怒れる七不思議と消失の七不思議

 水無月の口から語られた事実、想いは生徒だけではなく、教師陣にも強く響いた。体育館の一番後ろで文月は片手で目元を覆って小さくぼやく。やられた、と。確かに七不思議に対抗する一手になるとは思っていたけれどここまでとは思っていなかった。しかし、どこまでも優しいというかなんというか。


 『あの男は嫌いだけど、あの女は心底邪魔だなー』


 不意に響いた声に文月はびくりと顔をあげる。ざわつく周囲。全員に聞こえていることに気付いた。常と違う苛立ち混ざりの七不思議の声。ビキッと不吉な音が天井から聴こえてくる。


 『消すよりも、絶望をあげた方がいいよね♪』


 「全員伏せろ!」


 文月と同じく七不思議の力の動きを視認した北野が叫んだ。力は天井全域に巡っている。逃げる暇なんて与えずに落とす気だ。水無月を敵と認識した七不思議が力を削ぐために本人だけではなく、生徒と教師陣を目の前で血に染める目論見。悲鳴と怒号、天井に走るヒビ、壇上の水無月がひとりでも生徒を守ろうと飛び降りるのが見えた。天井が砕け散る――


 庇い合い、抱きしめあって衝撃を覚悟していた。けれど、いくら経ってもそれは訪れず、音すらしない。恐る恐る顔をあげて、互いの無事に喜ぶよりも狐につままれた様な顔で天井を見上げて絶句した。……天井が消えていた。体育館の上半分が丸ごと消えて空が見えている。水無月が立ち上がってまろびそうになりながら歩を進め、叫んだ。


 「カナタ!」


 悲鳴のような叫びに生徒が視線を追ってざわめく。文月が天井に片手を掲げた形で立っていた。違う名で呼ばれた文月を見た生徒達がざわめきだす中、文月……カナタはゆっくりと腕をおろして漸く真っ直ぐ水無月を見る。


 「強くなったね、雪子。覚えていたとはね……」

 「っ忘れるわけ、ないじゃない……ご、」

 「うれしかったよ」


 13年ぶりの謝罪をしようとして、遮るように告げられた言葉に瞬く。吹き込んできた強い風がカナタの解けた長い髪を揺らす様が存在を掻き消そうとしているように見えて水無月は首を振って距離を縮めようと必死で覚束ない足を進める。


 「13年前も、今もさ」

 「私、あの時何もできなかった……!」

 「話してくれた」

 「人がいない時だけだった」

 「充分だ」

 「……行かないで、カナタ……」

 「無理だよ。ばれちゃったもの」


 ぽろぽろと涙を流す水無月を見てカナタは困ったように微笑う。己の手を見下ろした。身に宿った……七不思議としての力は咄嗟とはいえこんなにも大きい。もう人間とはいえない。ため息ひとつ、あげた顔からは一切の表情が消えていた。


 「私はゴースト。いるけどいない。消されたかつての生徒、私は」

 「カナタ!!」

 「私は七不思議」


 カナタは手を翳す。駆け寄ってきていた北野に。目を見開きその場に昏倒する姿に生徒達の悲鳴があがる。静かに歩み寄りその頭に手を置くと徐に髪を掻き混ぜた。毒気を抜かれた周囲には目も向けずカナタは立ちあがって背を向ける。


 「おかえしよ、


 風が強く吹き荒れた。カナタは舞い上がる埃から目を庇った刹那の内に姿を消していた。恐れ戦く中で一際大きな声が響いた。目を潤ませ、探すように視線を彷徨わせている。


 「文月先生! ……帰って、きてください……! 文月先生!!」


 涼音だった。怪異で全員を守り、自ら七不思議と名乗って消えてしまった今でも文月そらという一人の教師を慕って叫ぶ生徒がいる。他にも何人か泣き出した子がいる。抱き留めた水無月の腕の中で泣き崩れた涼音の背をさすりながら、唇を噛みしめた。ゴーストがこんなに好かれるものか。あの時は兎も角、今はこんなにも必要とされている。たとえ偽りの名であったとしても、怪異であったとしても文月がいた痕跡は……。


 さつきは厳しい顔をして消えた天井を睨んでいた。まさか、現役の生徒ではなく、かつての生徒として在籍していた大人が七不思議に転じていたとは思いもよらなかった。それも神隠しから派生した消失の新たな怪異。自分の代で封印を行う羽目になるなんて、直面してみればその事実が重たく圧し掛かる。いつの間にか奏が隣にいて、こつんと肩に額をぶつけてきた。


 「さつき、困ったわ」

 「奏?」

 「七不思議に一生後悔させて、ひれ伏せさせるって思ってたのに胸が痛いの。怪異になる理由がこんなに哀しいのに……責めたくないわ」

 「そう、だな……キツいな、これ」

 「ええ」


 知らず知らずに縮こまっていた気持ちが弱音を吐いたことで緩む。キツいと言わせてくれた奏に心の中で感謝する。こうして身を寄せてくれているのも励ましと慰めだとわかっていた。辛い時に独りになったらいけない。現実的にも、精神的にも。

 晶が少し離れた場所から頷いた。もう、さつきが何を考えたか予想しているように。頼っていいかと目線で問えば、口の動きで「任せろ」と呟いて集まって話し合いを始めていた先生達の方へと歩いて行く。少しの押し問答の後、迷いのない足取りで壇上に上がった晶は常と変らぬ落ち着いた声音で呼びかけた。


 「生徒会長として、この学校に在籍する一人の生徒として、事態の解決を提案する。これは、全員が考えなきゃいけない問題だ。僕の話を聞いてほしい」

 

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