同調者と采配の手紙

 涼音が教室に戻った時、まだ目の赤い奈々を守るように囲んでいきり立つクラスメイトに驚いた。あの後、学年主任に連れられて戻った奈々から大体のことを聞きだした全員が許せないと三島に反旗を翻すと団結したという。自分達はまだ幼く、チカラだって足りないけど、どう考えても三島先生は間違っていると感じたのだ。そういう時は大人に逆らってもいいはず。そうしなければ一生後悔する。ひとりじゃ怖くても全員でならやれるはずだ。


 「奈々、大丈夫?」

 「うん。……なんか、すごいことになっちゃった……」


 クラスメイト達は三島がいつ来るかと緊張している。だから、すぐに異変に気付いた。急に外が騒がしい。なんだろうと廊下に出ようとした瞬間、誰かが立ちはだかった。北野だ。


 「全員出るな。クラス内での活動は続けて構わない」

 「っ な、何があったんですか!? 大人は何でも隠すんですか!」


 高圧的な物言いに、大人への不信感を抱きつつあった生徒が噛みつく。北野はひたっと視線を向け、珍しく険のある顔をした。


 「どうせすぐに耳に入る。君達の担任が2階から落ちた。救急車が間もなく来るだろう。窓枠ごと落ちていることから事故の可能性が高いが……疑われたいか?」

 

 凍りつくように教室が静まり返った。予想を超えた報せに思考が停止する。その様子に北野は少し内省したのか深い息をついて何かを取り出した。


 「秋月さん」

 「は、はい……!?」

 「図書室と資料室の鍵。君に預ける」

 「! あの、文月先生は?」

 「…………現場を見て体調を崩されたようだ」


 言い淀み告げられた言葉に今度こそ怯えの色が広がる。そういう凄惨とした状態があるという事実が今更のように理解したのだ。生徒達の印象で文月はそうか弱い部類に入っていない。華奢だがクールで何事にも動じないという認識である先生が具合を悪くしたという方が重たい事実だった。


 「まさか、三島……先生、死」

 「息はある。……楽観はできないが。状況が把握され次第報せるから教室からは出ないでくれ」


 救急車のサイレンが近づいてくる。神妙に頷く生徒を見て北野は廊下を走って行った。誰もが所在無げに顔を見合わせあって、言葉に詰まって目を逸らす。反旗を翻すはずの相手が救急車で運ばれる事態になった。気持ちのぶつけ先を失ったような、自分達の反発心が禍に変わってしまったような後味の悪さ。普段なら嫌いな相手に罰が当たったと軽口を叩くくらいの余裕はあっただろうが、水無月のこともある。

 涼音は意識して深呼吸をした。先の一件がある。動揺したら発動してしまうかもしれない。周囲と僅かに異なる緊張した様子に奈々は気付いた。


 「……涼音……大、丈夫?」

 「っ……うん。あのね、あとで話したいことがある」

 「わかった」


 迷うことなく頷いた奈々に涼音は勇気付けられる思いがした。気も漫ろな作業時間がどれくらい過ぎただろう。副担任が強張った顔で入ってきた。全員を席に着かせ、三島が2階の廊下から窓枠ごと落ちて意識不明の重体であること。老朽化もある校舎なので体重をかけた時に運悪く劣化した壁が崩れた可能性が大きい事故として臨時休校にはしない旨が伝えられる。動揺も大きいとは思うので今日は居残りを切り上げて帰宅しても良いという。


 「……今日は帰ろうか……」

 「うん、さすがにね」

 「帰りたいっす」


 こんな気分のままではとても集中できないのは明らかで明日には巻き返そうと声を掛け合っての解散となった。他のクラスが作業を続けている中での帰宅は自分達だけ世界から離れるような心許なさを伴う。帰る群れから離れた2人はもっと。

 涼音と奈々は預かった鍵を使って図書室にいた。ほんの少し前に文月が築いた目隠しはそのまま、隠れるのにも話すのにもちょうど良い。先輩達にも一緒に話したかったが呼びに行くのも気が引けたし、いきなり全員に話すのも怖い。奈々に話すのだって顔を見ることすら難しく感じて今も俯いてしまっている。じっと待ってくれる態度に背を押されるように涼音は口を開いた。


 「あの、ね、奈々」

 「うん」

 「私、さっき聞いていたんだ。……学年主任と三島のやり取り。奈々が走って行ったのも」

 「うん」

 「すぐ追いかけようとしたの。でも、すごくムカついて、あんな男消えればいいって。あんなにムカついたことない。そしたら…………放送が……」


 奈々が息を呑んだのが伝わる。ぎゅっと握りしめた拳に少し冷えた手が優しく触れた。驚いて顔をあげた涼音の目に目を潤ませて見つめる真剣な瞳があった。


 「怒って、くれたのね。七不思議に同調するくらい」

 「怖く、ないの……?」

 「怖かったのは、涼音でしょう? 倒れるくらい怖かったんだよね」

 「っ……怖、かった……七不思議が、話しかけてきた。仲間って言われて」

 「ごめん……私も傍に行けなくて、ごめん……っ」

 「奈々……っ大丈夫だって、言われたけどっ、怖いよ……七不思議になりたくないよ……」

 「ならない、させないよ……! 先輩達だって、助けてくれるよ」

 「その通りだな」

 「!?」


 2人でぽろぽろ涙を零して泣いた。恐怖と安堵と不安と理解。泣きじゃくる隙間を縫うように落ち着いた声がして飛び上がらんばかりに驚く。いつの間に入ってきたのか先輩達が事務スペースのドアを開けて立っていた。


 「生徒会長!?」

 「結井先輩達も……どうしてここに……」


 3人はため息交じりにメッセージカードを取り出した。全員淡い青のカードで名刺サイズ。二言のメッセージ。


『図書室へ忍べ。後輩達を救いたいなら』


 「足元に落ちてきた。得体は知れないが意味深だ」

 「三島先生のこと、聞いたわ。だから、貴女達に何かあったんじゃって廊下に出たら」

 「ちょうど落ち合う形になって、従ってみたんだ。……詳しく聞かせてもらっていいか? 大丈夫。私達は絶対に味方だから」

 

 不敵な笑みを浮かべた3人は力強く頷いた。奈々も涼音の手を握って頷く。何があっても大丈夫。独りじゃなければ。

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