過去、現在、未来。

 5日間、意識を失っていた水無月は夢を見ていた。自分が中学生だった頃の追体験。保健医を目指した理由。懐かしい声を聞いたような気もする。

 思ったより身は頑丈なようだ。勿論あちらこちらに打撲はあるし、頭の包帯はまだ取れない。意識が戻らなかったことが問題だったらしく、目が覚めて、脳波を確認して明日には退院できると太鼓判を押された。それに伴い警察の事情聴取があったが、あいにく何も覚えていない。突き落とされた恐怖だけがある。何か思い出せば連絡するという事務的なやり取りが終わってようやく一息。

 学校には多大な迷惑をかけてしまっただろうと連絡を入れたら、5分も経たずに教頭が現れ度肝を抜かれた。少しやつれただろうか。


 「水無月先生、良かった……! ひとつでも良いニュースができた」

 「えっと、ご心配をおかけしました。あの、随分早かったですね……?」

 「ちょうど病院にいたんでね。連絡をもらってすぐに走ったんだ」

 「体調を崩されたんですか? それとも誰かご家族が? ……教頭先生?」

 「…………三島先生がICUに」

 「……え、ICUって……いったい何が、学校はどうなっているんです!?」


 意識を失う前に起きていた七不思議の騒動に思い当たり水無月は血の気を引かせた。規模を増す七不思議、3年生の怪我、臨時休校、生徒達の不安、職員にも表れている不調、三島の転落。水無月は両手を握り締めて沈黙する。


 「あの、学校を辞めようなどとは思っておられませんよね?」

 「え?」

 「も、勿論、不安だと思います。怪我も治っておられない。無理をさせる気もありません。でも全力で我々もフォローしますし……」

 「教頭先生、辞める気は一切ありません。そして、お願いがあります」


 見当違いの不安を否定され安堵した教頭は、常ならぬ厳しい顔をして向き合ってきた水無月に気圧されたように身を仰け反らせた。


 「話さなければならないことがあるんです。全校集会を開いてください。お願いします!」



                 **


 翌日、臨時の全校集会を行うと告げられた生徒達は不満と不安が混ざり合った顔で体育館に足を踏み入れた。すぐにさざ波のようなざわめきが広がる。水無月を見つけたのだ。まだ、包帯が痛々しい。その面は緊張したように蒼褪め強張っている。

 全員が整列し、その場に座るように促され、壇上に上がった校長がまず水無月の復帰を報告した。そして、水無月を見て頷く。全生徒の視線が集中する中、壇上に上がった校長と交代するとマイクを前に立ち竦んだ。自身を落ち着かせるように胸に手を当てて深呼吸をするとぎこちなく笑みを浮かべた。


 「おはようございます」

 「おはようございます!!」


 大きく返される声に愛しげに目を細め、勇気をもらった水無月はゆっくりと口を開いた。


 「まずは心配をかけてしまってごめんなさい。皆が大変な時にいなくて本当にごめんなさい。私一人にできることは、少ないとは思うけど……」


 そんなことないよー!

 戻って来てくれてうれしい!

 元気になって良かった!

 無理すんなよ、先生ー!


 律儀に返る声が単純にうれしいし、あたたかいと思う。声ひとつひとつに頷き緊張に強張る体に力を巡らせる。この優しい心を守りたくて自分は保健医を目指した。


 「あのね、ただでさえ学校祭準備が押しているのに集まってもらったのは、私が校長先生にお願いしたの。……どうしても話さなきゃいけないことがあって、この学校の卒業生として、今保健室の先生として働く身として……七不思議が封じられた理由を」


 一気にざわめく生徒を注意する声が止んで、また全員の意識が向くまで水無月は待っていた。これは懺悔だ。償いでもある。もっと早く告げていればと悔やむより、まだ遅くないと思いたかった。


 「七不思議が封じられたのは13年前、私が中学1年の時。やっぱり今と同じように悪ふざけをして、いじめのネタにもなっていた。私も、閉じ込められた……助けてくれたクラスメイトがいたわ。三島君……三島先生はいじめっ子だった」


 心当たりのある生徒が決まり悪そうに俯き、三島のことはやっぱりといった空気が流れる。教員達に三島のことを話すことも了解は得ていた。現役の教諭がいじめをしていたなんていうスキャンダル。話すことを許してくれたことが心強い。


 「……私は、怖くて弱虫で……助けてくれたのに……完全に標的にされてしまったその子の味方ができなかった……っ」


 人目を忍んで誰もいない時だけ会話した情けない自分。対して「うっかり見られたらどうするの」と浮かべた苦笑染みた笑顔をずっと覚えている。卑怯者と罵られてもおかしくなかったのに、半端な接触をすることを許してくれた彼女。泣きだしそうな気持ちを堪える。


 「彼女は上條カナタ、歌が好きで、事あるごとに口遊んで……とても綺麗な声だった。……あの日、何があったかは知らない。でも、消えてしまいそうだと思った。最後に話したのは神隠しの大鏡の廊下で……それきり。……カナタは消えてしまった」


 最後に聴いた七不思議の歌。怖くて悲しい歌詞だと指摘したら「消えちゃいたいな、って思って。……なんて」 力なく微笑ったカナタは明らかに様子がおかしかったのに、一緒に帰る勇気がなくて別れた。


 「……大鏡の前に揃えてあった上靴。残ったままだった外靴。探しても探しても見つからない。噂が流れた。神隠しだって。鏡に引き込まれかけたって生徒も出て、3か月経っても何の痕跡も見つからないカナタの失踪は怪異に遭ったと判断された。

 いじめの素になると危機感を抱いていた矢先の出来事。先生達は七不思議を封じると決めた……カナタの記憶ごと」


水無月は知っていた。その時の先生達が神隠しを怪我の功名と思っていたことに。いじめを受けていた生徒が自殺したら世間の批判も大変なものになるが、ただ消えたのなら……どうしようもない怪異が原因なら、大切な生徒を失った学校の体を保てる。何の対策も講じなかった自分達の非はカナタが戻らない限り明らかにならない。そう、彼らは安堵していたのだ。


 「ひどいよね。……でもね、もっと最悪なのは私達。先生が言ったからって誰も文句を言わなかった。クラスメイトのひとりもよ? ……怖かった、異を唱えて責められるのが怖かった。多かれ少なかれカナタのことを考えていたのに誰一人として行動を起こさずに、カナタは本当に消えてしまった。消してしまったの」


 文集にも、アルバムにも名を刻まれることなく居たことすらなかったことにされたクラスメイト……友達。


 「…………皆、すごいと思う。七不思議に立ち向かおうとまとまり出した。そういう心を持っていることが私はうれしい。怖いとか、逃げたいとか、面倒くさいとか思うのも当然よ。それでも……まだ繋がろうとする皆の強さは私の時とは違う結末を作れると信じてる」


 いじめも、醜い心もどこにだって転がっている。ダメだと知っていても起こるものだ。独りだと小さな力も、繋がれば大きくなる。良い方への繋がりが大きければ食い止めることができるはず。水無月は今在籍する生徒全員がその力を持っていると信じた。


 「弱音も愚痴もやつ当たりも、何でも聞く。力を惜しまない。……雪華祭を成功させよう。七不思議は怖い……でも、甘いかもしれないけど」


 そこにカナタがいるなら――


 「七不思議の怪異ごとハッピーエンドにしたいの」

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