ばらばらの中の揺るがぬ一点。

 空が見える体育館。消え失せた天井と上半分の壁はどこにもない。全校生徒教職員が体験した怪異。無傷であることがその証。晶は全員に呼びかけ、意識が完全に自分に集まるのを待ちながら思案していた。

 七不思議のシステムは明かしてはならない。だけど、幼馴染ひとりに背負わせることはしたくない。いずれにしてもここまで怪異が、情報が明かされてしまった今、秘密裏に動くのは難しい。約束したのだ。万が一七不思議の役目を負わなければいけなくなった時、全力で力になれるように学校を掌握してみせると。さつきにできなくて、生徒会長である自分だけができる手段……生徒の代表と認められていることだ。

 ちらりと視線を走らせれば、食い入るように見つめているさつきと、それを支えるように立っている奏。涼音を支えている水無月、奈々。縋るように見上げてくる数多の生徒。……プレッシャーがないわけではない、が……。


 「これは、現実だ。正直、今まで僕は怪談のようなものを信じていなかった。でも、経験してしまえば、そうも言っていられない。夢だと逃げたい奴もいるだろう……僕も若干現実逃避をしたい。マジかって思う」


 飾らない正直な晶の言葉は自分達と同じなんだという安心感を与えたようだ。上から目線でもなく、へりくだるでもない。ただ、晶は全校生徒の代表でありながらただ1人の生徒として向き合おうとしていた。


 「僕は文月先生とあまり関わったことはないが、評判は悪くない気がする。ちょっと口が悪くて、マイペースで、生徒目線?」


 関わったことのある生徒達が一斉に頷く。課題図書を探してもらった。サボらせてもらった。字が綺麗……さざめくように語られる“文月先生”の思い出。


 「彼女は確かにここにいた。神隠しの後、何があったのか……僕らには知る由もないが水無月先生の話から考えれば、今この学校は誰かが文月先生と同じように七不思議になりかねない状態が揃っているのは確かだと思う。……文月先生は忌むべきものだろうか?」


 否定の声、肯定の声、迷いの声……そう簡単に同じ答えが出るなら苦労はしない。この世から諍いやイジメなんて言葉は消えるだろう。でも、実際は絶えない。何がどうなって取り返しのつかない事態になるかわからない世界で自分達は生きている。正しい答えなんてわからない。正しいと信じて間違っているかもしれない。だけど、


 「僕は、三島先生のようになりたくない」


 水を打ったように体育館が静まり返った。晶は苦く微笑った。スケープゴートを掲げるのが一番早い。卑怯で、都合が良くて……効果的な手段。たとえどんなに悪人でもひとりを吊し上げることを良しとすれば、いつか我が身に返るかもしれない。自分達はもう子どもじゃないと言われる反面、まだ未熟な存在。中間地点の自分に思いつく手など高が知れている。


 「自分に責任がないと言えるか? 関係ないって逃げて、忘れて、結果何が起きた? 1年生は悪ふざけを止めたぞ。過去を明らかにしようと行動を起こした。最終的には全員が多かれ少なかれこの事態をどうにかしたいと願ったはずだ」


 きっと、文月先生も。想像した。自分達と同じ歳の時に傷付いて、今回の騒ぎでまた傷は開いただろう。七不思議とどんな思いで口にした……? 晶の目からすっと涙が一筋伝った。


 「文月先生は僕らを守った。こんなとんでもない力を皆の前で使って。そんなことをしたら化け物って恐れられるかもしれないことは僕にだって想像できる。でも、あの瞬間、僕らを助けることしか考えていなかったと思う。僕は……そういう大人になりたい」


 皆はどうかと無言で問う。出来る出来ないは兎も角、誰もが格好良く生きたいと思うものじゃないだろうか。周りを気にして動けなくなるのが常でも、心底望んでそんな行動をしている人間はいないはずだ。

 舌打ちをして立ちあがったのは意外な人物だった。3年生の問題児と名高い茶髪の生徒、黒崎 雄也。生徒会としてもぶつかる相手だ。


 「ったくよぉ、ひとりで格好つけてんじゃねぇよ、優等生が! 俺はお前が嫌いだ。けどな! 三島はもっと嫌いだ!! ついでに言えば、そらちゃんは好きだ!」

 「……そらちゃん?」

 「黒崎君、せめて先生を付けましょうね!?」

 「うるせぇ!!」


 文月先生→文月そら→そら→そらちゃん。その図式が頭に浮かんだ瞬間、晶は内心で「マジか……」と魂が抜けた。一体どうやって交流を図ったのか知りたいところだが今はそれどころではなく引きつりそうな顔を堪えて黒崎の続きを待つ。


 「そらちゃんのためならやってやる。問題児の俺がやる気で、俺を見下してた良い子ちゃん達は逃げんのか、あぁ!?」

 「ヤンキーのくせに、格好つけてんじゃないわよ! 逃げるわけないでしょう!!」

 「出遅れがキャンキャン吠えるな、ボケ女!」

 「なんですってぇ!?」


 黒崎の売った喧嘩が火種となっていい方向に向かっているようだ。すごい騒ぎだが。さて、どうしたものか。教師陣の制止も全く効を成していない過熱ぶりに晶はやや遠い目で沈黙する。その目の前、マイクに伸びた手に瞬きひとつ。


 「奏」

 「はい、そこまでー。……つまり、文月先生奪還で、全員揃って華麗に素敵に学校祭開催。全員格好良くやっちゃいましょうってことでいいかしらー?」

 「おー!!!!!!!!」


 具体的な策は一切浮かんでいないが、全会一致にはなった。絶妙なタイミングでコールした奏は楽しそうに笑って、呆気にとられている晶とさつきを見てピッと人差し指を立てた。


 「格好良い人コンテストやってもいいかもしれないわね。……さぁ、二人とも? 第二ラウンドよ。頑張りましょ!」

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