鏡の歌姫の追憶と集められた情報

 未だ目覚めぬ水無月の生存を示す電子的な心拍音。面会時間はとっくに終わり、消灯時間で見回り時間以外無人のはずのその病室に影が差す。微かな吐息が漏れる。

 何故、彼女が……。

 暫く目を閉じた白い面を見つめふらりと途方に暮れた顔をしてベッドに腰掛けた。肩越しに時折視線を向けながら口を開いた。


 「声が好きって、言ってくれたっけね……七不思議もさ、惹かれたんだって」


 くすっと小さな笑い声。自嘲の色は眠る彼女に見えない。それを確かめて虚空を見上げた瞳には祈りがあった。寝物語ならず目覚めの物語になればいい。それにしては物騒な内容かもしれないけれど相手の意識がないからこそ語れることもある。


 「七不思議は本物の怪異なんだ。生きている者が影響を受けて、転じるんだよ。例えば貴女の覚えている彼女はね、存在を消されたから同じ力を使える。鍵は歌……偶然にも貴女は新しい怪異の名付親だね。彼女はいつも歌ってたでしょ? そして、孤独だった。七不思議はそれに惹かれて、力を強めて……7人集めようとした。自分から関わる者も、無自覚な者も……総じて弾かれているのが共通かもしれない」


 静かに枕に広がる柔らかい髪に手を伸ばす。つんつん、と悪戯するようにひと房引っ張り、呼びかけるように少しだけ顔を近付ける。


 「起きてやってよ。止めてあげて。彼女を引き留められるのは……ううん、七不思議に偏る生徒を救えるのは、保健医の水無月 雪子先生、でしょ? カナタからの伝言だよ」


 廊下から足音がする。やや慌てたように立ち上がった影は病室の鏡に手を突いた。ほどなく懐中電灯を手にした看護師が病室のドアを開けた。変わらず眠っている患者の様子を確かめ静かに出ていく。ベッドに残るぬくもりには気付かずに。安堵したようなため息が鏡の向こうから響いて、消えた。



                * *



 学校祭準備期間ということを利用して涼音と奈々は資料集めの口実で図書室に身を滑り込ませた。入口からすぐに見えない奥まった場所に進めば既に3人の姿がある。本棚にそれぞれが背を預けるように立っている。生徒会長、副生徒会長、さつきだ。さつきだけが顔色が悪い。目の下にクマがある。気遣う視線に軽く手を振ると据わった眼でさつきが口を開いた。


 「話したら寝る。寝落ちする前に話すからまず聞け」


 どうやら徹夜したようだ。鬼気迫る迫力にさすがの副生徒会長もちゃちゃを入れない。生徒会長は集中するように目を伏せ促すように頷いた。


 「先代に訊いた。やっぱり『廊下に響く見知らぬ歌』という項目はなかった。継承者が設置されて今まで幸か不幸か怪異は起きていない。というか、七不思議自体が封印されていたからか伝わっている七不思議と仕組みをを受け継ぐ程度の情報しかなったらしい。私も……聞いていたのは『神隠しの大鏡』だった」


 さつきは周囲を気にするように言葉を止めた。人の気配が図書室内に入らず通り過ぎたのを待って話を再開する。


 「別の学校の話だけど、七不思議の項目が変わった例がないか聞いてみたんだ。……単なる嘘や覚え違いならいいんだけど……怪異に完全に取り込まれてしまった場合、その存在は新たな七不思議のひとつになる。項目が塗り替えられることがあるって。基本的には現存する七不思議の項目に通じる何かに同調・変化するはずだけどイレギュラーがある。共通点は……生徒が死んでいる」


 押し殺した悲鳴が漏れた。七不思議に囚われたことに関わってここではない学校で、過去にせよ自分達と同じ立場の生徒が命を落としているという事実。止められなければ身近な誰かが死ぬかもしれないのだ。


 「では、水無月先生が鍵なのね」

 「僕は嘘だと思う」

 「どうして?」

 「七不思議は封印されていたからさ。今まで怪異も起きないまま時が過ぎているのに、どうやって新たな怪異が起きる現象になる? 仮に最初の事件で何かあったのなら伝わる七不思議も項目は変わるはずだ」


 生徒会長の冷静な指摘に張りつめていた空気が僅かに緩む。説得力のある物言いは加速しそうになる悪い妄想にブレーキをかける効果があった。


 「そういえば水無月先生、驚いていたもね。ほら、奈々が体験したかもって言った、七不思議の歌」

 「あ、あのとき! そっか、嘘が本当になったと思ったからすごく驚いていたのかな」

 「ちょっと待って、何の話?」


 そのまま明るい兆しになればいいと口にした話を聞いた副会長は思案するように黙り、ぽつりと呟いた。


 「嘘が真で驚いたのか、奈々ちゃんの口遊んだ歌に驚いたのか。どっちかしら……?」

 「七不思議の歌を歌っていたのは文月先生と言ったな。歌の出所を聞いてみるのも手掛かりになるかもしれないな」

 「じゃあ、私達が聞きに行きます」

 「私は寝る。まずは寝る。もう頭が働かない」

 「まあ、大変。奏が添い寝してあげる」

 「いらん……!」


 ひとまずはお開きという空気が流れ、今にも倒れそうなさつきと、そんなさつきで遊びながらも気遣う副会長が先に図書室を出ていく。ついで涼音と奈々が文月を探して歩き出したところで廊下から騒ぐ男子生徒達の声に足を止める。


 「警察が三島に話聞きに来たってよ」

 「なんか直前に水無月先生と口論してたらしい」

 「あの水無月先生が声を荒げてたっていうから相当だろ」

 「えー、じゃあアイツ犯人?」

 「んな、度胸あるか!」

 「確かにー」


 話の内容に思わず扉を挟んで聞き耳を立ててしまった2人は出るに出られず顔を見合わせる。確かに自分達も担任のことを好きか嫌いかで言えば嫌いだ。涼音に至ってはだいぶ迷惑を被っている。とはいえ、警察に話を聞かれているなんて情報を知ってどういう顔をすればいいのか。


 「興味深いな」

 「! 生徒、会長」

 「今の件は僕が調べる。ついでに先に出て廊下の人払をするから君達は教室へ」

 「は、はい」


 まだ自分達が七不思議の解決に乗り出したこと、それに関わる情報は周囲には伏せないといけない。良くも悪くも情報が拡散しやすい学校に置いて何が元凶に転じるかわからない。資料集めの口実で出てきた身としては文月に口裏を合わせてもらった方がいいだろう。ついでに七不思議の歌のことも聞こうと準備室に足を向けた瞬間、視界が真っ暗になった。貧血かと思ったが周囲からあがる悲鳴に否定する。


 「涼音……!」

 「大丈夫!? 奈々……っ、嘘、この距離で見えないなんて!」


 彷徨わせる手がすぐ近くでぶつかり、同じく彷徨っていた手を繋ぐ。こんなに近い距離なのに互いの姿が見えない。まだ昼間で晴れていたはずで停電したってありえない。間違いなく怪異。割と近い位置でどさり、バサッと重たい音が響いて身を竦ませる。そのタイミングで何事もなかったように明るさが戻り目を細めた。直射日光を浴びたわけでもないのに眩むほどの落差を感じる闇だったということか。

 互いに支え合うようにして周囲の様子を伺い、涼音がはっとして準備室をノックした。闇の中で聞いた重たい音が気になっていた。返事はないが嫌な予感に突き動かされるように扉を開けて――


 「文月先生!」


 床に散らばる本の先に文月が倒れていた。

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