3-1 Aegis

 次の日の放課後。

 ユウキは真っ直ぐ第一五研究所へ向かった。

 施設内に入ると、ラルフとミリアルド、セルフィが待っていた。ラルフの傍らには大人の男性が一人入れる程のカプセルポッドが置かれている。その中を覗くと、ドライアイスから発生する白煙のような靄に包まれている。

「やあ、ユウキ君。いらっしゃい」

 ラルフは笑顔でユウキを出迎える。今日は一段と眼鏡が鼻先からずり落ちている。

「早速だが、昨日忘れていた約束を果たそうじゃないか?」

 ユウキは直ぐに合点がいく。

「もしかしなくても魔法武器の事ですか?」

「ああ、その通りだよ。昨日は渡すのをすっかり忘れてしまったからね」

———やっぱり忘れてたのか・・

 あっけらかんとしているラルフを見て、ユウキはすっかり毒気を抜かれてしまった。

「では、改めて。《彼女》が『Aegis』だ」

 ラルフはカプセルポッドの脇にあるスイッチのようなものを押した。すると、ポッドの前面が縦にゆっくりとスライドしていき、その中身を露わにしていく。内部に溜まっていた白煙が焦らすように外部に抜けていくと、ユウキは頭に疑問符を浮かべる。

「これが『Aegis』ですか?」

「そうだよ」

 ユウキの目に入ってきたのは、携帯端末くらいの大きさの正方形状の白い箱だ。それがカプセルポッドの内部で浮遊している。

 まるで古代遺産の発掘物だ。

 ユウキは眉を顰める。単純に、考えていた魔法武器と形状が異なっていたからだ。

 魔法武器には様々なデザインがある。

 最もポピュラーなのが『アクセサリー型』だ。普段は指輪やピアスのような形で身に纏い、闘いとなれば形状を変形させ武器へと姿を変える。

 その他には、武器の形状をそのまま小型化した『ミニチュア型』、宝石のような結晶となる『クリスタル型』等がある。

 魔法武器は、科学と魔術の進化が融合した結晶と謳われている。それはまるで宝石箱の中に宝物をありったけ詰めこんでいるようなものだ。小さな身体の中には、使用者の魔術工房が形成されている。

 ラルフはユウキを手招きする。

「まあ、先ずは彼女を手に取ってくれ」

「はあ・・・?」

 疑心暗鬼な視線をラルフに向けながらも、ユウキは箱を手に取る。

 触れた瞬間、頭の中を電流のようなものが駆け巡る。それが頭の先から足の指先まで体内の魔術核と魔術径路を血液のように巡っていく。


 ユウキが瞼を開くと、そこは何処までも広がる海の中だった。

 まるで、蒼海の水底で空の光を浴びているような感覚だ。水の中で揺れる光は波と共にゆったりと揺れながら、静寂に包まれる世界を癒してくれる。


『初めまして。貴方が『ユウキ・シングウジ』ですか?』


 凛とした清閑な声だった。

 ユウキは声のする方向に意識を傾ける。いつの間にか、ユウキの目の前には騎士甲冑を纏う女性が立っていた。

 暗夜の湖上に浮かぶ白銀の月のような甲冑と暁の空に希望を照らす太陽のような金糸の髪。蒼穹を丸く象ったような瞳。

 ユウキはその姿に一瞬で目を奪われた。彼女の視線に気付き、ユウキは慌てて取り繕う。

『えっと、そうです。君が『Aegis』?』

 Aegisは小さく頷くと、

『はい、その通りです。私は人工知能搭載・自律制御型魔法武器『Aegis』です』

 朗々と説明する。

『人口知能?』

『はい。私はラルフ博士によって開発されたArtificial Intelligenceです。疑似人格と考えていただいても構いません』

 魔法武器の中に慣性制御や魔術制御の為にコンピュータデバイスが組み込まれるのは一般的だ。しかし、武器に人工知能を搭載するなど前代未聞だろう。

 それ以上に驚きなのは、『Aegis』がまるで本物の人間のように話している事だ。確かに、巷には人工知能を搭載した清掃型ロボットや警備型ロボットは存在するし、人間型のアンドロイド開発も盛んに行われている。しかし、これほど人間らしく話す人工知能は見た事も聞いた事もない。

 戸惑うユウキに対して、

『驚かれるのも無理はありません。魔法武器に私のようなAIを標準搭載する事は初の試みですし、より人に準拠して作成されたAIも珍しいでしょう』

 Aegisは当然のように主張する。

『それは、まあそうだろうな』

 ラルフの発想は一般的な魔法武器の規格自体を凌駕しているのだ。

『私が他のAIと明確に異なっているのは、所有者である貴方を指導する立場でもあり、共に闘う相棒であるという点です』

 人工知能は必ず人間の命令を遵守するように作成される。それは云うまでもなく、制御下に置けない場合は暴走し人間に被害を齎す可能性があるからだ。より強力な力を所有している人工知能であれば、尚更開発者は絶対遵守の命令権をプログラムに組み込まなければならない。それが人間の自衛手段でもある。

『ユウキ。私は昨日の貴方の話を聞いていました。貴方が強くなりたいと願う気持ち。とても私の心に響きました。———しかし、私は貴方に今一度問いたい。貴方は、強くなる為にどんな努力を惜しまないと、私に誓えますか?』

 まるで歴戦を潜り抜けて来た英傑のような覇気に、ユウキは圧倒された。

 しかし、今更迷うわけもない。

 自分は心の中で堅く誓ったのだ。必ず強くなってみせる、と。

『誓う。俺は君の期待に恥じない努力をする』

『その言葉に二言はありませんね』

『ない』

 決意を露わにしたユウキの言葉がAegisにどの程度伝わっているかは分からない。が、Aegisは鷹のように鋭い眼差しを和らげた。

『貴方の想い・・確かに受け取りました。私も貴方の誓いに恥じないよう、最善の努力をする事を此処に誓います』

 どうやらAegisの期待には応えられたらしい。

『ありがとう、Aegis。お手柔らかに頼むよ』

『安心してください。私は貴方を厳しく指導するつもりではありますが、貴方は無下に扱う真似は絶対にしません。共に闘いを勝ち抜くために精進していきましょう』

 Aegisは小さな微笑みを浮かべ、そっとユウキに向かい手を差し出した。とても不思議な感覚だった。ユウキは彼女とならこの先に待っている闘いを勝ち抜いていけると思えるのだ。

『こちらこそよろしく、Aegis』

 堅く握り締めた手は心強さと闘志が漲っていた。


「どうやら彼女とは上手くコンタクトが取れたらしいね」

 ユウキはいつの間にか深い水底から現実に戻っていた。ラルフは満足そうに腕組みをしている。

「自分の腕を見てご覧よ」

「腕?」

 ユウキの腕にはリングが嵌められていた。それには、Aegisの鎧の色と髪の色を編み込んだような紋様が刻まれている。

「Argisが君専用にチューンナップされた証拠さ。そのリングがAegisの待機状態というわけだよ」

『その通りです、ユウキ』

「Aegis?」

「はい、ユウキ」

 ユウキの声に応えるAegisの声は、蒼海の中で出逢った彼女の声そのものだ。

「どうだい、Aegis?ユウキ君とは上手くやっていけそうかい?」

「はい。ユウキの強い意志は私に伝わっています。これから先、共に研鑽を積み、強くなる誓いを立てました」

 ラルフはふむと頷くと、

「そうかい。それは良かった。じゃあ、ユウキ君と一緒に頑張ってくれよ」

「はい。必ずユウキを一流の魔術師に育ててみせます」

 勝手に話は進んでいるが、Aegisはやる気満々のようだ。ユウキもその勢いに負けないよう再び気を引き締める。

「ミリアルド、セルフィ。では、ユウキ君の指導を頼むね。暫くは僕の出番は無さそうだから後はよろしく」

 ラルフはそう云い残すと、のらりくらりと出て行ってしまった。残されたミリアルドは複雑な表情を浮かべていたが、気持ちを切り替えたのか、ユウキの前に立つと小さく咳払いをする。

「それじゃ、これから本格的に指導を始める。僕は主に魔術格闘を、セルフィが魔術戦技を徹底的に君に叩き込む」

「はいっ!」

 ユウキが気合いを入れて返事をすると、「良い返事ですよ、ユウキ」と心無しかAegisも高揚しているように声を上げる。

「よろしくねー、ユウキ」

 マイペースにふわふわと綿菓子のような空気を漂っているのはセルフィくらいだ。

「実際の練習に入る前に、この指導の意味を伝える。よく聞いておいてくれ」

「はい」

 ミリアルドは携帯端末を取り出し、スクリーンを表示させる。

「マジックファイトに関わらず、魔術戦全般で重要なのは、自身の魔力を使い、駆使し、発揮するという事なんだ。勿論知っているとは思うけど、魔力というものは血液と同じように体内を脈々と流れているもので、心臓の役割をするものが魔術核であり、血管の役割をするものが魔術径路だ」

 スクリーンには人体図が映し出され、説明している内容に対して人体図に描かれている血管に色が点滅し循環するように動いていく。

「魔術核で魔力を精製し、魔術径路を通して魔術を発動させる。魔術行使の基礎中の基礎だ。でも、これを極めるだけで、魔術発動速度、射程、威力は格段に上がる。君の課題は先ずこれだ」

「はいっ」

 ミリアルドは小さく頷くと、セルフィを手招きする。

「セルフィ手本を見せて上げてくれ」

「はいはーい!」

 セルフィは両手を上げ元気良く返事をすると、小走りで移動しユウキの隣に立つ。セルフィが指先で正面の方向を示すと、

「あっちを見て」

 とユウキの視線を誘導する。ユウキがその方向に目を向けると、巨大な金属の壁が床から迫り上がり、山のように聳り立った。

「あれはね、魔術攻撃にのみ反応する特殊な金属なの。それもラルフ特製のね。特訓その一は、あの壁を魔力砲で貫通させることでーす!」

「なるほど・・」

 ユウキは小さく頷く。

「壁の厚さはぴったり一メートル。最終的には、これを欠伸しながらでも余裕で貫通して貰えるようになってもらうね」

 セルフィの説明にユウキは気合いを入れる。

「分かりました」

「よーし、それじゃ、早速やってみようか?」

「はい!」

 ユウキは指定された位置に立った。

 壁からの距離は約十メートル。

 ユウキは学校の魔術試験で同じような経験をしている。掌に魔力を込め砲弾のように放出し壁を貫通させる。ユウキの中では割と得意分野だ。

「では、いきます!」

「頑張ってー、ユウキ君!」

 セルフィのズレた乗りはさておき、ユウキは魔力を掌に集中させていく。と同時に、魔力を一発の銃弾として貫通するイメージを頭に思い浮かべる。手加減無しの一撃をあの壁に叩き込む。

———こんな基礎で躓いてはいられない!

 ユウキの右の掌には白色の魔力光が収束していく。それは徐々に圧縮されていき、満月のような球体を作り出す。

「はぁあああ!!」

 限界まで引き上げた弦を放し矢を放つように、ユウキは右腕を前方に押し出し魔力砲を発射した。一直線に放たれた砲撃は、威力を落とす事なく壁に激突した。が、壁に触れた瞬間、魔力光は花火が夜空に消えるように霧散していく。

 ユウキは呆然とした。

「一体どうして!?」

 手加減をしたつもりはないし、まして手を抜いたつもりもない。自分の全力を出したつもりだ。

「ドンマイドンマイ。最初は誰だってこんなもんだよ」

「でも、俺は―――」

「自分の弱さを認めるのも大事な事だよ」

 ミリアルドに肩を掴まれ嗜められる。

『その通りです、ユウキ』

 その上、Aegisにまで注意され、ユウキには立つ瀬がない。

「・・・すみません」

 ミリアルドは落込むユウキを勇気づけようと、

「気にしないでいいよ。悔しいと思うのは強くなるために大事な要素だから」

 と、肩をぽんと優しく叩いた。

「・・・はい」

 この程度で腐ってはいられない。自分の弱さを認めなければ先には進めない。ユウキは自分の頬を叩きもう一度自分を奮い立たせる。

 ミリアルドはその様子を見てほっと安心したように微笑むと、

「最初から出来きてしまう事を、特訓と称してやらせたりはしないさ。とは云っても、本当にあの壁が魔力砲で貫通するかは見てみたいと思うだろうから」

「私がお手本をみせまーす!」

 高らかに手を上げ、セルフィはユウキが立ったラインへと小走りで向かう。定位置に立つと、セルフィの表情が途端に鋭くなる。

 その直後、壁の方角から耳を劈くような炸裂音が響いた。ユウキにはセルフィが魔術を発動した動きさえ見えなかった。

 ユウキが呆然としていると、ミリアルドが壁の方を指差す。

「あれがウチの魔術戦技ナンバーワンの実力だよ」

 爆煙の中から現れた壁の中心には、見事に大穴が開いていた。穴の周辺には罅一つたりとも入っていない。

「純粋で強い力は、無駄な破壊を一切しない。自分が貫くと思った場所だけが貫かれる。これが一流の技というものだよ」

「凄い・・」

 ユウキは思わず生唾をごくりと飲み込んだ。本物の実力というものは初めて垣間見、心から感嘆しているが、それを表現する言葉が見付からない。

「大丈夫。これから鍛えていけば、ユウキ君も同じ事が絶対に出来るようになる」

 ミリアルドの言葉にユウキは、心と身体が武者震いするように高揚していく。自分が同じ技を使えるようになると思うだけで、腹の底にマグマが溜まったように熱くなる。

「改めて特訓といこうか、ユウキ君」

「はい!」」

 心躍る、というのはこの瞬間を云うのだろう。ユウキは初めてその瞬間を味わった。

「いい返事だ!おねーさんがナデナデしてあげよう!」

「えっちょっ・・!?」

 セルフィは強引にユウキの頭を撫でる。ユウキはそれを無碍に引き剥がせずに、ただ犬のように頭を撫でられるしかなかった。

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