七不思議を受け継ぐ者と眠る鍵

 学校に救急車が着た次の日、ホームルームで水無月が意識不明であることが知らされた。足を踏み外したにしては不自然な痕跡があるということで生徒にも目撃情報を求める要請があり生徒達の動揺は大きい。水無月は人気のある教師だ。犯人を探したいが彼女がどうして襲われたのか理由がわからない。生徒達は不安を紛らすように噂し合う。否、水無月を怪我させた犯人を大人に任せたくないのだ。


「なんで先生が……?」

「よくあるのは痴情のもつれ」

「あんた、サスペンスドラマ見過ぎ! 水無月先生に限ってないよ!」

「そうだよねー、人は見かけによらないっていうけれど、水無月先生は当て嵌まんないと思う。情報を整理して、潰していって可能性を絞れば動機もわかるかもって思ってさ」

「なるほど……。じゃ、次の可能性は?」

「んー? 怨恨」

「怨恨って、恨まれてってやつだよね。ないね」

「たぶんね。あとはー……口封じ」

「当て嵌まんないー!」

「待って!」


 雑談に何となく耳を傾けていた涼音は何かが引っ掛かって思わず声をあげていた。他愛のない妄想かもしれないけれど水底から浮いてきた泡のようにその予感は大きく弾けた。思考を手繰り寄せるように集まる視線も気にせず涼音は口を開く。


「口封じは、知られたくないことが漏れないようにすること……真実を知っている人に接触されないために先手を打つ……」

「いやいや、水無月先生が知っていたこととか、襲われるに値することなんて……」

「あ」


 クラスメイトがひとり声をあげ、集中する視線に慌てて両手を振って逃げようとする。けれど少しでも手掛かりが欲しい状況である。無言の圧力に負けて渋々再度口を開いた少女の口から出たのは


 「七不思議」

 「え?」

 「違ったでしょ。文集で見つけたのと、水無月先生に教えてもらったやつ」

 「あ……そうか。水無月先生は卒業生。覚え違いじゃなく、わざと違うものを教えたとしたら、先生は隠したかったんだ」

「隠すって、何を?」

「それは、わかんないけど……」

「ちょっと待てよ! だとしたら、先生は……七不思議のせいで」


 教室がしんと静まり返った。それはとても恐ろしいことだ。消えていた七不思議は命に係わるほどの理由が隠れているのかもしれない。このまま調べていいのか。自分達にも危険は生じるのか。変哲のない憶測と流すには今までのエスカレートしている経緯が大き過ぎる。がたんっと大きな音が鳴った。


「奈々!」


 教室を飛び出した奈々を涼音が追う。正義感も責任感も強い奈々だ。この一件に七不思議が絡んでいるとすれば全てのきっかけになった自分を責めるであろうことは容易に想像がついた。少しの間見失って、中庭で泣いている姿を見て正直、涼音はホッとした。衝動的に自殺されたらどうしようとすら思っていたから。


「どう、しよう……私の、せい……」

「七不思議のせいと決まったわけじゃないよ」

「そうだったら!? そうだったらどうしたらいいの! 私が、言わなかったら……」

「違う! きっかけは、そうだったかもしれない。でも! 問題はそんな危ないものが解決せずに眠っていたことだと思う!」

「その通りだね」

「!?」


 突如割り込んできた声に泣いていた奈々も驚いて顔をあげる。同じく驚いた涼音も数歩声から離れるように移動していた。うっすら笑ってこちらを窺っているのは長身の男子生徒。長身、くるくるした癖の強い髪に眠たそうな瞳と裏腹の……できる空気というのだろうか。とりあえず空気からしてどこかが突出している。涼音が瞠目して小さく役職名を呟いた。


「生徒会長」

「まったく引退間際に面倒な事態になったものだ。皆が皆君達のようにまともな思考回路であったなら良かったのにね。……解決には少数精鋭がいい。最終的には全員巻き込まれるだろうけど君達、当事者みたいだし、ちょうど人群れから離れてくれたし、来てくれないか」

「ど、どこに?」

「生徒会室。呼び出すから」

 

 いうだけ言って踵を返した生徒会長に戸惑うもどうやら何かを知っていて、しかもその解決に乗り出すつもりということはわかった。となれば、選択肢なんてひとつしかない。2人は連れ立って後を追う。転校生で彼のデータを持たない奈々に生徒会のことを話しながら。


 生徒会は生徒会長、副生徒会長と書記と会計が2人ずつの7名で編成され、基本的には2年生が中心で動く。3年生は後期の選挙まで就任することができるが本来は引き継ぎ程度で実質動くことは少ない。

 前を歩く現生徒会長、竹井 晶(あきら)は3年生。1年生の時から学校を牛耳ったとされる有名人。彼は未だに活動を継続し、その影響力を周囲に浸透させている。例外かつ優秀な人材と教師の間でも認識されていた。そんな相手なのだ。緊張するなといっても無理な話。

 生徒会室はお世辞にも整頓されているとはいえなかった。学校祭目前となれば運営の要である生徒会もフル活動。いたるところにやりかけの作業物品や書類が積まれている。辛うじて中央の机周りに無造作に置かれたパイプ椅子を示され座ったものの2人共落ち着かず互いに顔を見合わせてじりじりとしていた。

 飛び出してきたきりなのでクラスも心配だし、呼び出されたものの状況が掴めないし、普通と違うと感じてしまう何かがあって居心地の悪さを倍増させていた。


 「クラスには君達を借りたと伝達済。あとは、」


 ピンポンパンポーン


 放送呼び出しの音が鳴り響く。次いでとても明るい声がひとりの生徒を呼び出す声。


 『皆様、学校祭の準備は進んでいますかー? お騒がせしてごめんなさい。生徒の呼び出しです。3年A組 結井(ゆい)さつきさん。出番ですよー。至急生徒会室まで!』





 名指しされた当人、結井さつきは机に突っ伏して心中で叫んでいた。それはもう全力で不満を。予想はしていた。していたからといって心穏やかで在れるかと問われれば仏じゃあるまいし嫌なものは嫌だ。その心の叫びはこんな感じだ。

 『あぁぁぁぁぁぁぁ! やっぱり来たよ。来るよね、そーだよね、わかっていたよ! 先生が意識不明なんて事態まで来た日には看過できないよね!! でもさ、でもね、言ってもいい? 私、受験生なんだけど!?!? あいつらみたいに優秀じゃないんですよ! 誰よここまで悪化させたの。高校落ちたら呪う! 何からやれっていうの、ここまでヤバくなってたら。やるよ? やるけどさ、3年生になる前にしてほしかったよ!! 七不思議のバカ!!』


 半ば涙目でつむじ風のように教室を飛び出したさつきに誰も声はかけられず、あの副生徒会長の幼馴染であると周知のクラスメイト達は幸運を祈ったのだった。優秀な人間は総じて変わり者が多い。ある程度関わったことのある面々はそれをよく知っていた。



**



 「呼び出してきたよー」


 笑顔で入ってきたのは同じく3年生の副会長 波打つ黒髪が美しい天真爛漫な女生徒、三葉(みつば) 奏(かなで)。硬直している2人に近寄りまるで愛玩動物を見つけたかのように瞳に喜色を浮かべて纏わりつく。


 「噂の1年生達ね? やーん、緊張してるー。晶、抜け駆けしないでよ。私が連れて来たかったのに!」

 「お前のテンションで行ったら逃げられるだろ」

 「ひどーい、そんなことないわよね?」

 「放送で呼びつけんな、バカ!」


 返答に詰まった2人を救うかのようなタイミングで生徒会室の引き戸がピシャーン! と大きな音を立てた。短い髪が凛々しい女生徒が肩で息をしながら室内を睨んでいた。


 「今日も元気ね。奏、うれしい!」

 「私は不幸だ!」

 「怒ると老化が早まるって言うわよ?」

 「中学生からそんな心配するか! つか、原因はお前だ!」

 「まぁ……」

 「はい、そこまでー。1年生が困っているよ」


  ぱちんと手を打ち鳴らす音で我に返った面々。ひとりは悪ぶれた様子もなく肩を竦め、ひとりはきまり悪そうに目を逸らした。生徒会長は気にした様子もなく新たなメンバーを2人に紹介する。


 「彼女、僕らの幼馴染でもあるんだけど、さっき放送で呼び出した相手。……これは極秘なんだけど。生徒会には代々受け継がれている。七不思議が暴走した時、対応できる生徒が必ず入学しているということが。つまり」

 「先輩が、そうなんですか? えと、結井先輩?」

 「察しが早くて助かるよ。まぁ、何も起きなきゃ生徒の名前も秘されたままなんだけど、今回は無視できない事態になったから。……さつき?」

 「はぁ……そうだよ。学校は集団が集まる閉鎖空間。何かが起きたらヤバいからね」


 げんなりとした表情で語られた言葉を要約すれば、七不思議が存在する学校全てに情報を受け継ぐ者がいて卒業するときに次の入学予定者のひとりに受け継ぐ。同時に生徒会が継承した生徒の情報が書かれた封書を預かり、いざという時に開封、対応に当たる。いつ始まったかもわからない対応策が今回ついに発動となった次第。

 さつきは概要を語りながら覚悟を決めたようだった。深いため息ひとつ、毅然とあげた顔は凛々しく得体のしれない何かに立ち向かうことを意識しているような。


 「確かに看過できないよ。あんたらが当事者? 経緯と状況を教えて。……大丈夫だよ、先輩を信じろ? こいつらは知っての通りすごく優秀だから。……性格は別として」


 張り詰めた表情の2人に気付き、さつきは表情を緩めた。女性的というよりも凛々しさが際立つ顔立ちの彼女が微笑めば妙な説得力と安心感を与える。ぽつりぽつりと2人は話し出す。解決の糸口が見つかることを願いながら。


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