微睡む七不思議。
鏡の後ろの世界でカナタはうつらうつらとしていた。怪異となっても疲れを感じるのが不思議だった。これもいずれ感じなくなるのだろうか。神隠しの七不思議はすっかりへそを曲げてしまったようで全くこちらの声に応じてくれない。それとも、あっちもまた疲れたのだろうか。天井を落とすのも、落とした物質を消失させるのも大技だろう。おぼろげな意識で懲りずに話しかける。
「なんだって、個性はあるのよ。ねぇ、七不思議」
同じ消失の力を持つ怪異でも攻撃と防御に分かれた。七不思議は天井を支える構成を消失させて落とそうとしたけど、自分は物質全部を消失させた。……大切なものを守るために。文月そらとして生きていなければできなかっただろう。
「ねぇ、七不思議……私は感謝してるのよ? 気まぐれだったのかもしれないけれど人間として生き直させる機会をくれたこと」
『戻って来て、覚醒までするとは正直思っていなかったよ……カナタ』
「……そうだね」
漸く返ってきた声音は予想に反して静かで何故か寂しそうに感じた。
あの日、自らの消失を願い鏡に抱かれた。記憶を失い、見知らぬ土地を彷徨い、養護施設に引き取られた。そう、両親が捜索願を出していてもヒットしないくらい離れた場所。怪異による消失という騒ぎが下火になるくらいの時間をおいて七不思議は人間界に落としたのだ。
新しい名前をもらって、自分で言うのもなんだけど真面目に過ごして大きくなって図書館司書の資格を取って……引き寄せられるように帰ってきた。この学校に。図書室専任で働きたいという希望が叶うならどこでも良かった。恋人もいないし、親しい友人も作らなかったから身軽なものだ。初めて来るはずの場所なのに迷わない。強烈な懐かしさと胸の痛みに戸惑いながらも充実していた。そして、七不思議の再来で全ての記憶が戻った……。
「……たぶん、私はあなたに会いたかった。だから、戻ったのよ。この古巣に」
『記憶なかったくせに?』
「不思議だねぇ……」
『…………ボク、封印されたくないんだけど』
ぼそりと呟かれた言葉に苦笑交じりのため息ひとつ。確かに困る。自分は兎も角、北野にまで及んでしまうのはなんとしても避けたい。でも……生徒と対決というのも抵抗がある。……はて、生徒達はどうなっているんだろう?
意識を向ければ夢を見るように情景が頭に沁み込んで映像になる。あっちの陣営としては良かったんだろうけど、七不思議側としては素直に喜べない。カナタは物言いたげな気配に唸った。
「雄也、先生と仲良くしてるなんて格好悪いと散々言ってたのに……」
『そらちゃん、ねー……』
「私だけが悪いような言い方、やめてくれる」
『だってー、カナタのこと覚えている人間はいるし、好かれてるしー! 全然独りぼっちの人間じゃないじゃん。ボク、つまんないー』
「っ……じ、人選を間違ったあなたも悪い」
『戻ってきたカナタが悪い。戻って来なかったらボクは神隠しを生じさせた最強の七不思議だったのにさー!』
「…………」
『……ちょっとー、そこで寝る? 眠いのに煩くして旗色悪くなったら寝るー?』
「あなたも、眠ればいいじゃない、七不思議……」
『……カナタ?』
「あなたの力を消したのよ……疲れた……」
カナタの意識がゆっくりと闇に沈んでいく。人間と怪異の境界が溶けて曖昧になっていくための眠り。怪異を起こして、深い眠りについて肉体を失って、目覚めたら完全なる七不思議だ。
『ねぇ、カナタ。ボクと同じになって』
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