呼び起される記憶と七不思議の悪巧み

 学校祭まであと1週間。臨時休校の3日間を取り戻すべく作業に熱が入る。壁新聞のテーマを七不思議にしている1年A組はまとめるためのデータが足りず頭を抱えていた。資料管理者の文月は遅れて出勤すると聞いたがただ待つ時間が惜しい。そんなタイミングで顔を出した担任の姿に男子が数人立ち上がり取り囲んだ。


 「先生、インタビュー受けてくださいよー」

 「卒業生の目線の七不思議っていいと思いません?」

 「格好良く書いちゃいますよー?」

 「……っうるさい!!」


 苛立ち任せに怒鳴りつけられ、学級全体が凍りついたように動きを止める。両隣のクラスにも声は響いたか、フロア全体が静まり返った。どんっと三島の拳が壁を殴る。


 「七不思議なんてお子様めいたテーマを許したオレがバカだった。学校のどこにいても七不思議、七不思議。うぜぇよ、オレは知らねぇって言ってんだろ。バカか、何回もしつこく聞いてきやがって。いっそ」

 「三島先生。……ちょっと落ち着きましょうか」

 「神崎先生」


 何か致命的な言葉が放たれようとした瞬間、冷たい声音が遮った。学年主任の神崎だ。きびきびとした姿勢の良い威圧感を持つ教師だ。さすがに三島が血の気を引かせる。


 「色々続いてお疲れなのはわかります。……少し休みましょう。皆は作業を続けてください。あなた達のまとめを職員一同も楽しみにしていますから」


 ひとりひとりの顔を見るようにして微笑を浮かべ頷くと三島を伴って教室から出ていく。ぎこちなく作業に戻り出すが好き嫌い関係なく担任という身近な大人から叩きつけられた言葉は鋭く刺さった。ふと、奈々がさっきまでなかったタオルが床に落ちているのに気付く。三島のだ。少し迷って教室を出るとさほど進んでいない位置で話している姿が見えて駆け寄って……


 「くそ、アイツが。転校生が来なければ……」

 「三島先生、そういうことをいうものでは」


 奈々の姿に気付いた神崎が息をのむ。声をかけるよりも早く押し付けるようにタオルを渡して身を翻した様子に顔を強張らせ後を追いかけ、歩幅を緩め一度振り向いた。全く動こうとしない三島を軽蔑するように。


 「処分を覚悟してください」

 「っ」


 ちょうどトイレに行っていた涼音は一部始終を見ていた。吹き抜けを支える柱にちょうど隠れる形で。自分も今すぐに奈々を追いかけたい。だけど、あの男本気で死ねばいい!


 “……っ……ね……死ね死ね死ね死ね! お前が、お前こそが消えればいいんだ、この人間の屑、三島、辞めてしまえぇぇぇぇぇぇ!!!!!!”


 まるで涼音の心を代弁するようにスピーカーが叫んだ。どくん、どくん……鼓動がうるさい。今の言葉は、自分の心そのままじゃないか。待て、冷静になれ。と水飲み場で顔を洗おうとして――声がした。少年とも少女ともいえる嘲笑うような声。


 『いい叫びだったねぇ』

 「! 誰!?」

 『歓迎するよ? 言霊使い。ボクのお仲間、さん』

 「七、不思議……? やだ、違う、私」

 『学校祭なんてなくなっちゃえばいいって思ったじゃない。不穏で空気が悪い学校ならいらないって思ったでしょ? 尊敬する先生に触れられたくなかったんでしょ? 守りの言霊使い? 違うなー。うーん、良いフレーズないかなー』

 「私は、七不思議の仲間になんて……」

 『戻れるの? 対抗チームのひとりが七不思議。みーんなをパニックにした張本人なのに、ね』


 耳を塞いで蹲る。七不思議に声をかけられていること、自分が同調者であること……それを知った先輩達が、周囲が、奈々が自分をどんな目で見るだろう。怖い、怖い。全てを拒絶するように悲鳴をあげ、ぷつりと糸が切れるように崩れ落ちた。

 悲鳴を聞いて集まってくる人間達、倒れた涼音。水飲み場の鏡に映る人影がひとつ多いことに誰も気づかない。それは楽しそうに、愉しそうに笑っていた。


                * *


 気が付けば保健室に運ばれていたようでぼんやり起き上がれば気配に気づいた付添いの教師に声をかけられ身を竦ませた。敷居のカーテン内に入って来られるよりはと緩慢な動きで自分から出ていく。たいして交流のない教師相手ですら息苦しい。俯いて視線を合わさないように早退の意を告げた。ちらりと見上げた時計、今なら全員合唱の練習で皆に顔を合わせないで帰れる。誰にも会いたくなかった、ただ逃げたい。どうすればいいのか何も考えられない。

 ふらふらと覚束ない足取りで教室へ向かう。今日は兎も角、明日はどうしよう。そうだ、奈々は大丈夫だろうか。心配なのに駆けつけられない。学校に来なければ七不思議にならずに済むんだろうか。取り留めもなく考えながら2階に上がった時、荒んだ目をした三島と鉢合わせし、思わず小さく悲鳴をあげた。


 「お前か?」

 「え……?」

 「あの放送かかった時お前だけクラスにいなかったよな」

 「違う!」


 思いの外大きな声での否定になり、動揺していることから三島は疑念を深めたように1歩距離を詰める。険しい表情に押されるように後ずさる。


 「七不思議、うんざりなんだよ。お前が自分の悪戯ですといえば済むんじゃないのか。なんでオレが処分対象にされるんだよ。状況証拠で生贄になれよ、秋月。言い出しっぺの牧田に、その後はお前がハブにされた? オレにはお前らが元凶だ!」

 「私は七不思議なんかじゃない……!!」


 がくんと涼音のバランスが崩れた。階段を上りきってすぐの場所で鉢合わせ、後ずされば足場がなくなることは予想できたはずだ。けれど自己保身に囚われている三島は目の前で落ちそうになる涼音が大怪我をして意識不明にでもなれば口先三寸で自分の立場を取り戻せるとすら思っていた。大きく目を見開いた涼音の手は手すりに届かない。


 「秋月さん……!!」


 腰に何かが勢いよく巻き付いた衝撃で息が詰まる。誰かが階段から落ちるのを止めてくれたのだと麻痺した頭で理解する。視線を落とせば数段下りた階段の途中に膝をついていて、自分の胴に絡む細い腕は涼音の身をしっかり抱き、もう一方の腕は反対側の手すりを肌の血の気が引くほどの力で握りしめていた。「文月先生」音もなく唇はそう呼んだ。見上げた文月の顔は険しく、怒りに満ちていた。


 「あ……」


 気圧されたように三島が後ずさる。それほどの迫力で文月は三島を睨みつけていた。呻くような声は涼音だけが聞き取れただろうか。


 「お前は、いつまで経っても……っ」

 「そいつが、勝手に落ちたんだ!」


 三島は無様にそう叫んで背を向けて走り出す。冷や汗が流れるように顔を伝う。あの目、伝わる激しい怒り。オレは同じ目を見たことがなかったか。そいつはどこに行った……? 同じようなシチュエーション、そして……いや、そんなはずはない。そんなわけがない。ああ、でも……思い出した。七不思議が封印された理由。自分で自分の首を絞めたと認めたくない三島は浮かされたように「牧田が悪い、秋月が悪い」と笑う。

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