も魔法陣を展開する。全身を固い殻のように覆う防御結界だ。
―――まずは警戒。あの展開している魔法陣は近代魔術と古代魔術を複合している。ユウキくんが仕掛けて来るまでにセイレーンの分析は間に合わないと考えるべき・・
物事を判断するのには必ず材料が必要となる。それはパズルのピースと云っても良い。ユウキが発動した術は初見の上、近代魔術と古代魔術の複合型。複合型は方位磁石の針を狂わせるように、分析と探知の隙を突いてくる。それは複合型魔術自身が不安定であるという性質を持っているからでもある。水か氷、はたまた空気か判断出来ないものを的確に見極める事は難しい。
上下に展開している魔法陣はユウキを通過するように同じ方向に平行して上下に移動していく。それが入れ替わるように動き終えると、魔力が更に爆発的に上昇していく。
『モード『白銀騎士』、起動安定。いけます、ユウキ!』
「よっしゃぁ!!」
セルフィはユウキの姿に笑みを零さすにはいられなかった。
———とっても面白い!まさかこんな手を思い付くなんてね
ユウキの身体から鎧は消え去っていた。その代わりのようにユウキの肩部から背部に掛けて光の羽根が広がっている。それはまるで天使のそれのように見える。獲物を捉える為に空を最速で駆け抜ける大いなる翼だ。
ユウキは剣を立てて腕を引き寄せ胸に寄せる。左足を前に出し右足を後ろへと引く八相の構えを取る。すると、握っていた剣の刃が羽根と同様に白銀の刃へと姿を変える。
「行くぞ、アイギス。勝負はこの一刀で決める」
『勿論です』
セルフィはユウキの構えとその鋭い視線に最大限の警戒を取る。
―――斬撃がくるか、砲撃がくるか、それとも他の何かがくるか・・でも、残念。私の防御陣は攻撃が接触した瞬間に敵の魔力を即座に分析する。ユウキくんが勝負を掛けにきているのは分かっている。だったら、その勝負手を捌いて、私の勝ちで決まり!
セルフィの勝利へのシナリオは狂いが無い。それはユウキの攻撃を受け切る事が出来るという自信から来る裏付けがあってこそだ。
ユウキは大きく息を吸い、それを止める。そして、敵を見据える。
その眼はAegisの騎士としての眼と重なる。ユウキとAegisの心がぴったりと日輪のように重なった瞬間、二人は、
「『魔力開放(フェアシュテルケン)!』」
共に勝利を誓い咆哮した。ユウキの背から生えていた光の羽根はユウキの握る剣に吸い寄せられるように収束していく。それと同時に、ユウキの全身へと光がオーロラのように広がっていく。
セルフィはそれを見て眼を見開く。
―――あの羽根は推進力に利用する為じゃなく、攻撃力を更に高める為の簡易的な魔力庫だっていうの!?
剣の光が更に増していき、ユウキが太陽のように光を纏った瞬間だった。
「煌刃一閃っ!!」
ユウキが噛み締めるように放った言葉は、その言葉さえも置き去りにした。
ユウキは一筋の流星となりセルフィに突撃した。
周囲のギャラリーはその姿を見失った。ユウキの姿が見えていたのは、ミリアルドとセルフィ、そしてそれをモニター越しに眺めるラルフだけだった。
迷う事無く一直線に向かって来るユウキの姿が、セルフィには見えていた。光に包まれたユウキが剣を振り被っていたのも見えていた。そのモーションを観察すれば、それは至極単純な斬撃だ。セルフィはそれを見切ると、結界の性質を斬撃に特化させたものにすかさず変化させた。昔流行ったロードムービーのようにコマ送りに動くユウキの攻撃が結界に接触した瞬間、
「えっ・・!?」
セルフィがその《違和感》を全身に感じた瞬間、演習場を巨大な閃光が包み込んだ。
その直後、セルフィは全身の骨の芯を金槌で殴られたような痛みを受け取っていた。視界は一瞬暗転し、砂嵐のような光景が暫しの間目玉の中に流れた。それは軽い脳震盪だ、と判断は付く。
プログラムが再起動するように、漸くセルフィの視界が安定し、周囲の状況が見えた時だった。
「すごいや、ユウキくん」
思わず感嘆の声が自然と漏れた。セルフィは自身の敗北を認めたのだ。
セルフィの身体は演習場の周囲に張られている結界に埋め込まれるように激突していた。結界には地割れのように亀裂が幾重にも刻まれている。纏っていた魔装も上半身は殆ど消し飛ばされ、襤褸切れのようになってしまっている。
セルフィの視線の先にいるユウキの全身からは火山の噴火後のように白煙が昇っている。極星のように全身に纏っていた光も今は消え去っているようだ。
ユウキは肩で息を切らしながら、勝利を噛み締めるように拳を握る。
『モード解除。通常モードへと移行します。身体は大丈夫ですか、ユウキ?』
「問題ないよ。後五秒は動けた」
『それは嘘ですね。最大でも後二秒が限界でした』
ユウキは的確な指摘にぐうの音も出ない。Aegisにははったりはやはり通じないらしい。
「・・ちょっとくらい格好付けさせてくれたっていいじゃないか?」
『駄目です』
Aegisにバッサリと切り捨てられ、ユウキは口をへの字に曲げる。
『ですが、今回の勝利はとても大きな成果です。それだけは誇らしく思っていいでしょう』
「ありがとう、アイギス。お前のお陰だよ」
『それは違います、ユウキ。これは《私達二人》の成果です』
ユウキは一瞬照れ臭そうに微笑むと、
「・・そうだな」
『はい。では、話は此処までにして、セルフィを彼処から下ろしましょう』
「了解」
ユウキはこちらに助けを求めるセルフィの元へと急いだ。
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