微睡む怪異と夢を紡ぐ声。
声が、する。たくさんの声。一際響いて聴こえるのは……秋月さんか。七不思議が苛々しているのを感じる。ピリピリ痛い。ああ、鏡が攻撃されているのか……。眠っているのにわかるなんて、ヘンな感じ。なんだろう……? 一瞬存在が濃くなったような、温度を感じたような。
文月の意識が疑問の答えを掴む前に体がバラバラになりそうな衝撃を受けた。自分の体が砂になったような頼りなさ。崩れて暗闇に散っていく。視界といっていいものか自信はないが、線香花火の最期の火球のように落下していく光が見えて辛うじて腕と意識できるものを伸ばして胸に抱きこんだ。
「七、不思、議……」
ざぁっと音がして全てが崩れ、光る粉が鏡の裏の闇に舞う。
さら、さら、さらさら。
ぴちょん――と水面に落ちる水滴のように“何か”が闇を揺らす。粉を繋ぎとめるように“音”は光を集めながら、泣きながら呼んでいた。
* * *
涼音と奈々は図書室にいた。涼音が文月の愛着がある場所として、声が届くかもしれないと考えたから。文月そらの住処だった部屋には彼女のいた痕跡が至る所にある。
「文月先生、図書室は先生の場所です。先生がいないと図書室も寂しそうです。……聴こえますか? 皆の声。帰って来てほしいんです」
何の反応もなく、声が虚しく消える。俯きかけた涼音の手を奈々がぎゅっと握った。奈々は真っ直ぐに目を向けて頷く。頷き返してキッと虚空を見上げた。
「私が、帰って来てほしいんです!!」
少しだけ空間が揺れた気がした。それに勇気付けられる。どんな形であれ声が届いていると確信したから。涼音は言いたいことを片っ端から言葉に出そうと決める。紛れもない本音じゃなければ届かない。
「確かに、私は独りじゃないです。今も、奈々がいてくれる。でも! 先生にもいてほしいんです! そりゃ卒業するし、先生も転勤とかあるかもしれないけど、そういう問題じゃなくて……おんなじ世界にいてほしいんです。先生は色んな理屈をこねて自分が居なくても大丈夫だって言いそうだけど、そんなの聞きません! 私が先生をいるんです!」
突然、凄まじい叫び声が響き渡って奈々と抱き合うようにしゃがみ込む。涼音の顔から血の気が引いた。訝しげに名を呼ぶ奈々に応えずぺたりと座り込む。
「涼音!?」
「先、生……が……」
涼音は感じ取っていた。砕け、崩れ散るイメージを。校舎の別の場所で北野は昏倒した。ただの同調者と確定者ではダメージが違うということか。校舎は静まり返った。声を発すれば、動けば決定的に何かが壊れそうな恐怖感が身を竦ませていた。否、助けを求めて駆けた奏がいる。それを見た者から状況を知ろうと動き出した。恐怖に強張る自分自身を叱咤して、泣きながら、震えながら、何かしなければ終わってしまうと。
奈々は涼音の肩を揺さぶった。間近で見た反応から何かとてもまずい状態だと察していたけれど、そんなこと認めたくない。
「涼音! 呼んで!! 文月先生を呼んで!! 呼び戻して! 諦めたら、諦めたら終わっちゃうよ!!!!」
「っっ文月……っ……文月先生ぇぇぇぇ!!!!」
喉が張り裂けるのではないかという声で涼音は叫んだ。後から後から流れる涙も拭わずに。絶対に消えてほしくない人。状況の理不尽さ、もどかしさ、悲しみ、怒り、全部籠めて。癇癪を起した幼子のように涼音は叫び続けた。
文月先生はいない存在なんかじゃない。どうして教師になったのか。自分と同じ思いをする生徒を出したくなかったからじゃないか。七不思議に同調した生徒を助けられるのは先生を他に置いてはいないじゃないか。恋だってしていたはずだ。子どもだけどわかる。こんなの自殺と変わらない。それじゃあ生徒の教育にだって悪い。先生が生徒の声を無視しちゃダメなんだ。誰かとの思い出を否定しないで、独りじゃないって先生自身が知らなきゃ教えることはできないはずだ。そういう人だから七不思議も……
「七不思議っ、先生を殺したら、ずっと独りになっちゃうよ!? 先生も……先生も、七不思議を独りにしたくないんじゃないの!?!? ねぇ!!」
* * *
誰かの苛められた夢を見た。今でも痛い夢を見た。……悩んで、泣いて、微笑った時間。水音は声になって、思い出になって、
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