ささやかな強い願い

 さつきは生徒会室で『封印』以外の方法を探していた。七不思議の同調解除……元になった感情の昇華。北野によれば確定してしまった後でも人間の方に寄った存在をキープできる気がするという。北野を例とすれば、隠したい存在がその手を離れたこと、元になった強い感情を自覚したことが大きい。涼音は自分の心を溜め込まず話すことで落ち着きをみせている。だとすれば文月はどうだろう?


 「なぁ……消えたいって、どういう時に思う?」


 学年問わずデータ整理に集まってくれている周囲にさつきは問い掛けた。失敗したとき、恥ずかしい時、嫌なことがあった時……だけど、どれもピンとこないし、本気で存在を消したいと思って言っているかといえばそうじゃない。話すことで改めて文月の消失に至った経緯を想像して重たい空気が漂った。


 「消えたかったのかな……」


 小さな声がして声の主を探した。気弱そうな2年生の女子生徒が注目を浴びて身を竦ませる。でも、彼女は逃げださずにどこか挑むように顔をあげた。


 「消されたって、言ってた。文月先生。消されたかつての生徒って」

 「!」

 「皆が否定したからそうするしかなかったんじゃないの? 私も、苛められていたからわかる。ここにいるって思うの。でも、どんどんしんどくなって、消えたら楽になるかなって思うの。苛められたことのない人にはわかんないのよ! ただ、ただ普通に過ごしたいだけなのに!! 好きで消えたいなんて、思う訳がないよ!! きゃっ!」


 さつきは思わず彼女を抱きしめていた。いきなり抱きしめられた生徒は悲鳴をあげて、パニックになっている。


 「最高。そうだよ、消えたくなかったんだ。教えてくれて、ありがとう。気付かなくて、ごめん」

 「……っ」


 同性とはいえ、凛々しい印象の先輩に抱きしめられて笑いかけられ女子生徒は真っ赤になってこくこくと頷いた。抱擁を解かれ、すとんと椅子に座り込んだ彼女にもう一度礼を言ってさつきは作業に戻った。消えた理由ばかり考えていたけれど、本当の気持ちを想像するに至っていなかったことを痛感する。


 「さつき」


 廊下に呼び出されていた晶と奏が手招いていた。七不思議が反応したこと、同調者がもうひとりいること、涼音達が別行動をしたこと聞く。3人は他の生徒にどう伝えていくかを情報があがる度に相談していた。

 さつきはついさっき聞いたばかりの「消えたくなかった」という意見を伝え、存在を回復させる方法で試してほしいと全生徒に晶から伝えてもらうことにした。奏には同調者達の居場所の把握、さり気なく人が行かないようにすることを頼む。前例のない封印以外の終息方法。かつての生徒が転じていた事実。今までにない記録になるだろう。成功させて伝えていきたい。決して悲劇で終わらぬように。


 だから、諦めない。




              * *



 黒崎は当てもなく学校内を歩き回っていた。途中、生徒会長の放送を聞く。舌打ちした。存在を回復する以前に、そらちゃんはいたじゃないか。黒崎にとって文月そらは変わり者の大人で、顔を合わせれば声をかけてくる先生らしくないヤツ、だ。

 それなのに、ずっといなかった風に言われるのが不快だった。確かに過去に別の名前を持つ人であったけれど毎日学校にいる人間だったことは間違いがない。


 「ちくしょう……」


 壁に拳を叩きつけた。破壊の力を持っていると言われた。全てが気に入らなくて壊したい衝動が多い自分には似合いの力だ。けれど、暴れたって取り戻したい人は戻らない。危険が及ぶかもしれない。考えるのは得意じゃなくても、それくらいはわかっている。何かを壊して取り戻せるなら何でも壊す。でも、相手は壊したくない。

 悔しげに歯を食いしばった黒崎の目が僅かに潤む。人の気配に慌てて手短な部屋に身を隠した。物置のような部屋で埃っぽい。くしゃみが出て気付かれるかと思ったけれど大丈夫だったようだ。ホッとした反面、慌てた自分に腹を立てて棚を蹴った。


 「いって!」


 ゴンッと上から重たいものが降ってきて頭に当たった。泣きっ面に蜂だ。何なんだよ! と悪態をついて床に落ちたものを睨む。古いアルバムのようだ。悪戯書きでもしてやろうかと捲って気が付く。


 「昔から可愛かったんだな、水無月先生」


 ひとりずつの写真と集合写真。どれにもいない、いたはずの存在。見てみたかったと思った。若かった頃のそらちゃんを。ポケットを探ると入れっぱなしだった油性ペンがある。他の人間が見たら度肝を抜かれるほど綺麗な文字でアルバムに書き込みをした。


 「よし」


 なんとなく満足した。黒崎はアルバムを棚に戻して部屋を出る。神隠しの大鏡に喧嘩を仕掛ける気で。凄むのは得意だ。他の生徒は無意識か鏡を避けている。危険上等。衝動任せの猪突猛進。それが黒崎のモットー。


 「聞こえるか、七不思議! 応えないとぶっ壊すぞ、コラァ!!」


 『本当にうるさいな……安眠妨害。……死にたいの、キミ』


 予想外に反応が返って足がピクリと下がりたそうに動いた。湧き上がる恐怖を堪えてニヤリと笑ってみせた。


 「殺せるもんなら殺してみろよ。そらちゃんを返せ。そうすれば黙ってやるぜ?」

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