エピローグ~語り継がれる物語
私達は容易く人を殺すことができるのだと知った。心無い言葉で、保身で、成り行きで……考えることを放棄した瞬間に誰もが罪人になりえて、誰もが……ゴーストになりうる。
文月先生が生還を果たし、七不思議対生徒の戦いは生徒に軍配が上がった。表向きは。文月先生達の一芝居で余計な疑問や不自然さは流されたと言ってもいい。何かやると知っていても真実を知らされていた全員が驚いて、感動して、熱狂した。一生忘れられないだろう。壇上に上がって生還報告をした文月先生に北野先生が呼びかけた。
「僕の返事ももらえませんか? ……13年前からずっと貴女が好きです。上條カナタも文月そらも……もう2度と離したくないんです」
真っ赤になって固まってしまった文月先生はとても可愛くて、冷静に見えて同じく真っ赤な顔した北野先生も意外過ぎて生徒は皆囃し立てるどころが固唾をのんで見守る姿勢。
「また、紅茶を淹れて、くださるなら」
「勿論です。……カナタさん?」
「……が、学校で、式を挙げて、くれる、なら」
「! それは……」
文月先生が小さく頷く。
「共に、歩ませてください」
うわぁっと一斉に歓声があがった。まさかの全校生徒職員の前での告白とプロポーズ。公衆の面前でと苦言を呈する先生もいたけれど概ね祝福ムード。それは雪華祭にも反映されて過去最大の盛り上がりを見せた。
そして、2学期が終わる頃に校長先生からプリントが配布されて再び生徒達は浮足立った。なんと門出の時に合わせて卒業式の日に2人の結婚式を執り行うというのだ。受験生は憂いなく祝福したいとラストスパートに全力を尽くし、在校生もお祝いをするべく友達と語り合う。あっという間に卒業式の日が来た。先輩達とのお別れも寂しいけれど、結婚式もあるから涙も抑えられるかなという雰囲気。でも、結局全員が泣くことになった。校長先生のお話とサプライズは歴史に残るんじゃないかな。
「3年生の皆さん、卒業おめでとうございます。この1年はたくさんのことがありました。13年前、かつての生徒だった上條カナタさん。今日、北野先生と結婚される文月そら先生です。君達は学んだと思います。誰かを否定すること、考えることをやめる恐ろしさを。同時に諦めなければ、行動を起こせば奇跡を起こせると知ったはずです。
今日、結婚式を行うと決めたのは私なりの理由があります。ここにいる全校生徒誰一人として七不思議という俄かに受け入れ難い怪異を前に引かなかった。解決して、無事に雪華祭開催までやり切りました。もちろん、逃げたかった人も悔いが残っている生徒もいるでしょう。でも! でもです。皆さんはちゃんと考えたんじゃないでしょうか。どうして七不思議が起きたのか、背景に何があって、存在を消してしまったか、罪悪感と後悔、自分を省みることもあったでしょう。……人として考えて悲劇の再来を回避した。それができた君達とそんな君達を育ててくれた父兄の皆様に感謝したい。君達がいたから上條カナタさんは故郷に戻り、北野先生も思いを伝え、結ばれることになった。この結婚式は君達の集大成です。君達が修復した人生の門出を共に祝い、見送り、そして、ずっと心に留めておいてほしい」
校長先生は職員席に目をやって深く頭を下げた。
「文月先生、いえ、上條カナタさん。不甲斐なく心無い教育者のせいで神隠しに遭わせてしまった。至らないばかりに心の傷を開かせ七不思議を目覚めさせてしまった。一教育者としてお詫びします。申し訳ありませんでした」
一斉に教職員もそれに倣い、文月先生が恐縮して立ち上がって首を振る。校長先生が優しく微笑み体育館の入り口を指し示した。何事かと振り向く視線の先で北野先生が戸を開ける。小柄な女性と白髪交じりの男性が会釈して入ってきた。その視線は一点を向いて揺れていく。
「ずっと校区内にお住まいだったのがわかりましたのでお呼びしました。結婚式という門出と……11年前に受けられなかった卒業式。今度こそ一緒に祝ってあげていただきたい。上條カナタさんのご両親です」
「お父さん、お母さん……?」
「カナタ!」
数歩進んだところで涙をぼろぼろ零して動けなくなって、それでも両手を両親へと伸ばした。駆け寄って来た2人に抱きしめられて文月先生は本当に子どものように泣いた。しがみついて、何度もお父さん、お母さんと呼びながら。
もらい泣きから、卒業の寂しさがぶり返して皆して大号泣。予定を3時間ずらすというアナウンスにも異論は出ずに、卒業生はなんとなく親と話しに行ったり、先輩後輩と別れを惜しみながら結婚式の準備を始めたり。生徒会長や黒崎先輩まで目が真っ赤だったのは気付かなかったふり。
準備を手伝いながら少しだけ話を聞いた。校長先生が薄々勘づいて真実を明らかにしてほしいと言って来て、生徒会長達は今後のフォローも考えて話すことにしたのだという。そしたら予想斜めの行動を起こした。北野先生を連れてご両親の家に何度も通って、今回のサプライズにこぎつけた。なんとドレスまで準備してあるらしいというからびっくり。
結婚式はとても素敵で、今まで結婚願望がなかった子まで憧れを抱いたほど。文月先生は胸元に淡い色の花をたくさんあしらったエンパイアシルエットのドレス。ウエストからシンプルだけど重ねが自然に流れる布が美しい。
エスコートするお父さんが潤んだ目でへの字になっているのを見た既婚者の先生が同情するように呟いていた。
「再会した途端に男に攫われちゃうって切ないわよねぇ……」
また新たな年度が始まる。文月先生達は相変わらず在任。学年が上がった私達といえば新入生に七不思議を語り継ぐ。災害を語り継ぐように、学校最大の人災なのだと。当事者として好奇心の的にされている文月先生達は自ら「永久欠番の七不思議だよ」と笑っている。本当にそうであってほしい。ずっと怪異としての顔を出すことなく欠番のまま幸せな人生を送ってほしいと思う。
かつてこの学校で神隠しに遭った生徒がいた。
生きることに絶望して、人であることを放棄して彼らは怪異になる。
彼らを人間じゃなくしたのは、他でもない周囲の人間。
僕らが殺した
君の言葉は刃になっていないかい?
君の無関心は誰かを追い詰めていないかい?
どうか過ちを過ちのまま終わらせないで。
直接じゃなくてもいい、それはおかしいと伝えて。
人の想いで帰ったかつての生徒がいる。
生きる意味を思い出して、再び人の営みに帰りたいと歩み寄る。
彼らを人間にしたのも、周囲の諦めなかった人間。
彼らが願った
君の言葉で伝えてほしい。まだ終わりじゃないと。
君の関心が誰かを救うのだと胸を張ってほしい。
どうか希望を一瞬で終わらせないで。
発して、繋いで、大きな力になると伝え続けて。
人の輪から離れた人間がいる。
彼女は七不思議の一人だった。
学校の大鏡の向こう側 光の加減で見えるという
『永久欠番』
「私はかつてのゴースト。
君達に呼び戻された……ハザマの人間」
永久欠番のゴースト よだか @yodaka
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