4-3 ダンス・イン・ザ・マジカルランド

 かつての地球の空はとても広かった。何処までも突き抜けるような青空が続き、鳥達が舞うようにして飛んでいた。

 私が幼少期に過ごした場所は、大きな湖と深い森が続く小さな湖畔の町だった。清貧という言葉が似合う穏やかな暮らし。日々の生活を家族の為に費やす。

 父と母と私の家族三人の慎ましい暮らし。

 私はそれだけで幸せだった。

 だが、若かりし頃に見た原風景は、今はもうない。

 名前さえも無い戦争で、私の故郷は焼け野原と化した。父も母も炎に焼かれ天へと召された。異世界との交流が頻繁になるにつれて世界は広がった、ように見えた。

 しかし、それは間違いだった。人はより闘いを望み、その空を黒煙で埋め尽くしていったのだ。

 私自身もその片棒を担いだ一人だ。父から受け継いだ魔導を以て、多くの人間を殺し、空を黒壇へと染め上げっていった。その空は、まるで殺した分の人間の血で塗り潰されていくようにただ黒々と染まっていった。

 そして、何十、何百と人を殺めている内に私はふと気が付いた。

 魔術は人を殺すためのただの道具だ、と。

 それは、銃や戦車と何ら変わりない。ただの殺戮兵器なのだ。

 それを学術の一環として子供に教育している。

 正気の沙汰と思えなかった。

 子供達に人殺しの作法を教えている世界は狂っている、と私は悟った。

 そこで、私は思い付いた。

 魔力が戦争の根源であるならば、その魔力が使用出来なければいい、と。

 今や魔力を燃料に多くの兵器が稼働している。魔力が無くなれば資源のない国と同じだ。衰退し、軈て滅亡していく。

 魔力を発生させる為の魔力核が魔力の根源となっているのは周知の事実だ。

 私は研究の過程で、それを除去する実験を試みるようになった。魔力核さえ無ければ、人は魔術を行使する事は出来ない。たとえ外部から魔力を取り入れようとしてもそれは限り無く霧散していくのだ。

 私の理論は完璧だった。これをあらゆる世界で実施すれば、戦争は減っていき、やがて無くなるだろう。私の心は狂気するように踊った。

 だが、私は世界から見放される事になった。

 高尚な理想の前に人は畏怖の念を持たずにはいられないのだろう。私は無能なNMAの猿共に大いなる実験を止められ、刑務所へと投獄されてしまった。

 それから三十年。

 私は空を見る事さえ許されなかった。

 太陽の輝きも、風の温かさも、鳥の囀りも、私の部屋には一切届かない。遠い日の故郷を思い出しながら、私は只管に脱出の機会を窺った。

 年が変わる毎に警備員の連中は軟弱になっていた。私が牙を研ぎ澄ましながら咽喉笛を噛み千切ろうとしているのにも気が付かずに。

 そして、昨日その好機は訪れた。

 一人の若い警備員が配属されたのだ。その警備員は私が年老いている事に油断していた。それは当然かもしれない。貌はしわくちゃになり腰も曲がってきている。満足に走る事もままならない。

 その上、魔術核に封印を施されていて魔術は使用出来ない。刑務所の中には協力な結界が張られていて、空気中から魔力を精製する事は至難の術だ。古代魔術の使用も不可能。

 だが、それは違う。私は三十年の間に新たな魔術を生み出していた。古代魔術と同様に外部から魔力を賄い行使する方法だ。魔力の源は何も自然や大気だけではない。

 人。

 人から魔力を抽出し魔力を貯蔵すればよいのだ。若い人間なら尚更良い。

 新任で配属された警備員は、神が私に差し出した供物だった。彼には感謝してもし足りない。脱出するための転移魔術の魔力を補うに十二分に事足りる魔力を私に捧げてくれたのだから。

「久し振りの空、風・・とても心地良い。異国の地においてもこの感覚は変わらない。世界は須らく一つという証明か」

 転移魔術は成功し、私は自由という空の元に降り立った。

 あの時実験が失敗したのは時代が悪かった。私の理想が理解出来ない愚か者ばかりがのさばる酷い時代だった。時代が変わらなければ、やはり私の手で《時代》を変えるしかない。

 再び戦争への楔を打つべく理想を体現する。その為には莫大な魔力を取り戻す必要だ。

「まずは魔力の蒐集といくか・・幸い此処には下らない猿共が集まっている」

 

 アルベルト・ファゴットは空中に漂いながら、眼下にいる人間に狙いを定める。自身の魔術核の封印解呪には魔力を要する。彼は魔法陣を展開し、大口を開くと、鋭い牙を剥き出しにした。

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