七不思議の伝承
事の次第、自分たちが今日まで調べたことから思うこと。奈々は時折泣きだしそうに顔を歪めながらも気丈に、涼音は淡々と互いの話を補足し合ってなるべく順番になるように話した。
長い話を聞き終えた3人はため息をついた。そこに含まれる感情はそれぞれであろうが総じて事の深刻さを憂いるものだったろうか。重たい沈黙をやぶったのは生徒会長だった。
「推測は、半分当たっているだろうな」
「半分?」
「七不思議が関わっているだろうけど、水無月先生を襲ったのは七不思議のためじゃない。たぶん」
「晶、わからないわ。わかりやすく言って」
「直感に近いから無理」
「あー、でも、私もそう思う。たぶん、2人も言ってたけど七不思議が消えていた理由が鍵だと思う。おそらく水無月先生はその理由を知っていた」
さつきの言葉に頷いた生徒会長が思考を整理するように指を折る。
「仮に先生が在籍している時に何かあったとする。時期はおおよそ10年以上前だ。卒業生と判明しているのは2人の担任の三島先生と保健医の水無月先生。この期間に七不思議の暴走が起こったという情報は?」
「ないよ。……否、起こったのかもしれない。この継承はことが起きて初めて設置されるって聞いた。私は……5代目の継承者。任期は3年……15年前後に始まりがあったなら……」
「ふむ、だとすれば仮にあったとする。七不思議が隠された理由があった。それはおそらく学校の総意となったはず。ひとりだけ口封じをする意味がない」
「つまり、仮に口封じが動機ならその理由は過去の七不思議とは別の理由だという可能性が高いと言いたいのね?」
「まったく関連がないとは言えないがな」
「うん。方針を決めましょう。さつき」
さつきは頷き、全員の視線が向けられるのを確認した。
「まずは情報がほしい。過去現在含めて七不思議のことを改めてまとめよう。そうすれば段階が見える」
「段階?」
「……言いずらいんだけどさ、七不思議は元人間といわれている」
「「「「!?」」」」
これは生徒会の2人も知らなかったらしい。さつきは苦笑を浮かべた。自分も聞いた時は本当に驚いたと。
「大本は怪異と呼ばれる大きな力。それがとある人間と同調して人間ごと怪異に転じた。やっかいなことに同調段階で怪異を起こせるようになるそうだ。同調の条件は様々らしいからこれも調べないといけない。既に完全なる七不思議……怪異になってしまっていたら……秘された7番目の七不思議を暴いて封じるしかないとされている」
「え、七不思議は全部……」
「隠されているんだと。必ずひとつフェイクがあって、実際には常に6つしか明らかにならないようにされているんだって。どれかまでわかんないけどね。確実に言えるのは、大本の七不思議は目覚めて、既に同調している人間がいるんだ。学校内に」
「つまり、後戻りができるか、できないかの見極めが急務なんだな?」
「ああ、こっちも調べる。伝承が多くて、実例が少なくてこっちも詳しい内容は把握できていないんだ。まぁ、代々続くってことはきっかけの事件もあったはずだけどね」
「そういう意味なら学校祭時期でテーマがそれというのも怪我の功名ね?」
「! 今まで調べた分まとめたノート、持ってきます!」
「文集も持ってこよう!」
弾かれたように立ち上がって駆けだした涼音と奈々、数瞬前まであんなに蒼褪めた顔をしていたのに。先を越された3年生は顔を見合わせ可愛い後輩に負けないようにと笑って動き出す。ひたむきな姿勢は手を貸したくなるものだ。
* *
七不思議に対抗するために動き出した彼らを見ている存在には誰も気付かない。
“教えてあげないよ”
囀るような笑い声。少女のようで少年のような不可思議な声。目覚めた七不思議は学校内のことなら何でも知っている。まだ、まだ。眺めていよう。まだ始まったばかり。彼らはまだ気付いていない。同調は必ずしも自覚を伴わない。
――楽しくなってきた。
* *
「呼び出し何だったの!?」
「七不思議で何かあるの?」
「奈々、大丈夫?」
予想するべきだった。教室に戻れば囲まれることなんて。説明したいが生徒会長は極秘と言っていた。誤魔化す術も、都合の良いネタも焦れば余計に浮かばない。でも急がなければ。
「ご、ごめん、皆!! あとで絶対説明するから待って!!」
ダメ元で涼音が叫ぶと意外にも頷いてそれぞれが作業に戻り始めた。物分かりの良過ぎるクラスメイトの様子に少々の不気味さを覚えつつも文集やいちばん詳細にまとめられたノートを手に2人は足早に教室を後にした。
「あんなにあっさり引いてくれるとは思わなかったね」
「ほんとに。……手掛かりが、あるといいね」
「……あるよ、絶対。これは奈々のせいじゃない。それだけは言っとく」
奈々は泣きそうな顔で笑って頷いた。そして、ふと足を止めた。少し遅れてそれに気が付いた涼音が立ち止まり怪訝そうに首を傾げると苦笑した。
「少し、怖くなったの」
「え?」
「先輩、言ってたでしょ。七不思議は元人間だって。水無月先生を怪我させたのも、今、怪異を起こしているのも……全部、この学校の中にいる誰か……」
「生きている人間が一番怖い。お母さんの口癖。だからこそ、決着をつけるのも人間じゃないとできないんだって。……怖いよ、私だって。でもきっと、知らなきゃダメなんだ」
「そう、だね。責任感じるなって言われても感じちゃうから、解決に向けて頑張ればいいんだよね。それが、私にできること。怖いけど、涼音が一緒なら」
照れたように顔を背けながらも差し出した手を奈々は迷わず掴んだ。独りじゃなければ絶望も希望に変えられる。それはきっと、幻想に似た信じたもの勝ち合戦。思いが強い方が勝つのだろう。
* *
特別教室、廊下の突き当たり。件の大鏡の前に長身の影がある。
「…………起きているんだろう、“七不思議”」
『やぁ、沈黙の熱情者。そろそろ来ると思っていたよ』
「……そろそろ僕も動こうと思う」
『律儀だねぇ……好きに動けばいいよ。君の参戦の影響がどういう結果を生むか、ボクは楽しく見物させてもらう。しっかし……よくここまで集まったよね。ふふ、これって人間の好きな言葉でいう「運命」なんていうのかな?』
「さてな。………………けれど、もしそうなら僕は感謝する。では、また」
これで自らの意志で怪異に参戦したのは2人。今回は随分と変則だ。七不思議は笑う。とても楽しそうに。
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