全ては元に戻らなくても
「貴女達、強過ぎよ」
深いため息交じりのひと言が泣いて、大声を出し過ぎて咳き込んでいた涼音と、「涼音を泣かせないで下さい!」と途中参戦して息を切らしている奈々の背後から響いて一拍おいて勢い良く2人は振り返った。自分達以外誰もいなかったはずの図書室。入口はひとつだけ。後ろに出入りできるような所はない。
「……酷い顔」
「誰のせいですか!」
「私」
あっさりと認められ言葉に詰まる。そんな反応に微かに笑い低めの本棚に上体を預けて様子を伺っているのは紛れもなく彼女らの求め人だった。本物なのか、なんて言っていいのか。聞きたいことも言いたいこともたくさんあり過ぎて言葉にならない。扉の開く音がして複数の足音に目を向ければ生徒会長、副生徒会長、さつき、黒崎、水無月、北野だ。最後に入って施錠した北野が部屋の一番奥にいる文月に短く声をかけた。
「連れてきた」
「ありがと。……雄也、アレは?」
「……たら、殺す」
「はいはい」
名指しされ凶悪な顔でつかつかと近寄り、至近距離で唸るように脅してアルバムを押し付ける。周囲は殺すという単語だけ聞こえ表情を険しくするも文月は暴れ馬を宥めるように肩をポンポンと2回叩いて受け取ったアルバムを自分だけが見えるようにぱらぱらと捲る。昔の名前と今の名前が書き入れられたかつての在籍クラスの集合写真の隣にもうひとつ。
『
綺麗な、やや荒れた文字で七不思議の名前が書かれていた。しっかりとルビも入れて。他の人間に見られないように真正面に立ったままの雄也に文月は笑顔を浮かべ口の動きだけで「最高。良い名だ。ありがとう」と伝えた。そうしてしっかりとそのアルバムを胸に抱いて全員を見渡した。
「呼びつけてごめんね。たくさん泣かせて、大変な思いをさせた。あなた達だけには全部、話さないといけないと思って」
「私達、だけ?」
「七不思議に大きく関わった生徒と、雪子。北野先生はもう話してある。……ありがとう、諦めないでくれて。2度も私を消さないでくれた。雄也、過去も今も、あんたが確定してくれた」
「え?」
意味が解らないと呆けた顔の黒崎に文月はトントンと指先でアルバムを示す。悪戯書きの気持ちで書き入れたふたつの名前の事だと気が付いてぱくぱくと物言いたげに口を開け、周囲の視線に眼を飛ばした。詳しく聞きたそうな周囲に文月は人差し指を立てて「内緒」と微笑った。これは黒崎と文月(カナタ)の秘密。黒崎がとても綺麗な文字を書くというギャップを隠したいという希望に沿った約束。
「秋月さんの声が私達を引き戻した。牧田さんの友達を想う気持ち、竹井君、三葉さんの采配、結井さんの存在復活の提案、雪子の願い……どれが欠けても私はここに立っていない」
「私は!」
「さつき?」
「私は、気付かなかった。消えたくなかったってこと。消されて悲しいとか、悔しかったとか、教えてもらうまで。どういう時に消えたいと思うかって、的外れなことしてた」
「だとしても、気付いた。人の声に耳を傾けた。あなたが使命感で封印をしようと意固地に躍起となっていたら、この結末はなかった。模索して得た結果に胸張りなさい。失敗したと思うなら次に繋げればいい。後輩に絶対味方と言える先輩はなかなかいないわ」
「先生……」
「そのままの心根でおとなになってね。皆も」
「文月先生、……カナタ先生?」
「どっちでもいいよ、もう」
「僕らだけを呼んだということは、単純に戻ってきたというわけじゃないということですか?」
「察しが良くて助かるよ。そんな有能な生徒会長さん達の知恵も借りたくてね……全校生徒に明かすにはちょっとね」
「カナタ、消えないよね?」
「そのためにも一応努力しようとしてるのよ。……薄々気が付いているでしょう? 私が普通の人間じゃなくなっていること」
いきなり現れたり消えたりするのを目の当たりにしていた涼音、奈々、黒崎がハッとしたように文月に視線を向ける。縋るように、怯えるように、苛立ったように。
「……起きてしまったことは、もう2度と元には戻らない」
「!」
「私は神隠しに遭い、一時完全に怪異となって、存在が砕けた。でも、秋月さんの言うとおり……私も、七不思議も独りになりたくなかったから、帰りたいって思えたから足掻いてみた。消失の力で今生まれている全ての怪異を無に帰して、大きく力が削がれた七不思議を受け入れた。互いに欠けた部分を補うことでどっちも消えないことを選んだの」
「つまり、それは……」
「うん。限りなく怪異に近い人間モドキになってしまった。基本はこの学校内、頑張って校区内まで。他には行けない感じがする。その代わり、学校内なら消えたり現れたり自由自在」
「それって、学校に囚われた感じですか?」
「そうなる。あれ……年とるのかしら」
「カナタさんはずっと若くていいですよ」
「限度があるでしょう」
「問題があったら、また解決すればいいんです。今度は一緒に」
「……そうですね」
少し火照った顔を冷ますように手で扇いで、ちらりと水無月へと視線を向ける。
「というわけで、人間とは言えないんだけど」
「同じこと言わせないでね」
「はい。…………と、いうわけで、そんな悲壮な顔しないでよ。人間じゃなくてもいいって言う奇特な人達がちゃんといるから」
「私達だって、人間じゃなくても問題ないです! 文月先生が、つらくないなら」
「うん、わかってるよ。無問題。寧ろ、ハッピー。信じてよ」
浮かべる笑みに嘘はない。漸く生徒達の表情が緩む。とりあえずの喜びを分かち合いたいところだが、他の生徒達をあまり待たせてもおけない。うまい具合に納得する話を構築するべく意見を出し合う。
「では、黒崎が大本の七不思議を弱らせ、全員の想いの強さで文月先生は七不思議から解放された。怪異も消えた。という形に。だいぶ荒い内容ですが」
「疑問が出なきゃいいんだけどな」
「雪華祭で誤魔化せないかな」
「爆弾があればいいの? だったら、ある」
「なんですか?」
「うん、まだ内緒」
「先生ー」
「皆がいれば、怖くない、ってね」
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