4-4 ダンス・イン・ザ・マジカルランド
園内にある人気レストランでユウキとレナは食事を取っていた。レストラン内は満席で、ユウキとレナは窓際で料理が到着するの待っている所だ。
しかし突然、ユウキの頭の中に雷のような衝撃が走った。それは大気を掌の間で潰すように押し迫って来る。
―――この感覚・・まさか魔力反応!?
『ユウキ、魔力の収束反応を感知しました。此処より上空約五〇メートルです』
Aegisは的確に状況を報告する。ユウキは焦るように席を立つ。
「ユウちゃん、どうしたの!?」
戸惑うレナを置き去りにし、ユウキはレストランを飛び出し上空を見上げる。そこには巨大な魔法陣を展開している人物が浮かんでいた。その魔法陣は明らかに《魔術師》が構築するものであると一目で分かる。それもとても《質の悪い》ものだ、と。
ユウキは既に手遅れだった。既に魔法陣は完成し終えている。
―――あの術式の組み方は、広範囲の敵を昏倒させる結界魔術か!?
広範囲に影響を及ぼす術式は、構築と発動に時間を要する。故に、一目につかない場所か、仲間の援護を貰いながら使用するのがセオリーだ。が、あの魔術師は巧妙に自身の魔力を発動直前まで隠し、ユウキのような魔術師の探知を搔い潜ってみせたのだ。魔術に細工をする事に長けた使い手と判断するべきだろう。
Aegisはユウキに警戒を促す。
『ユウキ!防御を』
「分かってる!」
ユウキは自身の正面に素早く防御陣を展開させた。
「ちょっとユウちゃん急にどうしたの!?」
ユウキを追いレナが店を飛び出して来た。レナはユウキが魔術を使用している事、そして上空の異変に気付く。
「あれって!?」
アルベルトはユウキをほくそ笑むように魔法陣に掌を翳し微笑んだ。
「絶陣(アオス・シュテルベン)」
詠唱と共に、魔法陣が瞬き黒風白雨の如く魔力砲が一斉に発射された。ユウキはその光景に舌打をする。
―――範囲が広過ぎる!!
「Aegis!!」
『了解。シールド展開』
ユウキはレナの前に立ち巨大な円形の盾を複数展開する。そこから蝶が羽根を広げるように盾を広げていく。範囲はおよそ十メートル。今のユウキにはこれで精一杯だった。
降り注ぐ魔力砲は逃げようとする人達を容赦なく襲っていく。
大人だけなく、女性や子供までも容赦無く降り注ぐ砲撃。ユウキは自分の守れる範囲を守るだけで、他の逃げる人達を救う事は出来なかった。この魔術が殺傷ではなく、昏倒させる事を目的としてる魔術というのが唯一の救いだ。そうでなければ、多くの人達を見殺しにした事になる。ユウキはただ魔術が止むのを待ち耐えるしかなかった。唇に歯が喰い込み、そこから血が零れ落ちる。
アルベルトは逃げ惑う人達を見下しながら、異変に気が付く。
「私の術を受ける者がいるか。彼奴ならば多くの魔力を蒐集出来そうだ」
獲物を前に舌舐めずりをし、蟻の子のように散る人間をせせり笑う。アルベルトの心中は若かりし頃のように満ち満ちていた。
魔力砲が止むと、ユウキは直ぐにシールドの展開を解除した。自身の盾で広範囲の攻撃を受け切るのは難しいからだ。
「Aegis、被害状況は!?」
『守れたのは一一三名。攻撃を受けたのは三二七名です。室内にいた人達には被害が及んでいません。民間人の中にもこの攻撃を凌いだ方がいるようですので、想定よりも被害は少ないと云えるでしょう』
「数の問題じゃないんだよ!」
ユウキは歯ぎしりをして声を荒げる。自分に力があればもっと多くの人を守る事が出来たのだ。そう考えるだけで、沸騰した血液が吹き出しそうになる。
『貴方の怒りは御尤もです。私も同じ気持ちです。ですが、今は冷静に状況の把握と対処を』
Aegisはまるで教官のようにユウキを諌める。ユウキは息を整え自制する。
「・・了解。ありがとう、Aegis。一気に頭冷えた」
『問題ありません。その怒りは全て彼処にいる魔術師にぶつけてやりましょう。この場で闘えるのは、私と貴方だけです』
ユウキは腕時計を一瞥すると、
「警察が到着するまでには何分掛かる」
『最低でも十分は時間を要します』
ユウキは空に浮かぶ敵を睨み付け拳を握り締める。この場であの敵と戦えるのは自分だけだ。ならば、自分はあの敵に向かって行かなければならない。母が見せてくれたあの背中のように。
「分かった。なら、十分以内で決着を付けるぞ、アイギス!」
『当然です。私達に会った事を後悔させてあげましょう』
ユウキは腕を胸元の正面に掲げる。
「Aegis、起動!」
合図と同時に、リングが幾何学模様を描きユウキの身体を覆っていく。人が別の生き物へと生まれ変わるかのような光景だった。
着用していた洋服は黒地のサーコートへと変わり、腕にはヴァンプレイスとガントレット、胸部には胸当てのキュイラス、腰部にはフォールド、そして脚部にはグリーブ。ユウキは一瞬で騎士甲冑を纏う騎士となった。
Aegisを纏ったユウキは自分の全身を見ると、
「現実でAegisを装着するのは初めてだな。イメージトレーニングの中と全く同じだ」
感想を述べる。重さを感じないのも驚きだ。
『良くお似合いですよ、ユウキ。さあ、参りましょうか』
「ああ!」
ユウキが空中へ飛び立とうとしたその時だった。
「・・ユウちゃんどういう事?」
背後から声が聞こえた。ユウキが振り返ると、レナは面喰らったように動揺し、不安そうに揺れる水面のような瞳をユウキに向ける。
「どうしてユウちゃんがあんな強力な魔術を?どうして魔法武器を持ってるの?どうしてあんな強い魔術師と闘おうとしてるの?―――分かんない・・分かんないよ、ユウちゃん・・」
魔術師の攻撃の恐怖から、それともユウキに対する感情からなのか、レナは真珠のような涙を瞳から零していた。ユウキの心の中に小さな漣が立つ。
ユウキはいずれレナに自分の事を話すつもりでいた。ワールドオープントーナメントにはレナも選抜されていると聞いている。どちらにせよ、ユウキの秘密がバレるのは時間の問題だ。だが、それは未だ先の話だと思っていたのだ。
「ごめんな、レナ」
ユウキは手を伸ばし、指先でレナの涙を拭う。
「ユウちゃん・・」
「アイツを倒したらちゃんと話すから。全部隠さずに必ず話すよ。だから、今は、ここで俺の帰りを待っていてくれ」
ユウキは白い歯を見せ笑ってみせた。レナの不安を弾き飛ばすように。
レナは分かっていた。頬に触れた指先が震えていた事を。ユウキは恐怖する心を隠し、敵に向かおうとしているのだ。
―――そんな覚悟見せられたら、私は待ってるしかないじゃない・・
「約束・・」
「えっ・・?」
レナは半ば強引にユウキの手を引きつけ小指を結び付けた。
「約束!アイツを倒したらちゃんと私のところに帰って来る事。帰って来たら隠してた事をちゃんと話す事。それから・・私に二度と隠し事しないって約束する事!」
震える声でレナは訴える。片手で流れる涙を拭いながら、レナはユウキの小指を決して離そうとしない。
「・・分かった。約束する」
ユウキの言葉にレナは別れを惜しむように小指をゆっくり、ゆっくりと解いていった。
「・・・いってらっしゃい」
「ああ。行ってくる!」
ユウキは再び敵を見据えると、一直線に上空へと飛び去って行った。敵へと向かうユウキは不思議と負ける気がしなかった。
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