4-1 ダンス・イン・ザ・マジカルランド

 第一五研究所内の隅に併設されている個室。その内部はまるでSF映画の中に登場する科学室のような様相を呈している。様々な電子機器が部屋中を埋め尽くし、配線が樹脈のように所狭しと張り巡らせている。その中心で、ラルフは椅子に座りながら複数のスクリーンを展開し、《何か》を観ている。


「博士、こんな所にいたんですか?」


 部屋の扉を開き、声を掛け来たのはミリアルドだ。ラルフは振り返らずに訊ねる。

「何か用かい?」

 ミリアルドは呆れたように肩を落とすと、

「何か用かい、じゃありませんよ。クラウス博士が頭から炎を上げて探してましたよ?」

「それはそれは。大変だねぇ」

 素知らぬ貌でコーヒーを啜るラルフ。

 クラウスはラルフと同期、且つ同職の研究員だ。二人はライバルのような関係にある、と世間は見ているが、そう思ってるのはクラウスだけだったりする。

「また何かしたんでしょう?」

「ちょっと彼のコーヒーに特製激辛ソースをちょーっぴり入れただけさ」

 ラルフはクラウスに対してこのような《しょうもない》悪戯を度々繰り返している。先日は白衣のポケットの中に大量の苺ジャムを詰めていた。

 ミリアルドはその返答に頭を抱える。

「好い加減、子供みたいな事は止めたら如何ですか?」

 ラルフはミリアルドの苦言をほくそ笑む。

「童心を忘れた大人は、ただの大きくなった子供さ。大人とは子供の要素を持ち続けているからこそ大人たり得るのだよ、ミリアルド君」

「また訳の分からない云い訳を・・」

 ミリアルドは溜め息を付き辟易する。

 ラルフは天才の名に恥じない優秀な研究者であるが、人の云う事に全く聞く耳を持たない。ミリアルドはすっかり慣れたが、悪戯の被害に遇っているクラウスはただの可哀想な被害者だ。

「そんな事よりもミリアルド君。これを見てくれよ」

「何ですか?」

 それは緊急でNIMAに極秘にリークされた情報だった。未だ警察やマスコミ、世間にさえ伝わっていない。ミリアルドはその文面を読み暗い影がその表情を覆う。

「第二級犯罪者アルベルト・ファルゴットが南極刑務所を脱走?警備員は全員死亡。その上・・転移先は日本だって!?」

 ミリアルドは声を荒げずにはいられなかった。ラルフは背後で驚いているミリアルドとは対照的に至極冷静だ。

「彼は老獪の名に相応しい魔導士。長年拘束されて弱っているとはいえ、中々の難敵だ」

「冷静に云っている場合ですか!?」

 アルベルト・ファゴット。八十七歳。西洋魔術を源流とする結界魔導士。魔法陣を用いた結界魔術や転移魔術を得意としていた。NMAに属する魔術師であったが、禁忌とされる人体実験を繰り返し、三十年前に逮捕・拘束される。裁判の結果、無期懲役の判決を受ける。その後、魔力を封じられ南極刑務所に投獄されていた。

 ラルフはスクリーンに映るアルベルトのデータを瞬時に分析すると、

「難敵とは云ってはみたが、それはもう昔の話のようだね。既にNMAの武装部隊が動いているし、彼等の手に掛かれば一網打尽だろう。既に時代が違う事を身に沁みて思い知らされるだろうさ。既に転移先も探知されているから捕縛されるのも時間の問題だろうね」

 ミリアルドはその情報に愕然とすると、

「転移先は・・マジカルランド!?」

 再び大声を上げる。ラルフは片耳を指先で掻きながら、

「騒々しいね。もう少し冷静になり給えよ」

 ミリアルドは血相を変えてミリアルドに訴える。

「ユウキ君と彼の彼女がマジカルランドに遊びに行ってるんですよ!!」

「・・へぇ。それは面白いね」

 ラルフは面白い玩具を見付けた子供のように無垢な笑みを浮かべる。ミリアルドはその表情からラルフのお思惑を直感的に見抜いた。

「まさか・・アルベルトとユウキ君を闘わせる気ですか?」

「鋭いね、ミリアルド君。ユウキ君とアイギスにとっては、実践を学ぶ良い機会だろうさ」

「巫山戯ないでくださいっ!!」

 ミリアルドは両手をテーブルに叩き付ける。

「彼はまだ学生で、魔術を使用して戦闘した経験もありません。それをいきなり実戦であんな犯罪者と闘わせるなんて」

 ラルフはそれを聞くと、サブモニターにアルベルトとユウキの魔力値のパラメーターを映し出す。

「アルベルトの今の魔力値から計測すると、魔力値レベルは精々C程度だ。《今》のユウキ君とアイギスなら十分に闘える筈だよ」

「しかし―――」

 ラルフの指摘にミリアルドは口を噤んだ。

 ラルフが云うように、ユウキには勝機がある。ユウキの今の魔力値レベルはB+といったところだ。単純な魔力はユウキが上、加えてユウキにはAegisがある。魔法武器を持っていないアルベルトが不利な状況であるのは明白だ。しかし、敵は腐っても幾つもの戦場を経験してきた男。一筋縄ではいかないだろう。

「いざとなればミリアルド君がユウキ君を助けてあげるといい。君の手に掛かればアルベルトなどちょっと暴れん坊のお爺さんさ。既に許可は取ってあるから直ぐに向かうといい。―――それと、くれぐれも『Aegis』の存在を世間にバレないように処理を頼むよ」

「分かりましたっ!」

 ミリアルドはラルフに敬礼すると風のように部屋を出て行った。ラルフはキーボードを叩き、幾つかのスクリーンの一つを別画面に切り替える。そこにはユウキとレナが楽しそうにマジカルランド内を歩いている様子が映っている。

「さてと、特訓の成果を見せて貰おうか、ユウキ君」

 ラルフは不気味な笑みを浮かべながら、コーヒーカップに手を伸ばした。

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