急展開。交錯。

 図書室の事務スペースで5人は思い思いの体勢で思案していた。涼音と奈々は寄り添うようにして座り、奏は書架に背を預け、さつきは腕を組んで仁王立ち、生徒会長は椅子に腰かけ涼音の話を聞き終えたところ。


 「……よく逃げないで話してくれたな」

 「逃げるところでした。でも……文月先生が大丈夫だから話しなさいって」

 「文月先生が?」


 副会長が怪訝そうな顔をして黙り込む。何かおかしなことを言っただろうかと首を傾げる涼音に問い掛ける言葉は戸惑っていた。


 「それは、いつ?」

 「教室に戻る前です」

 「七不思議に話しかけられて、倒れて保健室で目が覚めてすぐ戻ったのよね?」

 「あ……いえ、実は三島先生に詰め寄られて階段から落ちかけたんですけど」

 「え!?」

 「文月先生が助けてくれて、ここで落ち着かせてくれたんです」

 「……おかしいわ」

 「奏?」

 「三島先生が落ちたのを目撃したのは文月先生のはずよ」

 「!?」


 奏のクラスは学年主任が担任で、騒ぎが起きた第一報は職員室から走ってきた先生が伝えた。席が入り口近くだった奏はそのやり取りを聞いていたのだ。

 遅れて出勤してきた文月先生が誰かが窓から落ちたと知らせて、特別教室棟の外に走って行った、と。その後すぐに血相を変えて駆けてきたもう1人の先生によって落ちたのは三島先生であること、酷い状態で文月先生が体調を崩してしまったことが伝えられたのだ。連続している不穏な出来事に配慮して二手に分かれ各教室に教員が直接伝え、教室から出ないことを徹底し、残る教員が事態の収拾にあたった。


 「そんなはずないです! 文月先生は私を助けてくれた。助けなかった三島先生にすごく怒って……っ」


 ひとつの可能性に行き当たり蒼褪める。もう許さないと言っていた文月の言葉。三島を突き落した……? 震えだした涼音の耳に冷静な声が響く。


 「壁が崩れて窓枠ごと落ちた事故。状況からいって人の仕業ではないだろう。……ただ、食い違いがあるのも確かだ」

 「秋月さん、文月先生と話した内容、聞いていいかな。たぶん、かなり大事だ」


 さつきは話を聞き終えると頭を抱えた。とてつもなく嫌な予感しかしない。奏が慰めるように肩に手を置く。


 「絶対七不思議にさせないから、か……いくら図書館司書でも範囲超えてんだろ……少なくとも文月先生は七不思議に関わったことがあるんだと思う」

 「その根拠は?」

 「七不思議の同調解除……元になった感情の昇華。秋月さんは学校への不満、三島先生への怒りが引き金だったろ? 独りで溜め込むことでそれは増幅されて怪異への変化を早めてしまう。だから話せと言った。そして、元凶が……」

 「文月先生には無理です! 七不思議は生徒だけじゃないんですか!?」

 「落ち着け!」


 不安を否定したい。とても冷静ではいられなくなって憤る涼音を宥めようとして声が大きくなっていた。そこにため息が聞こえ、びくりと全員が動きを止める。


 「そんなに大声出していると隠れている意味がないわよ?」

 「文月、先生……」


 青白い顔で反応を楽しむように笑みを浮かべた文月は肩越しに廊下を示した。タイムアウトよ、そう雄弁に語る瞳で。聞きたいことはたくさんあるのに誰も口を開けない。


 「ひとつ、聞いてもいいですか」

 「何かな、生徒会長さん?」

 「先生は、この学校の卒業生ですか?」

 「……違うわ。聞きたいのはそれだけ?」

 「とりあえずは」

 「そう。……あ、折角だからひとつ良いことを教えてあげる。水無月先生が目を覚ましたわ」

 「本当ですか!?」

 「ええ。すぐ出てくるつもりみたい。無理はしてほしくないけれど、相談室が復活するのはありがたいわね。彼女がいれば安心」

 「私は……文月先生に話を聞いてもらう方が好きです」


 涼音は思わずそう口にしていた。まるで水無月が戻ったらいなくなってしまうような気がしたのだ。文月はきょとんとして、ポッと頬を染めた。少しだけ困ったように浮かべた笑みはとても綺麗で、同時に泣き出しそうにも見えて胸を突かれる。


 「……熱烈ね。でも今日はお開きよ」


 文月は部屋に踏み込み、机の上に置いてあった鍵を回収して促した。物言いたげな重苦しい空気をまとって全員が廊下に出たタイミングで呼び止める。視線が、言い表せない何かが交錯した。


 「七不思議の歌は私のオリジナルよ」

 「!」

 「……聞きたかったんでしょう? ……気を付けて帰ってね」


 扉が閉まる。次いで内側から施錠された音。呼び止めることも、問い返すことも拒絶されて5人は廊下で立ちつくす。どうして聞こうとしたことを知っていたのか、知りえたとして何故それを今敢えて答えたのか。


 「歌ってる……」

 「うん、七不思議の歌だ」


 綺麗な歌声が扉の向こうから聴こえてきた。あの時よりもか細い、切ない響きを伴って。


 “時を越え 紡がれた 闇歌、口遊めば


 心の闇の欠片が蹲る


 溜まり 淀み 流れ出し やがて生まれた


 語り継がれる 七つの柱


 籠められた 叫び



 壊れてしまえ


 封じてしまえ


 聞いてほしい


 気付いてほしい


 隠れたかった


 来ないでほしい


 心など消えてしまえ


 


 いざ 旅立とう


 誰もいない場所 自分すらいらないから


 紡ぐ歌 七不思議


 鏡の向こうに何がある



 揺らげ揺らげ 現実よ


 起きろ起きろ 薄闇の歌


 望むなら 呼んでやろか


 神隠しの鏡歌”



 扉の向こう側、歌が消えると同時に文月の姿は消えていた。それに気付いた者はいなかったが5人の胸には刻まれた。悲しい、哀しい七不思議の歌は。

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