3-2 Aegis

 特訓を始めて三週間が経った頃だった。

 ユウキは朝昼晩と昼夜を通して特訓に明け暮れていた。

 朝はAegisとの基礎体力と基礎魔力の訓練。

 昼はAegisが作り出した疑似空間内でのイメージトレーニング。

 夜はミリアルドとセルフィとの魔術・戦技訓練。

 食事と睡眠とトイレ、学校の授業以外は全て特訓に時間を費やしている。

 結果、毎日の特訓のお陰で身体全身が筋肉痛で酷い有様となっていた。それは外側だけでなく内側も同じで、魔術核と魔術径路も筋肉痛のような症状を起こしていた。訓練後のアフターケアを念入りにやっているからこそ耐えられているが、それが無ければとっくに身体を壊しているに違いない。それくらい身体を虐め抜いているのだ。学校生活を普通に送るのも楽ではない。

 学校の昼休みとなると、ユウキはレナと昼食を取る事が日課となっていた。

 周囲の友人からは元鞘に戻ったと微笑ましい視線が向けられ、レナを好いている男連中からはこれでもかと嫉妬の視線を向けられる毎日。

 しかし、ユウキは最早そんな事を気にしてもいなかった。勝手にしやがれ、と云わんばかりにユウキは寧ろ堂々とレナと一緒にいるようになっていた。それが効いたのか、今は男連中はなりを潜め、ちょっかいを出してくるのは、最早ガルシア・オスロ一人となっていた。

 ユウキとレナを応援する友人は実はとても多い。

 ガルシアは悉くレナの女友達に牽制され、レナに近付く事すら許されなくなっていた。特に、昼休みは女子陸上部が使用している部室を二人の為に開放するようになり、ユウキとレナは二人きりでいられる時間が増えていた。時折、レナと同じ陸上部員が野次馬根性で部室を訪れていたが、残念ながら期待されている結果は未だ訪れていない。

 今日もレナの友人が二人部室に訪れていた。一人は同級生のマナカ、もう一人はユウキと同じクラスの後輩のサヤだ。

 マナカがユウキを指差しレナに訊ねる。

「それにしてもよく寝てるねー、ユウキ君」

「そうだね。毎日夜更かしてるのかなぁ?」

 テーブルでうつ伏せに臥して眠っているユウキの髪を撫でながらレナは心配そうに呟く。

「授業中はちゃんと起きてるみたいですから、夜更かしじゃないと思いますけど」

 サヤが腕組みをしながら云う。

「そうなんだ。まあただの夜更かしだったら授業でも寝ちゃいそうだもんね」

 マナカはうんうんと頷いていると、はっと何かに気が付いたようににやつきガジメル。

「もしかして、レナが《襲って来る》の待ってるんじゃないの?」

「ちょっと何云ってんのっ!?」

 レナはマナカの発言に動揺し思わず立ち上がる。

「そんな大声出したらユウキ君起きちゃうよ」

 マナカが小声で注意すると、レナはちらりとユウキの様子を確認する。ユウキはどうやらそのまま眠っているようだ。レナは椅子に座り直すと、

「・・変な事云わないでよ、マナカ」

 少しだけ頬を赤らめ口をへの字に曲げる。

「ごめんごめん。冗談だから。夜這いは良くないって話よ」

 レナがヘラヘラと笑っていると、

「全然反省してませんね、先輩」

 溜め息交じりにサヤが呟く。マナカは「まあね」と本当に反省していないらしい。彼女の揶揄い癖は今日も平常運転だ。

「これ以上二人の邪魔をしてはいけませんから、私達は御暇しましょう」

「ええー?もう少しレナの事弄りたいのにー」

「駄目です。私達はお二人の関係を応援する側だって事忘れてません?」

 サヤは生真面目で情に篤い。レナの事もユウキの事も大切な友人として想っているからこそ出来るこの迫力である。背後に般若貌が見え隠れしているのは、マナカ的にもお呼びではない。

「分かったよ。そんな怖い貌しないでよー。本気で怒られてるみたいでマジ凹むよ」

 サヤはレナに小さく一礼すると、

「レナ先輩。私達は失礼しますね」

「うん。ありがとね」

 サヤはマナカを引き摺るように部室を後にした。部室の中にはユウキとレナだけが残された。

 規則的な寝息と時計の針が進む音。そして、胸の鼓動が一遍にレナの身体を波のように襲う。静かな部室は二人だけの空間だ。誰も邪魔をする者はいない。

 レナは臥せっているユウキをじっと見詰める。

―――マナカが変な事云った所為で意識しちゃうじゃない。

 ユウキの性格を考えれば、ユウキが無防備な姿を見せるのはレナの前くらいだろう。ほぼ一人暮らしのような生活をしているユウキは、実は常に気を張っている。周囲に迷惑を掛けないように一人で何でもするよう努めているのだ。それは、レナがずっと見てきたユウキの長所であり短所でもある。

 レナは頬杖を付き猫を撫でるようにユウキの髪に触れる。

「私に黙ってまた一人で何かしてるんでしょ?そういうところはもう少し話してくれてもいいんじゃない?」

 昔に戻ったようで戻っていないようなもどかしい感覚。

 しかし、レナはそれで十分だった。掌から伝わるさらさらと伝わる感触を独り占め出来るのは、自分だけだと知っていたからだ。

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