臨時休校と宣戦布告

 1年A組がまとまりを見せてとりあえずのハッピーエンドになるかに見えたとき、副担任が連絡事項を告げに来た。体育館の硝子が割れ、ボールを含む物品が暴れまわり、ちょうど合唱練習をしていた3年生が多数傷を負ったという。学校内の復旧と3年生の回復期間として3日間の臨時休校とする決定だった。

 せっかくクラスがまとまったのにと肩透かしをくらった気持ちはあれど3年生の安否も気になるし、英気を養うと思えばいい機会かもしれない。即時下校となったため、それぞれが3日後の約束をして解散となった。2人を除いて。下駄箱にメモが入っていたのだ。


 『――――至急、生徒会室へ。  三葉 奏』


 一斉下校の人群れに紛れるように涼音と奈々は生徒会室に走った。ノックももどかしく生徒会室に入り、思わず絶句した。いたのは奏だけだったが……目が真っ赤だ。今もまだ目が潤んでいる。どうしたのか問いかけようとした背後に気配がして入り口を塞いでいた形になっていた2人は慌てて避け再び言葉を失う。額と右手に包帯を巻いたさつきがいた。


 「さつき!」

 「こんなのたいしたことないって。……泣くなよ」

 「だって! 私を、庇って……っ」

 「掠り傷だって。2人もそんな顔すんな。窓が全部割れたんだ、さすがに避けきれなかった」


 奏を困った顔で慰めながら血の気を引かせた2人にあっけらかんと手を振る。そうはいっても実際に怪我をしている姿を見て、本人が笑っているにしても心配しないはずも、恐怖を感じないはずもない。最後に部屋に入ってきた生徒会長の動きはいつもより緩慢で、珍しく不機嫌だった。ミントのような清涼感ある香りが漂う。


 「全身打撲だ」


 聞かれる前に一言告げ、疲れたように席に着く。3日も待っていられるかと小さくぼやく姿が焦りや疲労を物語っている。


 「……無事か? 1年生は」

 「はい。転んだり、ぶつけたりくらいはありますが。……あ、1年生ではありませんが、文月先生が倒れました」

 「いつだ?」

 「闇に落ちた時です。文月先生の所に行こうとして動けなくなって、倒れる音がしました。……北野先生が病院に連れて行ったはずです」

 「怪我ではないんだな?」


 おそらくと頷けば生徒会長は長いため息をついた。奏に巻き付かれたままのさつきも苦笑を浮かべた。


 「手がかりを得ようとすると片っ端から塞がれるな」

 「七不思議も本気になったわけだ。いや……同調者のひとりは確実に、と言うべきか」


 同調者、という言葉に空気が緊張した。薄々感じることはあっても言葉にされると重みが違う。


 「先輩、やっぱり同調している人がいるんですか……?」

 「今回は明らかに規模が違ったように思いますけど、その確定、なんでしょうか」

 「まぁ、4:44の闇に落ちる学校に関しては確実な意思みたいなものを感じたよ。感情連動型の現象とは明らかに違う項目だから……誰かが意志を持って怪異を起こしたと言わざるを得ない」

 「感情連動型?」

 「漫画とか現代ファンタジーの超能力もので、思春期とか不安定な時期に派生しやすいのがポルターガイストとか、念力とか聞いたことない? 無意識に溜め込んだストレスが活性化している七不思議とリンクして増幅することは多いらしい」

 「じゃあ、皆が怪我したのは誰かのやつ当たりだっていうの!? あんな、癇癪起こした子どものような無茶苦茶な現象が……っ」


 図らずともそう見える現象だったと証言した形になった奏は膝の上で拳を握り染めて俯いた。クラスメイトの、友達の、さつきの苦痛に歪んだ顔が頭から離れない。降ってくる硝子に立ち竦み、失明するかもしれないと思ったのに自分の腕も足も動いてはくれなかった。相次いで起こった怪異に対応することはおろか自身の身も守れずに自己嫌悪で死にそうだ。


 「奏、かたきとってよ」

 「……え?」

 「最強の副生徒会長サマ、だろ。やられっぱなしでいいのか? 七不思議に」


 凹んで終わりなんて可愛い性格してないだろとさつきの表情は言っていた。……その通りだ。自分がこう動揺したままじゃ話し合いだってできない。怒りをぶつけるべきは七不思議だ。ぐいっと目に残る涙を拭い、いつもの笑みを浮かべる。否、いつもより凄絶な笑みだ。


 「叩きのめすに決まってるじゃない。よくも私のさつきに、晶に、皆に怪我させたわね。元は人間なのよね? だったら、喧嘩上等、一生後悔して私の名前にひれ伏すようにしてあげるわ」

 「復活して何よりだ。つか、私のってなんだ、私のって」

 「私達、相思相愛じゃない!」

 「誤解招く表現止めろ!?」

 「そろそろいいかー?」

 「ええ。晶のことも大好きよ」

 「知ってる。じゃ……」


 やり取りを聞いていて思わず噴き出した1年生2人。大好きと言われてあっさり流す生徒会長の鮮やかなこと。幼馴染ならではのやり取りがおかしくも温かく、常なら見ることのなかったであろう等身大の先輩達。遠い存在に見えていたけれど友を思いやる姿はこんなにも近い。少しだけきまり悪そうに前髪を弄んで生徒会長が改めて口を開く。


 「えーと、始めるか?」

 「はい!」

 「ええ、始めましょ」

 「じゃ、打倒七不思議会議を始める」


 良い具合に肩の力が抜け、話し合いはスムーズに進んだ。七不思議のタイプごとの分類、気を付けなければいけないことを確認する。七不思議の中で感情連動型にカテゴライズされるだろう怪異は、

 『体育館のポルターガイスト』

 『動く美術作品』

 『放送に混ざる霊の声』 

 『憎しみを記す日記帳』

 この4つに関してはターゲットが限定されてこない内は無意識の暴走の可能性が高いため、起きた場合の被害状況をしっかり把握することが不可欠。


 『禍を報せる柱時計』は、七不思議が目覚めた時……活動を開始する時に鳴ると言われている。いわば七不思議に追随する怪異。


 『4:44 闇に落ちる学校』

 『神隠しの大鏡』

 この2つは明らかに異質。危険な怪異だ。何らかの意思がないまま発動するものではない。4:44の怪異には確実に同調者がいる。どのタイミングで完全な怪異となるのかという肝心なところがわからないが故に特定を急がなければならない。

 神隠しの大鏡は水無月によって隠されていた。謎が多いが神隠しという文言で既に不吉だ。隠されていた理由ごと早急に調べる必要がある。


 『廊下に響く見知らぬ歌』は、水無月の嘘という見方が濃厚だが、何故この項目にしたかが気になると生徒会長は言った。水無月が目覚めない今、この学校の卒業生は三島だけだ。涼音が眉間に皺を寄せた。


 「どうした?」

 「いえ……自分でもよくわからないんですけど、さっき文月先生が倒れて三島先生が介抱しようとしたとき、なんか、嫌な感じがして」

 「あ」

 「奈々?」

 「私も……感じたの。介抱しなきゃいけないんだけど、触れてほしくないなって。北野先生が来て上着掛けてあげたでしょ、ホッとした」

 「話は僕がしに行く。……女生徒は近寄らない方がいい。同じようなことを言っているのを何度か聞いている。奏、お前も言っていなかったか?」

 「生理的に嫌いなのよね。たぶん。近寄ってくる距離が狭くて嫌なのよ。文句を言った子がいたんだけど、逆ギレして怒鳴って大変だった。危うく不登校発生するところだったわ」

 「……本当に問題の多い先生ですね」

 「必ずしも向いている人が教師になっているわけじゃないからね」

 

 やれやれと顔を見合わせ、今日のところは下校することにした。職員会議で教師陣が動かない内に退散しないと別の意味で面倒になる。七不思議に全力で対抗するためにも臨時休校中はしっかり休み、何か気付いたことや進展があったら忘れないようにメモしておくよう念を押して5人は解散した。見つからぬよう通用口から出ていく姿をじっと見ている存在に気付かぬまま――。

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