4-6 ダンス・イン・ザ・マジカルランド
ユウキとレナはマジカルランドでの事件の後、自宅へと帰宅していた。正確に云えば、帰宅を余儀なくされた。
今はユウキの部屋で二人きりという状態だ。昔であればお互いに何ともなく居られたのに、今は二人とも何処か気まずそうにテーブル越しに向かい合って座っている。ユウキ自身はさることながら、レナも緊張しているに見える。背筋をぴんと張り正座をしているのがその証拠だ。
先日の出来事から、レナがユウキの事を余計に意識するようになっているのも影響しているのだろう。デートの時は何ともなかったが、部屋に二人きりという状況となると、変な妄想が膨らんでしまう。
ユウキは部屋に飲み物を持ってきて座った後、深刻な面持ちで一言も口にしない。レナはもしかすると、もしかするかもしれない。ユウキも自分と同じように《同じ気持ち》なのではないか、と気が気ではなかった。
―――き・気まずい・・とりあえす何か話さないと・・・
「それにしても、ユウキの知り合いのミリアルドさんだっけ?あの人のお陰でみんな助かりそうで良かったね?」
コースターに置かれたグラスを指でもじもじとなぞりながら、レナは会話を切り出す。
「ああ。本当よかったよ。誰かが死ぬなんて嫌だもんな」
ユウキはホッとしたように呟く。その瞳はどこか憂いを帯びているように見える。その視線の先に誰がいるか。レナはその存在をよく知っている。
―――ユウちゃんが誰かが傷付いたり、亡くなったりする事に過剰になるのは、おばさまの事があるからだもんね。だから、自分の事を犠牲にしてでもそれを守ろうとする。
「まさかミリアルドさんが一番最初に来てくれるとは、俺も思ってなかったんだ。まあ、あの人がいたから、俺が彼処であの魔術師を撃退した事を上手く隠せたんだけどさ」
「そうだね。ミリアルドさんが来なかったら、ユウちゃんも私もこんなに早く帰って来られなかったもん。ネットだともうニュースになってるもんね」
ミリアルドが現場に到着すると、ミリアルドは直ぐにユウキとレナにこの場を離れるように促した。それは、ユウキがこの場で魔術師を撃退し捕縛したとなれば、警察からの聴取を受けるだけでなく、NIMAの極秘プロジェクトが露呈する可能性があるからだ。『Aegis』はプロジェクトの要であり、その存在は決して知られてはいけない。
『ここは僕に任せて。ここに居る全員必ず助けてみせるから』
結果、ユウキとレナはミリアルドが引き連れてきた部下に先導され騒動の輪を何事もなく潜り抜け、無事に自宅に到着した。
テレビやネットではこの騒動が緊急速報で流れている。インタビューを受けている人の中にはユウキの事を云っているように思える人物もいるが、それはただの情報として処理されるだろう。ニュースによると、マジカルランド内の監視カメラは騒動の間全てが停止しており、その間の一切の状況が分からないらしい。被害を免れた来場者が携帯端末で撮影した動画も何故か砂嵐になっており保存されていない。
ユウキは一連の《不自然さ》に関してNIMAが一枚噛んでいるとしか思えてならなかった。
―――これはミリアルドさんというよりもラルフさんの仕業だろうな。
ユウキがレナとマジカルランドを訪れていた事を知っているのはミリアルドだけだ。しかし、状況を知った上だけでこれだけの処理を迅速に出来るとは思えない。実動部隊がミリアルドとすれば、その裏にいるのは間違い無くラルフだ。ユウキはその計算高さには寒気さえも覚える。
一方、レナは少しだけ緊張が解け、漸く頭の中がクリアになってきていた。二人きりの状況だからこそ云っておかなければならない事もある。
「あのね、ユウちゃん。その・・隠してた事を話してって約束なんだけどね、あれやっぱりなしでいいよ」
「どうして?」
ユウキはレナにだけは本当の事を全て話すつもりでいた。その内容をどう話すかを悩んでいてずっと黙り込んでいたのだ。
「きっと私にも話しちゃいけない事なんでしょ?」
「・・それはまあそうなんだけど」
レナは先程の事件で《何か》を感じ取ったらしい。
「私も子供じゃないからさ、この状況見れば大体の事情は理解出来るよ。ミリアルドさんが着てた制服ってNIMA所属の武装部隊のものでしょ?」
「どうしてそれを・・?」
レナは心外だと訴えるようにムッとした貌をする。
「私だって将来の事色々と考えてるからそれくらい知ってるよ。勿論、ユウちゃんがおばさまの意志を継いでNMAの武装部隊に志願しようとしてる事もね」
ユウキは目を丸くする。レナには一度もその事を話した記憶はないからだ。
レナはユウキの表情を見て満足気に鼻を鳴らす。
「ユウちゃんがNIMAの魔術検定に受かった事も知ってるよ。マジックファイトだって後々出場するつもりだったんでしょ?」
「・・・そこまで見抜かれてると首を縦に振るしかない」
そんなに自分は隠し事が出来ないタイプなのかと疑わずにはいられない。
「兎に角、事情はよく分からないけど、ミリアルドさんみたいな良い人が一緒なら心配する必要もないし。だから、今は何も聞かないでおく。———でも、これだけは聞かせて?」
レナは立ち上がるとユウキの隣に移動する。真剣な面持ちで正座をしたので、ユウキもそれに合わせて向かい合って正座をする。
「ユウちゃんは私の事がす―――」
「ユウキくーん!」
レナの声は何者かの声に掻き消される。レナとユウキは眼を見合わせ同時に同じ方向に目を向ける。それは部屋の中にある窓だ。夕陽を背に背負いその人物は窓辺に座っている。細身の脚を組んで陽気に手を振りながら。
「セルフィさん!?」
ユウキは驚き立ち上がった。
ここは一軒家の二階。簡単に窓から人が入って来られる筈はない。しかし、セルフィともなればそんな芸当は造作も無いのだろう。
「どうしてここに!?というか、ここ二階なんですけど!」
「そんなの決まってるでしょー?事後報告に来たんだよぉ」
セルフィはさも自然な振る舞いで窓際から降りると、
「聞きたいでしょ?ユウキ君が助けた人達がどうなったか?」
ニュースの情報は逐次確認出来るが、それがあくまでも放送する側が加工した情報だ。きっと都合の悪い部分は修正されている。
「それは勿論聞きたいです」
「素直な事は良い事だよー。おねーさんが褒めて上げましょー」
セルフィはユウキを無理矢理引き寄せ頭を撫でる。セルフィの柔らかな感触と甘い香りにユウキは頬を桜色に染める。
「それで皆さんは無事なんですか?」
「うん。全員無事だよー。少し入院しなきゃならない人もいるけど、ほとんどの人が軽症だから。ユウキ君が頑張ったお陰だねー」
「―――良かったです」
ユウキは漸く肩の荷が降りた気がした。
魔術師アルベルト・ファゴットによる二次被害は防げた。しかし、最初の攻撃で守れたのは一部の人だけ。守れなかった人達の事を思うと、ミリアルドに任せたとはいえ気が気で無かった。
「全員助かって、本当に良かった・・」
「自分の力に自信持てた?」
セルフィは目を細めユウキに訊ねる。
「・・いえ。もっと俺に力があればもっと多くの人を助けられたって思っちゃいます」
「そっか。でも、大丈夫だよ。ユウキくんはぜーったい私がもーっと強くしてみせるから」
セルフィはピースサインをユウキにずいと向ける。
「はい、ありがとうございます!―――それはそれなんですけど、そろそろ離してもらえないでしょうか?」
セルフィはユウキを抱き締めたままだ。しかし、セルフィは一向に離す様子はない。
「だーめ。心配掛けた分もう少しこうしておかないと」
「ユゥゥゥゥウちゃぁあああああん!」
ユウキの背後からじりじりと燃え盛る炎の火花が迸る。その不穏な空気にユウキの身体は固くなる。レナが鬼神の如く怒っている理由は、確実に《これ》だ。
「初めましてー、レナ・ヴェルスキーちゃん」
セルフィはユウキを抱き抱えたまま小さく手を振る。
「一体、あなた誰なんですか!?」
レナは苛立ちをぶつけるようにセルフィを指差す。
「私は、セルフィ・マーズ。ユウキくんの先生だよー」
「先生?」
「そう、先生。魔法の先生」
セルフィが着用している制服もミリアルドと同様の武装部隊のものだ。となれば、その関係者見て間違い無い。ミリアルドと貌が似ている事から見ても親族かその関係者と予想が付く。
「その先生がどうしてユウちゃんを抱き締める必要があるんですか?」
「もちろん先生だから」
「そ・・うですか・・・?」
マイペースとは恐ろしいものだ。これ程までに彼女のペースに巻き込まれ、その上何の根拠もなく納得させらそうになっている。
「さてと」
セルフィはユウキを漸く離すと、窓際に移動し縁に足を掛ける。
「報告も済んだし帰るねー。じゃあ、また明日!!」
満足そうに手を振ると、セルフィは一瞬で姿を消した。残ったのは夕暮れ時の肌寒い風だけだ。
「嵐のような人だな・・」
すっかり陽が沈み掛けている空を見ながらユウキは呟いた。背後に蠢く不穏な気配などきっと気のせいだと思いたい。セルフィはとんでもない置き土産を残してくれたらしい。
「ユウちゃん?さあ、お話しましょうか?私がきちんと納得するまで」
「・・はい」
ユウキはそこから二時間、尋問という名に相応しいレナからの執拗な質問攻めに合う事になった。
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