同調者達。
果たして有効な手段が浮かばないまま何ができるかといえば迷走の一途で、効果があるかもしれないということが思い浮かんだら片っ端から試すという非効率的この上ない状況となった。
オカルト的な呪文を調べて唱えてみる者、先生から塩をもらってばら撒く者、校長先生が出してきたお香を焚いてみる者etc 手応えのないまま時間だけが過ぎていく。文月が変化してしまうまでどれほどの時間があるかわからない。焦りの中、涼音は保健室のベッドの上で膝を抱え顔を伏せて何度も心の中で文月に呼びかけ続けていた。
「涼音……」
「……奈々、焦るのに何も浮かばないの。いっぱい助けてもらったのに、みんな動いているのに……」
文月を特に慕っていた涼音には目の前で消失された事実が強いショックとなったのだろう。泣き崩れた後動けなくなってしまった涼音は保健室に連れてこられたが休むこともできずにいる。見かねて声をかけた奈々は痛ましそうに目を伏せた。ひとつの場所で長く過ごしたことのない自分には想像するしかできないけれど、大切な人がいなくなるのは身を裂かれるほど痛いだろう。でも、
「文月先生は、守ってくれたよね」
俯いたままの涼音に奈々は語りかけた。自身も焦る気持ちを押さえて。だって、文月先生も好きだけど、それ以上に自分には涼音が大切だから。失いたくない友達だから。
「私、お礼を言いたい」
「?」
「涼音は、転校が多い私がいちばん大好きだって、転校しても友達でいたいって思ってる。文月先生はそんな涼音を守ってくれた。七不思議にしないって……すっごく感謝してる。涼音は?」
「私? ……私、は……帰って来て、ほしい……」
「じゃあ、行こう!」
「え」
「文月先生は消えちゃったけれど、まだ取り戻せる可能性がある。変化を止められれば。方法はわからないけれど足掻こう? まだ、終わりじゃないよ! 一緒に、頑張ろう?」
差し出された手を涼音は掴んだ。その手は温かい。文月の言葉が蘇る。
『……無敵よ。秋月さんは無敵。独りは自由でそれなりに強いけど、もっと強くは難しいの。何があっても大丈夫。秋月さんは独りじゃないんだから』
「文月先生だって、独りじゃないよ……」
自分もそうだと気付いてほしい。隣にある手を掴んでほしい。生存を願って、人間界は自分の世界だと信じて帰って来てほしい。今度こそ。
奈々と一緒にまずは作戦本部となっている生徒会室に向かう。途中、耳を劈く音と怒号が響いて身を竦ませる。足音が近付いてきて3年生の黒崎 雄也が野球のバッドを手に現れて小さく悲鳴をあげた。不機嫌そうに一瞥して近くにかかっていた鏡を打ち砕いて叫んだ。
「そらちゃん、返せ!バカ七不思議!!」
『お前、うるさい』
声が響いて黒崎が顔を強張らせて周囲を伺う。七不思議が何かしようとしているのは強く感じた涼音は咄嗟に叫んでいた。
「黒崎先輩は、うるさくない!!」
びりっと何かが反発し合ったような音がした。と、視界が闇に呑みこまれて悲鳴をあげる。黒崎の声も聞こえる。落ち着いた声がしてぼんやりと互いの姿が見えるようになった。
「北野先生」
「とりあえず僕のテリトリーに囲ませてもらった。……黒崎」
「あ!?」
「七不思議が反応した。つまり有効ということだ。よくやった」
黒崎は淡々と褒められて硬直していた。大人に真っ直ぐ褒められることになれていないから、どう反応していいかがわからない。
「秋月さん」
「はい」
「君も、七不思議……否、元七不思議だね?」
「! ……はい。私は……放送の怪異に同調しました」
「おそらく言霊の力が宿っている」
「言、霊……?」
「黒崎を守ったのはその力だ。そして、黒崎も同調の気配を感じた」
「はぁっ!?」
「僕は完全に七不思議に確定しているから、そういうのがわかる。たぶん、黒崎はポルターガイストの怪異に同調している。……色々、気にくわないだろう?」
気にくわなそうにそっぽを向いた黒崎だが、その意識はしっかりと向けている。本能的に北野も信頼に足ると感じているのかもしれない。
「七不思議の力も使い方次第だ。隠すために得た僕の力は七不思議からも逃げられるらしい。秋月さんは強い意志を言葉にすることで対抗できる。黒崎は……文月先生を取り戻すのに邪魔なものを壊したい。……神隠しの大鏡というだけあって鏡は繋がっているんだろう。だが」
「だが、なんだよ」
「僕も裏側には入れるけれど力を使うまでには及ばない、が、文月先生は鏡を介した力を使える。つまり、下手にやると文月先生にダメージが行く可能性もある」
「げ」
「文月先生は生徒が怪異に転じるのを避けたい。だから、秋月さんも黒崎も人前で大きな力を使ってはいけない」
「私達が怪異になったら、先生が自分を責めてしまうから、ですか?」
「そうだ」
危険がとりあえずは去ったと感じた北野は闇を解除した。眩しさに目を細め元の廊下にいることを確認する。黒崎は3人に背を向けて歩き出した。
「黒崎」
「もう鏡は割らねぇよ。……つるんでられるか」
「先輩!」
「……そこの1年。助けてくれて、ありがとうな」
肩越しに振り返って黒崎は慣れない笑みを浮かべた。同類はわかるのだ。あの1年も「そらちゃん」が好きだと。例え同士でも一緒に何かやるのは自分のキャラが許さない。単独で動くと決めていた。北野はため息をついた。
「無茶するなよ、黒崎」
「うるせぇ」
「文月先生を泣かせたら許さないからそのつもりで」
「わぁったよ、しのちゃん」
「! ……信用しよう」
北野は苦笑を浮かべ見送った。その呼び名は嫌いだったが文月や黒崎に呼ばれるのは不快ではない。自分も黒崎の話し相手になれるだろうか。なりたいと思う。
「北野先生。私、文月先生に呼びかけようと思います。言葉に、出して」
「……なるほど」
「奈々、傍にいてくれる?」
「勿論」
「効果はありそうだが危険ではある。僕が守りに」
「ダメです。……先生は、他の皆を守ってくれないとダメです。私、奈々がいれば無敵です」
涼音はにっこりと微笑った。自分は奈々と一緒に動く。言霊の力で七不思議と渡り合える確信があった。迷う北野にダメ押しする。
「人目に触れちゃダメなら、少数精鋭です。先生がいると目立ちます」
「先生、涼音は強いです。私が無茶はさせないし、何かあれば呼びに行きます」
「まったく……生徒は皆言うことを聞かないな……。やらかしたら怒るからな」
「はい!」
元気よく駆け出した2人を見送り、やれやれと生徒会室に足を向ける。生徒は走り出したら止まりはしない。あの無鉄砲さと真っ直ぐさが特有のきらめきならそれを見守れるのが教師の醍醐味だ。教師になって良かった。おそらく同じく思っているだろうもうひとりに呼びかけた。
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